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第4章 一緒に世界を変えよう

(7)指紋鑑定

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ゴヅィーレ警部はボヤを出したアパルトマンの前にいた。まだ現代のような鑑識技術のない時代ではあったが、指紋の採集くらいならできた。

1900年代初頭からスコットランドヤードで囚人の指紋を記録する制度が始まり、捜査に利用されている。

このアナザーワールドでも鑑識は始まっていた。と言っても、犯罪者の指紋を保管しておき、同一指紋の鑑定は目視で行うという、膨大な時間のかかる技だった。

国全体で過去10年に指紋を採集された犯罪関係者は10万人にも上るからだ。ひとつの指紋を10万人分の指紋と目視で照らし合わせるのだ。海の底で真珠の指輪を探すようなものだ。


デルタン通りのアパルトマンのカワハギ事件では、イサドラはよほど注意深く行ったのか、指紋ところか髪の毛一本も発見されなかった。

「ボヤのあったあの部屋で亡くなった被害者の死因が、薬物に因るものらしいことはわかったんですけどね」

アントローサ総監に珈琲を出しながら、部下が報告する。

「何の毒だ」

「それがまだ。それよりも、押収した指紋が複数に及ぶもんで、鑑定を手伝った署員全員が疲れ果ててますよ」

「仕方ない。被害者は家族のバースデーのレストラン予約を入れた直後だったんだ。自殺とは考えられない。私も鑑定を手伝おう」



シャンタンはカナンデラに耳元で囁かれた言葉を思い出しながら、カナンデラの寝顔を眺める。

『お前、お飾りにされたままで良いのか』

『あっ、あっ……待て……カナンデラ、シャ、シャツは買った……ト、トランクスも……あぁん』

『シャツかぁ、トランクスまで。ありがとおぉ。俺様、今夜はお泊まりできるぅぅ』

『なっ、何っ、こっ、殺されたいか、カナンデラ・ザカリーぁぁ……駄目ぇ、やめてぇ』

『シャンタン、お前、7人会に牛耳られているんだろう。俺様、7人会に負けないように知恵を付けてやろうか、ん……』

『知恵……え……』

碧眼が涙目になっている。

『今までのような古い体制ではお前の命も危ないじゃないか。俺様、お前にぞっこんだからな、心配なんだよ、シャンタン。お前には後ろ楯がいないじゃないか。パパキノシタの跡目がおかしなのに乗っ取られて』

『き、聞こうじゃ、ないか。どんなアイデアが……あっ、あぁん、そこはぁ……』

後はなし崩しにいつもの様に、この屑野郎め
知恵とはなんだよ知恵とはよ
好き勝手しくさって
何かアイデアあるならとっとと言ってよ
あっ……
何なんだよ、カナンデラ・ザカリー
気を持たせやがって
まさかお前が後ろ楯になるとでも言うのか
アホも休み休み言えよ
毎回じゃないか
アホ丸出しでセクハラ三昧は
しかも俺様をクッションにして眠りやがって
マフィアを舐めてるのか
俺様も何で着替えまで用意して
こんなヤツ待ってたんだろう
クソ……
俺様もうっかり
こいつの作戦に羽目られているじゃないか
しかもうっかりついでに
自分の着替えまで準備して
うっ、起きるか、カナンデラ・ザカリー

「シャンタン……」

寝言……

「可愛い……」

ぇ……こっ、殺す……
俺様は何度も言っているが
お前のオンナじゃない
俺様はマフィアのドンだ
ゴッドファーザーだ
なのに、撃ち殺せないぃぃ

あっ、止めて、駄目、カナンデラ
あっ、眠っていながら何をする






    
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