毒舌アルビノ・ラナンタータの事件簿

藤森馨髏 (ふじもりけいろ)

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第2章 イスパノスイザ アルフォンソ13世に乗って

(3)キナ・リレと白薔薇事件

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カナンデラ・ザカリーは二十七歳の元警察官だが、鶏頭牛尾の鶏頭を選び、探偵事務所を開業して二年になる。これまで、従妹のラナンタータとつるんで解決した事件は数えきれない。


最近はどこもかしこも異世界新聞のリンドバーグ大西洋横断した記事で持ちきりで、カナンデラも行き付けのバーのカウンターでバーテンから『チャールズ・リンドバーグ』というカクテルを勧められたりする。


ドライジンとキナ・リレとアプリコット・ブランデーとオレンジジュースのカクテルだが、ラナンタータがキナ・リレは飲むなと反対する。キニーネに似た中毒性があるらしいことを突き止めて、年上の単細胞に忠告したのだが、その単細胞は大喜びで良からぬことを画策した。


裏社会の若き帝王シャンタン・ガラシュリッヒの目の前で、カナンデラはバーテンダーよろしくシェイカーを振り、少し口に含んで強制的に口移ししたのだ。


クズは直ぐに熱烈濃厚なキスをする。


シャンタンは血圧MAXに怒り狂って真っ赤になり、スミス&ウエッソンの二十二口径リボルバー六連発キットガンを発砲する処だった。
 

『おいおい、代門継いでまだ半年だろう。未成年者が物騒なもの振り回して早くも檻に入る気か』

『そこらに埋めてやるさ、覚悟しろ』

『んじゃ、埋められる前にもう一丁チューしておくか』



ザカリーは旅に出る前にシャンタンの手下にシャンタンへの贈り物を言伝てた。  
 

「この前はごめん。お詫びの印に愛を込めて贈る。君に似合うはずだ」とのカード付きだったから、シャンタンは訝りながらも『やっと俺様をドンだと認める気になったか』と喜んだ。


贈り物は、ピンク地にザカリアンローゼザカリーの白薔薇のレースの高級ブラジャーとセクシーショーツのラブリーセット。


中身を予想できなかったどや顔のシャンタンは、その箱を手下の前で開けてしまった。ヒクヒクとどや顔がひきつる。



ザカリーは能天気にもシャンタンの喜ぶ顔を想像していたが、当のシャンタンは人払いをして、髪を振り乱し、現代日本円で200万もする絵画に5発の弾を撃ち込んだ。


『カナンデラ・ザカリーめ。この俺様を誰だと思っていやがるんだ。俺様はお前のイットガールじゃあなぁい。糞お、18才だと思っておちょくりやがってぇぇぇ』と叫んで肩で息をしていた。


能天気単細胞はドライブの道程を始終浮き浮きと頬を緩める。キットガンの残りの1発が帰りを待っているとも知らずに。




西日で金色に輝く村に到着すると、結婚式は既に始まっていた。お伽の国のような光の色に包まれた古い家々や満開の花々、特にザカリアン・ローゼと呼ばれる寒冷地特有の白薔薇が高貴な香りを振り撒いて咲き誇っている。


その昔は宮廷語とされていた#ザカリエンタス__ザカリー訛り_#が雨のように降る。


「「「ンミャーチンミャーチ、メイザージャベニュウどうぞどうぞ、歓待しますビアヘニュいらっしゃい」」」


溢れるほどの花で飾られた広場のフォークダンスの輪から、花冠の花嫁と新郎が迎え出る。さすがに十九才の花嫁は初々しさも可憐さもそこらの花を押し退ける。 


ザカリーとラルポアは相貌を崩し、挨拶のハグのあと村の女性陣に引っ張られ、にこやかにフォークダンスの輪に入った。


花冠の花嫁アンナベラは、ラナンタータの手を握って微笑む。柔らかなシフォンを幾重にも重ねたスレンダータイプのウエディングドレス。胸元は手編みのレース。軽やかな妖精のように美しい。


「ンミャーチィ。久しぶりね、ラナンタータ。来てくれて嬉しいわ。私たち本当に親戚になるのだから、今夜はゆっくり語り明かしましょ」 


ラナンタータは眉を顰めて身を引いた。アンナベラが強制的に黒マントを脱がせる。硝子の錯視を起こさせる繊細なドレスに、白いロンググローブで二の腕まで覆うスタイル。それに手持ちの藤色のショールを肩に掛けた。ラナンタータの本真珠で囲んだ豪華なカメオ・チョーカーに付いた3つの涙型真珠が揺れた。昔ならその真珠ひと粒で小さなお城が一軒は買える値段だ。


「何を企んでいるの、アンナベラ。理由も知らずに初夜にお邪魔する訳にはいかない」
 

アンナベラはふっと笑った。 


「ラナンタータ、髪の毛を黒くしてもやっぱりあなたはあなたね」


ラナンタータは子供の頃から何度も命を狙われた。


父親が警視総監であることと『アルビノ狩り』という忌まわしい風習のある地域が幾つもあることが重なって、ラナンタータは家庭教師を付けられて、貴族の娘たちが行儀見習いに入る教会付属学園の寄宿舎暮らしを経験せずに済んだ。


ラナンタータは十四才で八年生クラスに編入して、アンナベラと知り合う。


「ええ、目立ちたくなかったの」


ラナンタータの口は『花嫁のアンナベラよりも目立ちたくない』と言ったつもりだが、アンナベラの耳は『危険回避の為に目立ちたくない』と聞く。
 

「じゃあこれを預けるわ。護身銃よ」


細かな手技の光る手編みレースが胸元からさらりと爪先まで流れるシルエット。その裾を捲り上げて、太股のガーターベルトに挟んだデリンジャーを引き抜いた。


レミントン・デリンジャー2連発銃は掌に隠し持てる小型の拳銃で、コンシールドガン(違和感無く隠し持てる銃)と呼ばれる。


アンナベラの華奢な手には余るようで、人目を気にしてラナンタータに押し付けた。


「何故、こんな物を」

「今夜は黎明祭よ。知ってるでしょう」 


アンナベラの薄茶の目が猫のように西日を受けて透ける。


「うん。横暴な領主を殺して、村人を悪政から解放した四人の旅人を讃える祭り。凄い歴史だ。来る途中でカナンデラに聞いた」

「それだけじゃないの。その旅人を最初に迎え入れたのが新婚夫婦だったことから、新婚初夜の晩に旅人が訪ねる祭りになったらしいの。なのに、一昨日、妙な手紙が届いて、命に関わるから旅人を受け入れるなというのよ。結婚式と黎明祭はセットなのに」

「黎明祭抜きということではいけないのか。命に関わるからと云うのは黎明祭のことだろう。何故、デリンジャーを……彼は何て……」


アンナベラはフォークダンスの輪を振り向いて
「彼は……あら、彼がいないわ……」
と呟いた。



    
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