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第2章 イスパノスイザ アルフォンソ13世に乗って
(15)ニーニャ
しおりを挟む「納屋だ。この村のアルビノが殺された現場、フォレステン家の古い納屋。そこにラナンタータがいる」
「取り敢えず行こう」
カナンデラ・ザカリーと
ラルポア・ミジェールを伴って
メリーネ・デナリーの家から出た
背中で聞いた医者の言葉が頼もしい
「先ずは止血から。それと化膿止めと痛み止めだ」
医者とセホッポと集まって来た村人に
任せておけば良い
ラナンタータを探さなければ
殺される前に……
「待て」
カナンデラ、何故止める
ラナンタータは悔し紛れに悪態をついたが、猿ぐつわで言葉としては理解不能な音を漏らすばかりだ。
「大人しくしたら面白い話をしてやるぞ。昔、この村で起きた殺人事件の真相だ。俺はザカリー家の相続人の一人だ。隣村で生まれた。俺が子供の頃は父親がたまにプレゼントを持ってやって来た。大好きだったよ。ところが、森の小道で父親が他の男と争う姿を見た。そして殺された。犯人はフォレステンだ。フォレステンは逃亡した。俺はこの村が憎かった。この村のアルビノを殺した。金になると思ったんだ。しかし、カルト教団は死肉は食わないと、取り合わなかった。
運命とは不思議なものだ。逃亡先のフランスで俺はフォレステンと出会い、フォレステンは富くじに当たったからブガッテイに乗って堂々と帰れると言った。それで一緒にこの村に来た。俺が殺したアルビノの母親やザカリー家が気になって、村を一巡りする為にフォレステン家から離れ、戻って来た時にはフォレステンのやつは殺されていた。既に死んでいたんだ。俺はフォレステンの金を探したが、フォレステンのやつは車に注ぎ込んだのか、大した現金は持っていなかった。
俺は幼なじみのターニャを連れてブガッテイに乗って村を出た。途中、フォレステンの爺に見られたから、轢き殺してやった。
ターニャがマイアッテン未亡人の家で女中をしていることは知っていた。あいつは、世の中には寄宿舎学園で優雅な立ち居振舞いやらダンスやらとお嬢様勉強している金満家の子女もいるのにあたしは子供の頃から朝から晩まで小突き回されるように働いているのよ、なんて嘆いていた。ターニャは、お前がヨルデラ・スワンセンだと信じていた女の本名さ。
実はな、ターニヤはヨルデラ姓を名乗っちゃいるが、ただの詐欺師だ。お前のご友人に近づくために親戚のふりをしたまでだ。子供の頃から女優に憧れていた奴だから、うってつけだよ。まさかそのご友人がこの村に嫁に来るとはな。奇遇な話だ。
お前……生意気な目だ。俺はな、女とヤれないんだ。戦争で壊れたのは足だけではない。男の機能も、心も壊れた」
皮ベルトを投げ捨てて、ラナンタータの首に手を伸ばす。重い真珠の付いたカメオのチョーカーが薄暗がりで反射する。
「そこまでだっ。手をあげろ」
ドカンとドアを足蹴にしたのはカナンデラ・ザカリー。映画の主人公ばりに登場だ。老朽化したドアだから軽く押しても開いたはすだが、カナンデラはここぞとばかりにスーパーヒーロー並みのど迫力。アントローサ警視総監から借りたピストルを手に納屋へ飛び込んだ。照準を男の額にぴたりと合わせてラナンタータに近寄る。
後ろからイクタ・シンタが素早くラナンタータに駆け寄って、ラナンタータの後ろ手に縛られた縄を解きにかかる。
「あ“、どうして此処がわかった」
男の質問にカナンデラは語気を強めて答える。
「オ・マ・エ・は馬鹿か、ポンテンカス。此処はアルビノ殺害事件の現場じゃないか。しかも、持ち主のいない納屋は此処だけだ。ところで、お前に言うことがある。残念だったな、お前のニーニャは死んだ」
「ニ、ニーニャ……はぁぁ」
男の目が泳ぐ。記憶をまさぐる目付きだ。頭の上に浮かぶだろうクエスチョンが、ラナンタータには見える気がした。
「ニーニャだよ。お前の、相棒の、ほら、ニーニャ」
自信満々のカナンデラに、イクタ・シンタが小声で言い直す。
「ターニャだよ。ターニャ。マイアッテン未亡人の女中のターニャだ」
「そ、そうだ、ターニャだ。ターニャ。ターニャと言ったよな、俺……」
余りのポカにラナンタータが思わず失笑する。死人に対して不謹慎だ、慎め、と自制を働かそうと勤めたが、カナンデラの言い間違いはラナンタータの腹筋を崩壊させた。笑いが止まらない。
「カナンの馬鹿っ」
縄から解かれたラナンタータは笑いながらも男の足に蹴りを入れた。戦争で遣られたと言った足はどの足か検討がついている。
刺繍の美しいザカリアンローゼの民族衣装が月明かりの納屋でふわりと舞う。白い薔薇が匂い立つようだ。ラナンタータは見当をつけた脛を思い切り蹴飛ばした。
「うげえっ。ぐぬぅぅぅ……」
「痛いくらいが何よっ。あんたに殺されたアルビノの無念はこんなものじゃないっ」
ラナンタータは被害者ラナンの民族衣装を着て犯人を蹴ったことになる。
「ラナンタータ、生きてて良かったぁ」
カナンデラが腕を開いてハグの体勢になった。
ラナンタータはひょいとかわして「遅いよ、カナンデラ。私はこいつに何度もやられたんだからな」と睨む。
「や、ヤられた……げっ……マジか」
「マジ、何度も鞭打たれた。あの皮ベルトは相当痛い。カナァァン、一生恨んでやるからねっ」
「へ、何で。おらぁ助けたじゃないかに」
「もっと早く来おおおおぉい」
ラナンタータの叫び声が木霊する月下の草原に車の音が近づく。納屋を飛び出したラナンタータは目の前に、イスパノ・スイザのアルフォンソ十三世が静かに停まった。幌屋根を綺麗に折り畳んだオープンカー。月明かりの下で金色にココア色の混じった甘い髪色のイケメンが微笑む。
「ラルポア、ナイス・タイミング」
「ラナンタータ、驚いたな。民族衣装も良く似合うね」
「でしょでしょ。カナンデラはそこら辺が分かってないだ」
「折角助けたのに何でおいらだけ辛く当たられなくちゃいけないんだ。ラルポア、お前がボディガードだろう。そのイケメン面ぁ何かとっても癪に障るんだけど」
カナンデラの目には、月明かりさえもラルポアに味方しているように見える。
車のステップを踏んで身軽に乗り込むザカリアンローゼの妖精に頭を振ったカナンデラは、ラナンタータを縛り付けていた縄で、少々八つ当たり気味に男を柱に括る。
「さぁ、警察に連絡だ」
「カナンデラ亀さん、遅いと置いてくよ」
ラナンタータがカナンデラに毒を吐く。犯人に鞭打たれたことがよほど悔しいのか、助けに来たカナンデラをさえも親の仇のように睨みながら「まだ事件は終わっていないからね」と呟く。
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