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第3章 ブガッティの女、猛烈に愛しているぜ
(12)待たせたな
しおりを挟むラルポアは駐車場から車を出す際に、ボナペティの表玄関に停まった黒いワーゲンを見た。黒服の男たちが降りる。
奴らの仲間か
あのテーブルの男は僕の無事な姿を見ても
顔色を変えただけで追っては来ない
標的はラナンタータだからだ
カナンデラ、何をしている
まさかあのギャルソンと
良からぬ行為に及んで……
アルフォンソ十三世は静かに裏通りに向かう。
「アルビノ、あんた、狙われているヨ。今出たら駄目ネ。奴らを引き留めるから、あんたは行くとこヒタリ。良いネ、ヒタリ、アッチ」
チャイナドレスの女が艶やかに笑った。
「ぇ、あなたは……」
「私は黄龍花あなた守る。幾つか数えてから出て」
女は勝手口のドアを閉めた。
言われた通りにするほどお人好しではないつもりのラナンタータだったが、厨房スタッフが笑った。
「ああ見えてもロンホアは天使だろ。良かったなぁ、マドモアゼル」
「あの中国人女性は何者なんですか」
「ははは、異世界フランスからの渡り人だよ。中国陶器の店のオーナーだ。まだ若いのに近くに支店を構えている」
異世界中国の陶磁器を販売する傍ら、アヘン戦争以前の中国古物の買い戻しを行っている龍花は、近隣諸国にもあしげく通い、この街にも店を一軒と仮の宿を持っていた。
ラナンタータの頭の中でゴーサインが出た。
「有り難う」
ラナンタータはこっそりドアを開けた。外に出ると、頬に夜風が冷たい。
ヒタリ、アッチ
左ね、左……
背後で大きな声がする。振り向くと、大通り側の歩道にロンホアの姿が見えた。
「本当ヨ。私、オシコト、陶磁器の他にもネ。その話しするヨ。この店の人、物知りネ。陶磁器だけじゃない。中国古物持ってそうなお客を教えてくれるネ。そんなこと、店の表では喋れないからネ」
ラナンタータは忍び足で走った。左手の路地は長い。様々な店や住まいの小窓から明かりが漏れているが、足元は暗い。黒紫フードマントのラナンタータは闇に紛れることに安堵しながらも、早足で走るのは難しい。
ネズミが足元で鳴いた。三叉路が明るい。
其処にアルフォンソ十三世が静かに停車した。
カスタム幌屋根の月明かりに光る車体。
天の助けを見たように、安堵がラナンタータの顔に出た。駆け込んで後部座席に乗る。後部座席は暗く目立たない。
「ラルポア、カナンデラは」
「捨てて行こう」
事も無げに微笑む。イスパノ・スイザのアルフォンソ十三世は静かに走り出した。
カナンデラはテーブルに戻った。すっかり冷めたムール貝にバターがテカる。
「冷めても食える。ワインが足りないな」
トイレでラルポアと乱闘した男たちも何食わぬ顔でテーブルに戻った。ギャルソンにワインをオーダーしている。其処に黒スーツとキャメルの革ジャンの男が加わった。
カナンデラはギャルソンを呼んだ。勘定を頼み、レシートを持って来たギャルソンの肩を抱いて頬にキスする。チャイナドレスが戻って、テーブルに着いた。
「釣りは要らね。オイラ、アランが気に入った。情報くれたらチップ弾むぜ」
「お客様、有り難うございます。またのお越しをお待ちしておりまぁす」
アランは女言葉を控えていたが、ウインクした。カナンデラは片手を上げて退出しかけ、ちらりとチャイナドレスのテーブルを見る。
黒服の男たちがカナンデラを見た。目が合う。にやりと笑ってカナンデラは向き直り、そのテーブルに近づく。
「やあ、ウタマロさんたち。いや、ヴァルラケラピスかな。待たせたな。俺様がカナンデラ・ザカリーだ。ちょいと話しを聞かせて貰おうか」
銃底で気絶させられた男が、痛みの残る頭を押さえながら睨む。もう少しで股間のものを握り潰される処だった男は、暗い表情になって頭を振る。
「此のロップフールめ」
「ほっほぉ。お誉めに預かって嬉しいぜ。ボルドーの1920年物か、良いワイン飲んでるじゃないか……俺にも飲ませろ」
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