毒舌アルビノ・ラナンタータの事件簿

藤森馨髏 (ふじもりけいろ)

文字の大きさ
18 / 165
第2章 イスパノスイザ アルフォンソ13世に乗って

(6)目撃証言

しおりを挟む


おいおい、此の車は
スペインの王妃様が心から愛する
国王アルフォンソ十三世に贈った
祝福された車だぞ
愛の車だ
僕の車ではないが


ラルポアはイスパノ・スイザの名車アルフォンソ十三世に雨避けの防水シートを被せるのに忙しく、ラナンタータの行方を確認していなかった。


カスタムしたとは言え、折り畳み式屋根の幌だけでは此の横殴りの雨はやり過ごせそうにない。後部座席のバッグに三人分の着替えも入っている。濡らせば跳び蹴りはないにしても二人から村八分だ。黙しても語るラナンタータの態度の雄弁さは身に染みる。


今日は胸元を嗅ぎに来たが、コロンのハンカチーフが欲しかったらしい。


あげても良かったのに……
だが、参ったな
此の雨……今は動かせない
ラナンタータの絵の具頭は
大丈夫だろうか
マントを脱がなければ
直ぐに濡れることはないか
カナンデラが一緒なら心配ない



カナンデラはハウンゼントの館で、フランスの老舗マリアージュフレールの紅茶をご馳走になっていた。


古い館は築百年を越す。目立った老朽化がないのは不思議だ。内部は古臭いデザインの壁紙も虫食い等ないようだし、バルコニーもしっかりしている。メンテナンスに金をかけたのだろうか。新郎新婦のプチ・ホテルへの意気込みが伺えて嬉しくなった。


お茶も芳ばしい。異世界フランス贔屓ひいきの村民性か、村中でフランス文化を崇めてフランスからの輸入品を味わうことができる。


窓の外が暗くなり、雨に気づいてラナンタータの絵の具頭が心配になったが、それよりも目の前で語られた殺人事件に興味を引かれ、席を立つことを躊躇ためらった。


古いが其れなりの家具調度品はアンティーク価値が高い。フレンチロココ調のベルベットの花柄が優しい3人掛けのソファーは、ベルサイユ宮殿をこよなく愛するカナンデラの美的センスを其の女性らしい流線型でくすぐる。カナンデラはシャンタンを誘おうなどとエロい妄想に走りかけた。


あぁ、俺様のハートが疼いちゃう
シャンタンとの初夜は此処がいいな


「カナンデラ兄貴、まだ犯人は捕まっていない。それどころか今夜は4人の旅人を迎え入れるなという警告文が届いた。俺たちが狙われているかもしれない」


世が世ならザカリー領主の貴族ハウンゼントだ。日焼けした顔に碧色の明るい目が翳った。


「待て、ハウンゼント。最初の死体発見者は誰だ」

「母さんだ」


カナンデラの脳裏からシャンタン妄想が吹き飛ぶ。


ハウンゼントの母親アリカネラは顔を斜めにして頷いた。ハウンゼントと同じ碧色の目が不安気に曇る。髪をポンパドールに結い上げた薄化粧。淡いオレンジ系の口紅。昔なら領主夫人であるアリカネラの、刺繍で埋め尽くした民族衣装の豪華さは群を抜く。衣装の地色が黒なのはこの村の特色だ。


「アリカネラ伯母さん、何故、伯母さんが発見することになったんですか」


アリカネラは暗くなった部屋のテーブルにキャンドルスタンドを立てて、マッチを擦った。ほやあと明るくなった部屋の床に三人の影が落ちる。


「あの日はね、とても奇妙なことがあったの。
私はマイアッテン未亡人のバイオリンの集いを楽しんでの帰り道だったわ。フオレステ家の前を通りがかったの。この村にも自動車が来ることは珍しくなくなったわね。世界大戦中から、ワインやチーズを求めて、 異世界のフランスからもバイヤーが買い付けに来るのよ。ギルドを作って正解ね」


オウランドゥーラ橋を越えて霧の森を数日間さ迷ってやっと辿り着く異世界。そこは、フランスという華やかな芸術文化の国。


「でも、ギルドに出す商品の他にもザカリー家伝来の品もあるのよ。だから、フォレステ家にブガッテイが止まっていたのも、そういう商品を狙う何処かのバイヤーだと思っていたの。珍しい車だけど、ブガッテイは異世界車だし、見た目で分かりやすい車よね。それで、何も気にしないでいたからナンバーも覚えていないわ。うちにもそのうち来るだろうくらいにしか思っていなかったの」

「で、来たんですか」

「いいえ。おかしいでしょう。なにかを買い付けるのなら、うちを素通りするはずはないわよね」

「いや、伯母さん。こんなお城に堂々と訪ねてこれるバイヤーとかいるんですか」

「元貴族のバイヤーなら、来るわよね。でも私、いろいろ家事に取り組んでいるうちに忘れていたものだから、フオレステ家に行ってみてブガッテイが消えていることを知ってがっかりしたのよ。
うちにも旨いチーズがある、ジャムもある。ギルドの為に裏のチーズの倉庫を改装したのよ。地下のワインセラーも改装したいのだけど、ハウンゼントがそこは良いと言ってね。あ、そうそう。それで、フォレステ夫人を訪ねたの。次にバイヤーが来たらザカリー家伝来のチーズのことも宣伝してほしいと思って。そしたらドアが少し開いていて、何度も呼び掛けたのだけれど……」

「入ったんですね」

「いいえ、私は馬から降りたくなくて、お行儀が悪いけど、通り道からフォレステ家の方を見たのよ。そしたら、あの家はうちと違って入り口が門から近いから、ドアが開いていて、フォレステ家のご主人が倒れているのが見えたの。馬上からだから、最初は見間違いかと思ったわ。何年も留守にしていた人が、頭から血を……ああ」









しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

屈辱と愛情

守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。

敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される

clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。 状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。

旧校舎の地下室

守 秀斗
恋愛
高校のクラスでハブられている俺。この高校に友人はいない。そして、俺はクラスの美人女子高生の京野弘美に興味を持っていた。と言うか好きなんだけどな。でも、京野は美人なのに人気が無く、俺と同様ハブられていた。そして、ある日の放課後、京野に俺の恥ずかしい行為を見られてしまった。すると、京野はその事をバラさないかわりに、俺を旧校舎の地下室へ連れて行く。そこで、おかしなことを始めるのだったのだが……。

処理中です...