毒舌アルビノ・ラナンタータの事件簿

藤森馨髏 (ふじもりけいろ)

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第2章 イスパノスイザ アルフォンソ13世に乗って

(4)デリンジャー

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「カナンデラ。新郎ハウンゼントは何処」

フォークダンスでよほど跳ね回ったのだろう、後部座席でもかっちり纏まって乱れなかったカナンデラの、オールバックに撫で付けた黒髪が、一筋、額にエロっぽく垂れている。

カナンデラはダンスの輪を見渡し、輪から抜けて辺りに目を配る。其れから「館に行ってみるか」と言って大股で西に向かった。林の向こうに古い石造りの館が頭を覗かせている。村の家と比べればかなりな大きさだ。


ハウンゼントは白い燕尾服イブニングで、目立つ。其処らにいて目に付かないはずがない。伯母さんの具合が芳しくないと言ってたな。館に行ってみるか。ああ、此の道……何年ぶりか、此の村は……前に来た時は葬式だった。


歩き始めてカナンデラは直ぐに後悔した。徒歩で十五分はかかる。なんせハウンゼントの館は門からだって遠いもんな。
 

アルフォンソ十三世なら一分だがなぁ。どうせハウンゼントの館に泊めてもらうのだから、ラナンタータとラルポアも一緒に……


いやいや、結婚式なんて滅多にあるもんじゃない。ラナンタータ、うさを忘れて楽しめ。いつか結婚するんだろう。


そうだ、俺だけ独りぼっち。シャンタンひと筋だからなぁ、俺って。なんて良い子なんだ、俺……ああ、孤独な流浪の風よ、わかるかなぁ、俺ってコドクだよね……はは


どこが、とラナンタータに揶揄されるだろう孤独っぽい気分が余程気に入ったのか、鼻歌混じりでスキップでもしそうに歩く。


「どうした、ラナンタータ」


ラルポアもダンスの輪から抜け出した。髪はふわりと浮いたものの綺麗に纏まっている。


「ハウンゼントがいない。今日の主役なのに」

「お、そりゃ大変。しかし、何処を探す。ハウンゼントの館は何処だ。アルフォンソを移動しておきたいんだ」


ラルポアからふいに甘い香りがする。広場から放射線状に広がる三本の道のどちらにも幾つもの家があり、森や山や谷に繋がる。自然の中で柔らかな若葉と花の香りがそよ風に運ばれたかのように、ラナンタータの鼻腔を掠めた。


此の匂いは好きだな……ラルポアが女性にもてるのは理解できる。カナンデラがもてないのも理解できるけど……良い匂い。脳ミソが和らぐ匂いだ。


「カナンデラは館の方に行ったのではないかと」 


森の間の道を指差す。


「取り敢えずアルフォンソに……」

「ここから徒歩で三十分かかるかも。ちょっとしたお城だもの。私は待ってる。アンナベラと一緒だし、アンナベラからデリンジャー借りた。暴漢が出たら迷わず撃つ」


だから大丈夫だと言いたくて、ラナンタータはポシェットを開いて見せた。洒落た流線型の小型銃がすっぽり収まっている。


ラルポアは顔色を変えたが、ラナンタータがクンクンと鼻を鳴らして胸元に顔を近づけたので、ホールドアップの体勢になった。ソフトに拷問されているような顔になる。
 

「暴漢は脚を狙え、ラナンタータ」 


囁くような声になった。


「わかっている」


ラナンタータも囁き声で答えて、しつこく匂いを嗅ぐ。ラルポアは「この状況を神はどうご覧になるだろうか、決して僕のせいではありません……」と刹那牧師になって天を仰ぐ。


「ラナンタータ」


アンナベラが呼び掛けた。美しい女性を伴っている。 


ラルポアはほっとして腕を下ろし、アンナベラに会釈して然り気無く離れ「アルフォンソ十三世を……」と呟いてラナンタータが指差した方向とは別の道に歩き出す。


幼い頃からラナンタータを抱っこしなれているのに、妙な近づき方をされるのは苦手だった。


「こちら、ヨルデラよ。私の親戚。とても歌が上手いの。フランスのムーラン・ルージュの舞台に出たことがあるのよ」


ヨルデラの、ストンと落ちる筒型のシックなタフタのドレスは、深緑の身体の中央を真っ直ぐに幅広く金糸刺繍が施されてオリエンタルな雰囲気を醸し出す。頬骨を隠す辺りで短く切り揃えた黒髪に服と揃いのターバンを巻いて大きな輪の金色のイヤリングをしている。アールヌーボーを体現した出で立ちのオリエンタルな雰囲気と、遠目にも派手な猫目化粧が舞台人らしい。


「一度だけよ」

「それでも素晴らしいじゃないの。ね、ラナンタータ」


名前を呼ばれてラナンタータはちょこっと膝を曲げてお辞儀した。


「初めまして。アンナベラとは4年間クラスメイトでした。ラナンタータ・ベラ・アントローサです」

「ヨルデラ・スワンセンです。お噂はかねがね」


ラナンタータはヨルデラからアンナベラに視線をスライドさせた。四年間同席していたアンナベラからヨルデラの話しを聞いた試しはないが、ヨルデラの方ではラナンタータの噂を何度も聞かされていると証言したではないか。


ラナンタータの目に避難の色が滲む。


「違うの、ラナンタータ。噂と言っても……」

「何も違わないでしょ、アンナベラ。あなたは嬉しそうにアントローサさんの自慢話をしたじゃない。アルビノって言うんだ、真っ白で素敵だって。本当に色白ね。目の色も薄いのね。ミステリアスでファンタスティックよ。アンナベラは大好きなお友達がいて良いわね」


ヨルデラは華やかに笑ってラナンタータに握手を求めた。


「よろしくね、美しい方。あなた、ムーラン・ルージュで人気が出るわ。それに、私も探偵さんに興味があるの」

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