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第4章 一緒に世界を変えよう
(8)古物収集財団
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龍花は、預かった絵皿について、宋時代の青磁に違いないと踏んだ。くすんだ薄い青緑色は黄みががっている。酸化鉄に因るバーミリオン系の曼珠沙華が、無彩色レリーフの間に描かれている。龍泉窯の得意とする青磁で、皿を池に見立てた秀逸なデザインだ。
そうね……
此れは、間違いなく
国立美術館クラスの買い取りになる品よ
数千万の値はつくよ
財団からある適度の
資金を任されている立場としても
この絵皿はほしい
目の利くコレクターの蒐集願望を
満足させる品には違いないからね
持ち込んだのはアンドレア・チャブロワと言う中年の女性だった。サラ・ベルナールから貰った絵皿という触れ込みだったが、世紀の大女優の所有物だったのなら、コレクター垂涎ものの逸話だ。値を吊り上げる為の作り話かも知れない。
龍花はデスクの電話に手を伸ばした。
「オーナー、お客さんです」
売り子に案内されて、年配の刑事ブルンチャスが現れた。その後ろにもう1人、若い刑事がいた。
「少し込み入った話なんですがね、お時間頂けますかな」
「お客様にお茶をお願い」
売り子がお茶を淹れる間に、詐欺事件の簡単な説明が龍花の鼓膜を震わせた。衝撃が身体を走る。
「そんな……私の店の信用問題ヨ。それたけてなく、本物の取り引き相手に申し訳ないことよ。何とかしてくたさい。財団の面子に関わる重大な損害よ。私の立場も……今、中国は政治的に不安定な時期たから、財団の面子は大切よ」
このアナザーワールドでも、翌年の1928年に国民政府が設立されることになる、古物収集財団は、一度解体され秘密結社として生き残った中華革命党の一翼を担っている中華民国の支援団体だ。
お茶が運ばれて、ブルンチャスと若い刑事の前に出された。中国色豊かなソファーに軽く腰を落としただけの姿勢だったから、美しい色合いの磁器のカップに花が開くのが見てとれた。ふわりと白い花が開ききった。
阿片戦争以前に中国から流出した国宝級の古美術を買い戻すのが、龍花の主な仕事だ。東インド会社を通してイギリスやポルトガルに流れた古美術品の多数を買い戻し、今はフランスを拠点にヨーロッパ全土を探し歩いている。
「詐欺……そんな……私は大金を動かしているヨ。パパキノシタの信用問題たよネ」
「龍花さん、パパキノシタが亡くなって、今はカポネズ・ファミーユです。ご存知ですよね」
ブルンチャスはカップで手を温めながら訊く。
「はい、知てますよ。店員から聞いたね。私は一昨日フランスから戻たぱかりたから、経緯は知らなかた。パパキノシタ死んたこと、撃ち合いあたこと。取り引きの際には大金を用意するから、護衛を頼みたくて、パパキノシタ組に電話したかたけと」
若い刑事が口を開いた。
「このお茶、美しいですね。龍花さん、一昨日の取り引きの電話、宜しければ内容を聞かせてもらえませんか」
無遠慮な真っ直ぐな目付きが龍花の涼しげな黒い瞳を捉える。これが龍花とキーツの出会いだった。
そうね……
此れは、間違いなく
国立美術館クラスの買い取りになる品よ
数千万の値はつくよ
財団からある適度の
資金を任されている立場としても
この絵皿はほしい
目の利くコレクターの蒐集願望を
満足させる品には違いないからね
持ち込んだのはアンドレア・チャブロワと言う中年の女性だった。サラ・ベルナールから貰った絵皿という触れ込みだったが、世紀の大女優の所有物だったのなら、コレクター垂涎ものの逸話だ。値を吊り上げる為の作り話かも知れない。
龍花はデスクの電話に手を伸ばした。
「オーナー、お客さんです」
売り子に案内されて、年配の刑事ブルンチャスが現れた。その後ろにもう1人、若い刑事がいた。
「少し込み入った話なんですがね、お時間頂けますかな」
「お客様にお茶をお願い」
売り子がお茶を淹れる間に、詐欺事件の簡単な説明が龍花の鼓膜を震わせた。衝撃が身体を走る。
「そんな……私の店の信用問題ヨ。それたけてなく、本物の取り引き相手に申し訳ないことよ。何とかしてくたさい。財団の面子に関わる重大な損害よ。私の立場も……今、中国は政治的に不安定な時期たから、財団の面子は大切よ」
このアナザーワールドでも、翌年の1928年に国民政府が設立されることになる、古物収集財団は、一度解体され秘密結社として生き残った中華革命党の一翼を担っている中華民国の支援団体だ。
お茶が運ばれて、ブルンチャスと若い刑事の前に出された。中国色豊かなソファーに軽く腰を落としただけの姿勢だったから、美しい色合いの磁器のカップに花が開くのが見てとれた。ふわりと白い花が開ききった。
阿片戦争以前に中国から流出した国宝級の古美術を買い戻すのが、龍花の主な仕事だ。東インド会社を通してイギリスやポルトガルに流れた古美術品の多数を買い戻し、今はフランスを拠点にヨーロッパ全土を探し歩いている。
「詐欺……そんな……私は大金を動かしているヨ。パパキノシタの信用問題たよネ」
「龍花さん、パパキノシタが亡くなって、今はカポネズ・ファミーユです。ご存知ですよね」
ブルンチャスはカップで手を温めながら訊く。
「はい、知てますよ。店員から聞いたね。私は一昨日フランスから戻たぱかりたから、経緯は知らなかた。パパキノシタ死んたこと、撃ち合いあたこと。取り引きの際には大金を用意するから、護衛を頼みたくて、パパキノシタ組に電話したかたけと」
若い刑事が口を開いた。
「このお茶、美しいですね。龍花さん、一昨日の取り引きの電話、宜しければ内容を聞かせてもらえませんか」
無遠慮な真っ直ぐな目付きが龍花の涼しげな黒い瞳を捉える。これが龍花とキーツの出会いだった。
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