毒舌アルビノ・ラナンタータの事件簿

藤森馨髏 (ふじもりけいろ)

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第4章 一緒に世界を変えよう

(9)花の開く中国茶

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「毒殺だとして、殺される理由は何なの」 

  いつもの窓辺に佇むのに飽きたのか、ラナンタータが珍しくソファーに腰かけた。

「犯人の動機かぁ」

  眠たそうな声が出る。カナンデラは大きな口を開けて欠伸した。

「違うよ、カナン。犯人の動機じゃなくて、被害者側が狙われる理由だってば。理由。やっぱりシャンタンのことばっかり考えてるんでしょ」

  ふいにラルポアが立ち上がる。

「ラナンタータ、被害者がどうだからって殺されて良い理由にはならないよね」

「あ、ラルポア。僕ちゃん、珈琲よりもお茶が良いな。チャイナティー、そこの新しいやつ」

  夕べ、暇をもて余したカナンデラは警察に遊びに行き、元の相棒キーツに会った。花の咲く珍しいお茶を自慢げに出してきたので、カナンデラは今朝、龍花チャイナで身振り手振りで同じものを購入した。それを淹れろと言う。

「いいから、どんな人物だと思う」

「うん、そうだなぁ。ラナンタータが喜びそうな人物だよ。小さなアパルトマンで暮らしていたが、劇場で脚本を書いていたんだ。名前はオイラワ・チャブロワ。穏和な人物で、離れて暮らす孫の為にバースデー予約をレストランに入れていた。いいか、予約だぞ。だから自殺ではない」

「念をいれなくてもわかるよ。ね、ラルポア」

  ラルポアはストーブの銅のケトルから、各々のカップに湯を注ぐ。

「成る程、しかもお祖父ちゃんが孫のバースデーを前に自殺なんて、あり得ない」

「だろうラルポア。だから他殺の線でアントローサ総監も指紋鑑定しているわけだ。あのね、それでね、ラナンタータお嬢様のお父上はおいらたちにも手伝えと仰せでしたが、が、外部手伝い制度が金銭的な点で充実していないから外郭契約はお断りさせていただいちゃいました。あはは、お前ら、やるかい、指紋鑑定」

「やだ。カナンデラ、褒めてあげるよ。ちゃんと断れてエライ、エライ。流石は所長だけあるね。で、コロシの理由は何」

「悪魔ちゃん、目上の人には流石って使わないんだよ。でね、失せ物があったらしい。チャイナの古美術品だってさ」

  お茶のトレーを手に持ったラルポアが、にこりと微笑む。

「中国古美術……ロンホァチャイナのかな」

  ケインズ・ファミーユの一階のボナペティで夕食をした夜、ラナンタータは厨房から脱出した。

  その時にラナンタータを庇ったチャイナドレスの女・龍花の店を、ラルポアとラナンタータはこっそり見に行ったことがある。

「そうだ。その龍花に絵皿を預けた女がいて、名前はアンドレア・チャブロワ。夕べはまだ本人確認はできていないということだったのさ」

  ラルポアはカナンデラの前に花の咲いたカップを出した。象牙色の八重咲きの花がふわりとティーカップの中で広がる。

「ふうん。死人のアパルトマンから古美術が無くなって、お孫さんが古美術店に絵皿を預けたってことなのね。家族に聞けば良いじゃない。絵皿とお孫さんのことは」

「ラナンタータ」

  お茶を差し出してラルポアが口を挟む。

「それは警察がちゃんとやっているよ」

「わぁ、綺麗。素敵なお茶だね、ね、ラルポア。花が咲いてる。ねぇカナンデラ、これはどうしたの」

「わははは、どうだ、気に入ったか。これはなぁ、夕べ警察に遊びに行って、昔の相棒に教えて貰ったのさ。朝一番に買ってきた。残念なことにオーナーは留守だったが」

  シャンタンに持っていくお土産も準備してある。昨日の高品質のシルクのドレスシャツと葛飾北斎の高波図柄の珍しいトランクスのお礼に、心ばかりの品だが、シャンタンの喜ぶ顔も可愛いだろうと期待している。

早く夜が来ないかな……

  ラルポアが然り気無くテーブルに置いた小皿の松の実ゴーフルを、ラナンタータが無造作に摘まむ。

「じゃあ、今回の事件は首を突っ込むまでもないね」

  ラナンタータは不満気に言う。前歯でゴーフルを齧った。

  傍に座ったラルポアは「そうだね。指紋鑑定の手伝いも断ったって言うし、今日は暇だから、3人で美術館にでも行ってみようか」と何気なく提案してみた。

  飛び上がって喜びたい処なのに、ラナンタータは澄まして微笑む。片方の頬が痙攣しているみたいに吊り上がるのは、笑顔のつもりだ。

「うん、良いね。暇だからね。とっても美味しいお茶。とっても綺麗で、心が豊かになる。イットガールにも持っていくんでしよ、カナン」

  ラナンタータの声が華やぐ。 

いつもは危ないからって
人の出入りが多い場所には
連れていってもらえないもんね
ラルポアったら
ヴァルラケラピスを恐れ過ぎ

「ラナンタータ、カナンデラと一緒じゃなきゃ」と言いかけてラルポアは言葉を切る。ラナンタータは笑っているらしい。

「何で一緒じゃなきゃ駄目なの。カナンは愛しいイットガールにお茶を持って行きたいのにね、ね、カナン。そうだよね、ね、ねぇっ」

「え。おいら。イットガールなんていないけど」

  マイノリティはアルビノのラナンタータだけではない。

  アナザーワールド1920年代、レ・ザネ・フォール狂乱の時代と謳われてはいるが、カナンデラもLGBTが犯罪者並みに扱われるこの時代のサザンダーレアに自らの性癖を隠して生きているマイノリティのひとりだ。

  隠し通してシャンタンを守らなければならない。時代を開くための犠牲は最小限に押さえたい。



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