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第3章 ブガッティの女、猛烈に愛しているぜ
(7)キスマーク
しおりを挟む「ラルポア、気づいた。イサドラ・ナリスはコートの下は薄着だって言ってたけれど、あれって血の匂いだよね」
「そう言えば薄っすらと鉄錆っぽい匂いが……でも、婦女子は時々……」
この時代にデオドラントナプキンはない。綿を入れた布袋を月経用のガーターベルトで止めてナプキンとして使う。匂い消しのハーブの匂袋を持つか香水を使う。
「そうだね。間違いない。イサドラ・ナリスは血の匂いがした。其れは月のものなのか其れとも……ぇ、ラルポア……男はみんなそういう風に鼻が利くものなの」
ラルポアの目が泳ぐ。答えに窮すると、ラルポアは空中に何かを探そうとする。
ドアに凭れてカナンデラが口笛を吹いた。
「ラナンタータァ、イサドラ・ナリスは女の子の日だよ。俺様、コロシの血の匂いを嗅いで来たばかりだから少しばかり過敏になっているけどね、イサドラ・ナリスからは薄い匂いだった。恐らくイサドラ自身の血だろう」
「コロシの血の匂いって物騒だな、カナン」
「お前ね、ラナンタータ。従兄とはいえ俺様は此の探偵事務所の主なの。お前さんは暇潰しの居候。だから僕ちゃんのことはお兄様、あるいはカナンデラ様って呼んでね、ラナンタータ。って言っても無駄だよね。そう、僕ちゃんはラナンタータのオヤジさんとコロシの現場検証してきたの。なあああんて働き者なんだろう、僕ちゃんって。イサドラ・ナリスの給料をシャンタンからぶんどってやったし、デルタン通りのアパルトマンは血の海事件と若い女性の殺人事件の二本立てだからね。忙しかったわ。おほほ。なのにお前らときたらレストランにさえ付き合おうとしないなんてなぁ、薄情者らめっ」
カナンデラ・ザカリーは舞台役者めいたセリフ回しでお気に入りのソファーにどっかと座った。シャンタンから巻き上げたカシミヤのマフラーを両手で広げて見せる。
「気づかない。此れね、シャンタンからのプレゼントなの。殺人鬼のイサドラ・ナリスは気づいてくれたのにぃ」
カナンデラは女の声色を真似て拗ねる。
「わかったよ、カナンデラお兄様。煩いなあ。行けば良いわけね、行けば。何たっけ、ああ、ボナペティ。ムール貝の美味しい店。デザートにトリュフ入りプディングって高そうな店だから是非カナンデラお兄様にご馳走していただかなくては、ね、ラルポア」
「ラナンタータ、カナンデラは目的があるんだよ。多分、血の海事件か若い女性殺人事件のどちらかの聞き込みかな」
「おお、ラルポア。いつも思うけどあなたって天才よね。流石は悪魔ちゃんのボディ・ガード。苦労しているのね。さぁ、そうと決まったら悪魔ラナンタータ、行くぞ。若い女性は首をへし折られていた。虹羽根ブローチのインチキ募金が関わっているらしい。血の海事件はお前さんのお父上に任せて、俺たちは首折れ事件を追う」
カナンデラは勢い良く立ち上がると、ラナンタータとラルポアもドアへと動く。
その頃、シャンタン・ガラシュリッヒのオフィスではガウンに着替えたシャンタンが鏡の前で首筋のキスマークを数えていた。
水を弾いた若い肌にピンク色の花びらが鎖骨や胸の近くまで散っている。目眩を感じた。
「もう嫌っ。……あ、あの野郎、ふざけやがって。此の俺様は此の街のドンだぞおおおお。一生懸命頑張ってゴッドファーザーやってるんだぞおおおお。闇の帝王の怒りに触れるとどうなるか、思い知らせてやるぅ」
キスマークの数を越える銃弾が、日本円で200万を越える絵画に撃ち込まれた。既に5発の穴が空いていたが、更に撃ち込まれて見る影もない。それでもまだ気が済まないのか、サイレンサーつきのスミス&ウエッソン22口径リボルバーが、わなわなと震える。其の足元には弾丸の空箱が転がっていた。
「カナンデラ・ザカリーめ。いつかこいつでお前を……」
シャンタンはふっと勃起しているモノに気づいた。
「ううっ、うわあああああ。糞おおおお、止めろおおおおおおお」
シャンタンのリボルバーが火を吹く。200万の絵画がカタンと落ちて、壁に無数の焦げ穴が残った。
「はぁ、はぁ、カナンデラ・ザカリーめ。よくも此の俺様をイカせやがったな。糞おおおおお。覚えていろおおおおお」
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