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第2章 イスパノスイザ アルフォンソ13世に乗って
(16)不倫
しおりを挟むアルフォンソ十三世で広場まで戻った。散り散りになった村人たちに声を掛ける。
「皆さん、此の村で起きたミステリーに終止符が打たれます。ビアヘニュビアヘニュ。是非、広場にご来場くださあい」
柱に括った男は、縄を打たれて馬で連れてこられた。村人も華やかな民族衣装のまま、何事かと集まって来る。
北のザカリーでも夏ともなれば人々の気分が華やぐ。夜になって少し冷えてきたが、あちこちに立てられた松明が暖かい。木立のランプの灯芯はまだ十分にある。雨で濡れた料理はとっくに下げられ、新しい料理が並んだ。ワインが樽ごと運び込まれて、まだ飲み食いするつもりらしいことが見て取れる。北部の人間は、真冬の寒さでもなければ今の季節の冷えなどには挫けない。雨に濡れた椅子に藁が敷いてある。
男を広場の中央の椅子に座らせた。此れから尋問して名前を吐かせる。ラナンタータが静かな声で男に聞く。
「ドレッポは何処……」
男はふいっと顔を背けたが、ラナンタータは一瞬の視線を見逃さなかった。
「言わないつもり。お前に聞かなくても村人なら知っていることだけどね」
広場の隅のバイオリニストに近づく。ラナンタータはふと向きを変えて、年輩のご婦人に「此の方がドレッポさんで間違いないですか」と、バイオリニストを指した。
「ええ、此の方はバイオリニストのドレッポさんです」
ご婦人から満足のいく答えをもらったラナンタータは、カナンデラとラルポアにどや顔を向けて笑って見せた。つまり、片方の頬がひくひく痙攣る表情だ。
「あ、笑っていやがる。笑ったよな、今」
「多分、笑った……みたい」
ラナンタータは陶器のような肌の片頬を吊り上げてバイオリニストに迫る。
「あなたがフォレステ夫人の不倫相手、ドレッポさんですね」
セホッポが叫んだ。
「兄貴、ウソだろ」
ハウゼントも、ネノ・ヴェルタと呟く。村人が顔を見合わせるほどの意外な展開になった。
目眩でも起こしたのか、バイオリニストの上半身が揺らぐ。
「そうです。私がフォレステ夫人の……」
「でもあなたはマイアッテン未亡人とも」
ラナンタータは意地悪そうに探りを入れる。
「いいえ、いいえ、其れは違います」
バイオリンのボーゲンを逆手に振りながら否定するドレッポの顔は、何処かに痛みを感じていることを示す。
「あなたの片思いですか。ターニャと此の男が話していたんですが、深い関係だと」
「僕は……確かに僕はマイアッテン未亡人に叶わぬ恋をして、ああ、そうなんだ。十歳も年下の僕は貧しい出稼ぎ人夫だ。それでつい、優しくしてくれたフォレステ夫人と間違いを犯しましたけど、決して、マイアッテン未亡人とは決して決して何も一度だってありません」
「其れは良かった」
ピノキオのように高々と伸ばしたラナンタータの鼻面が、どや顔でカナンデラを見る。
「おいこら悪魔ちゃん。ちゃんとやれよ」
「タンビアタンビア。では、フォレステ夫人殺害はどの様に、誰が行ったのか、話して頂けますね」
「うう……」
「兄貴……何でそんな馬鹿なことをっ」
セホッポが駆け寄る。
「済まん、セホッポ。あの日、つい出来事心でフォレステ夫人のベッドに入った。夫人はバイオリンの集いの常連で、優しい人だったから、誘われるままに関係に及んだんだ。だけど、何の悪戯か……其処に旦那が帰って来た。長いこと音信不通だと聞いていたのに……それで争いになって、思わず殺してしまった。悪夢を見ているような気分で茫然としていたら、ジェイコバが来て、幼なじみだから助けてやると言って逃がしてくれた。その後フォレステ夫人は森に……うああ……僕は何てことを。夫人が死んでしまうなんて……」
ドレッポは片方の膝をついた。肩が落ちる。
「ジェイコバ……其れがあの男の名前ですか。わかりました。あなたは期せずして殺人を犯し、ジェイコバに隠蔽してもらった。アルビノのラナンについてはどうですか。何か関わりがありますか」
「いいえ、全く。イクタ・シンタと会っていることを薄々気づいていただけです」
「では、アルビノ狩りはジェイコバとターニャの共謀で行われたと」
「ジェイコバが……犯人だと……まさか……ああ、ジェイコバ。何でそんな……僕は気づきもしなかった。ジェイコバは今日の昼に来たんです。ターニャと。僕はダンスの間中ずっとバイオリンを弾いていました。そしたら雨が降って、あなたが濡れるのを見た。みんな広場からいなくなって、僕はジェイコバに、アルビノのあなたがラナン殺しの犯人に狙われる可能性があると、話してしまいました。まさか、ジェイコバがあなたを狙うとは思わなかったんです。ターニャが何処まで関係しているのかすら僕にはわかりません。幼なじみなのに」
「有り難う、ドレッポさん。あなたは私の身を案じてくれたのですね。いろいろ言いたいことはありますが、あなたを警察に引き渡すことになります。あなたは罪に相応した罰を受けなければなりません。何か言うことは」
「あぁ……ええ、私は、一瞬の出来心で人生を失うことがあると思い知った……自分の過ちで人が死ぬのは痛い。詫びても苦しんでも自分の気休めでしかない。死んだ人に償うことはできない。他人の人生は戻せない。やり直せない。辛かった……辛かったんです、本当に……辛かった……有り難う、ラナンタータさん。この村に来てくれて有り難う」
「ドレッポさん、もう一つ。実はフォレステ夫人の自殺は本当に自殺なのか、それともジェイコバがやったのかはわからないのですよ」
「……ひいぃぃぇぁぁぁ……」
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