毒舌アルビノ・ラナンタータの事件簿

第５章 婚前交渉ヤバ過ぎる

（12） 遊びじゃないんだって

  ショーが始まった。チョコレート色の肌の若く美しいしなやかな女が、腰の回りにバナナの飾りを付けた衣装で踊る。

「わお、ジョセフィーヌ・バケルじゃないか。俺様、タブロイド紙で見て一目で気に入った」

「ジョセフィーヌ・バケルって誰」

「アメリカからやって来てフランスで興行しているらしい。ジョセフイン・ベーカーと言うのかな、英語なら。チョコレート肌でセクシーでユニークで新しい。そそるだろう。ほら」

「何がそそるの」

「凄いダンスだべ。あれが本物のジョセフィーヌ・バケル、ジョセフイン・ベーカーならイサドラも観たいだろうな」

「え、ちょっと引っ掛かる。あのダンサーはイサドラと同じ偽物ってことが言いたいのよね、カナンデラは」

「当然だろ。本物はフランスで興行中だ。ヨーロッパ中回るらしいが、この国にも来るかな。となると、都心での興行だろ。このガラシュリッヒ・シュロスがフランスにも負けないアールヌーボーの美しい城だとしても、時代はアールデコが流行り、都心ではどんどん新しい風が吹いている。イサドラ・ダンカン時代は終演を告げてジョセフィーヌ・バケルジョセフィン・ベーカーの時代さ」

「そんなことではないよ、カナンデラ。イサドラが観たがると言ったよね。ね、ラルポア。聞いたよね」

「うん、確かにそう言ったね」

「おお、言ったぜ。だってダンサーだろう。あのステージで観客を沸かせていたんだぜ、イサドラは。真剣だったんだ。遊びじゃあそこには立てない。今思えば、とんでもない才能溢れた大スターだったんだな」

「だからさ、イサドラはやっぱりフランスに行きたがっているよね。何故、私たちを嵌めようとした。私たちを人質にして一緒にフランスに連れていくつもりだからなんじゃないの。ジョセフィーヌ・バケルを観たくて」

  カンテラのように、ぱああっとカナンデラの顔が輝く。

「成る程。お前が人質なら警察は手出し出来ない訳か。イサドラも考えたもんだ」

「イサドラはもう一度、私たちを嵌めようとするかも知れない。わかっていれば捕まえることも可能だよね」

「おお、悪魔ちゃんは天才だ。捕まえよう」

「でも、ラナンタータを諦めてジョセフィーヌを観に旅立っていたら」

「ラルポア、フランス警察にも連絡するさ。そうだ、ツェルシュ、電話を借りられるかな」

「畏まりました」

「ラナンタータ、飲み過ぎだよ。もう少しゆっくり味わって」

  あの夜、一生もののミスをおかしたのかもしれないと、後悔めいた思いがよぎる。

  ５年前に知り合ったジョスリンは、二年間、ずっとラナンタータの学園の送り迎えの警護を買って出てくれた。時々助手席に乗って、肘を回して後部座席のラナンタータを向いてお喋りする。

  僕は肉感的な胸の谷間に目が行かないようにひたすら前方を注視して、ラナンタータは年上の女性の色香にやられた。

  ある夜、久しぶりにラナンタータが部屋に来て、僕の首に両腕を回した。僕もつい、ラナンタータのまだ幼い細い腰に腕を回した。子供の頃はそうやって抱っこして階段を上ったりしたものだ。

  ラナンタータは不思議なことをした。僕に顔を向けたまま瞼を閉じた。唇が少し尖っていた。

『ラ、ラナンタータ……何かあった……どうしたの』

  ラナンタータの鼓動が伝わった。

『キスってどうするの。私は常識も知らないから、どうすれば良いのかわからない。ジョスリンにキスしたいのに、男と女がするようなキスを。大人のキスを。教えて、ラルポア』

『む、無理だよ、ラナンタータ。ファーストキスは本当に好きな人と』

『子供の頃はキスしてたよ、私たち。でも子供のキス。ただチューしてただけ。ラルポアが先に大人になって他所でいろんなことを経験して、私は置いてけぼり食わされている。だからジョスリンにどうすれば良いのかわからない』

  僕はラナンタータの額に軽くキスして、ラナンタータの腰を離した。

『大丈夫。この世にラナンタータを嫌う人はいないよ。食べちゃいたいくらい狙われているじゃないか、ヴァルラケラピスに。嫌っているんじゃないんだよ』

  それがラルポアとおかした一生もののミスだったかもしれない。

「ラナンタータ、イサドラのことを好きかい」

「え……」

  ラナンタータは酔っ払ったらしい。きょとんと小首を傾げる目の焦点が合わない。ジョスリンを覚えているだろうという言葉を飲み込む。

  ドアが開く。シャンタン・ガラシュリッヒが手下をずらりと伴って入って来た。

「おお、会長」

  カナンデラが律儀そうに席を立ち、ラナンタータとラルポアにも顎をしゃくって促す。

「ああ、あなたがシャンタン・ガラシュリッヒ会長。お見かけしたことあります」

  ラナンタータの言葉に、シャンタンは笑顔で握手の手を差し出す。

「お会いしたいと思っておりましたよ。アントローサ総監のお嬢さん」

「あはは、ラナンタータでいいよ。私もあなたに会いたかったの。話があって」

  ラナンタータがシャンタンの手を握った。

「お話とは……」

  握手したままシャンタンがカナンデラを見る。ツェルシュは何故か誇らしげなどや顔をしている。

お坊ちゃん、やりましたね
アントローサ総監のお嬢様は
昔なら公爵令嬢です
本来なら
私どものお会いできるような
お相手ではございません
それなのにそのお嬢様から
お話を持ちかけられるなんて
ああ……
何と光栄な瞬間に
私は立ち合っているのか
世界を変えるという希望に満ちた
素敵な会談が今、始まる

「あのね、シャンタン。真面目な話なんだけどね、あなたのこと、遊びじゃないんだって、カナンデラは……」

  カナンデラとラルポアはブフッと吹いた。
シャンタンは笑顔のまま真っ青になり、ツェルシュは目眩を起こして、手下に支えられた。

  ラナンタータは真っ青なシャンタンに抱きついて「可愛い。友達になってね。ね」と頬っぺたにキスした。

悪魔の自覚はいらない