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第6章 殺人鬼と逃避行
(1)poison
しおりを挟む少しの毒が決定的な結果をもたらすこともある。
事件は単純だ。金貸しの女房が毒殺され、犯人とおぼしき人物からの通報によって警察が動いた。
時刻は午後の五時。逢魔ヶ刻と謂われる西日は、殺人事件のあった館の外観さえも暖かい色合いに染める。
現場は二階三階が賃貸になっている金貸しの一階事務所で、西日に輝く外観とはかけ離れた冷たい空気が、広めの部屋を支配する。このコントラストを持つ時間帯を逢魔ヶ刻と言うのか。冷え冷えとする部屋の真ん中に金髪の女が吐血して倒れていた。
美しい死人だ、と駆けつけたゴツィーレ警部は頭を振る。何による怪我なのか額に薄い切り傷があり、その傷を擦ったのか指先にも血がついている。
間取りは、西日の差し込む窓を右手にして、書類棚を背にした机がひとつ、ガラス窓は観音開きが三つ並び、庭が見える。机と対面した暖炉との間に接客用のソファーセット。左の壁に隠し金庫があり、無名の画家の風景画が掛かっている。
殺人事件となると現場を直に確認したがる警視総監アントローサが、形の良い口を開く。
「密室か。その窓ガラスの割れた部分以外は全て閉ざされて、煤だらけの暖炉はサンタクロースも通れないと言うのだな。ドアには鍵。机に飲みかけのお茶……カップを調べろ」
まさか自分の娘ラナンタータが、稀代の殺人鬼イサドラ・ナリスと共に出国を企んでいることなど露ほども知らず、アントローサ総監は現場検証に余念がない。
ゴツィーレ警部は窓やドアも綿密に調べるように指示を出した。
しかし、外から割られたらしい窓ガラスの他には怪しい点は見当たらない。
「惨たらしい表情だな」
ブルンチャスが頭を掻き、キースが死体を覗き込む。
「苦悶の顔だが、とんでもない美人だ」
若い刑事が手帳を読む。
「ドリエンヌ・メルロー。金貸しの女房。年は二十四才」
「確かに若い。ご亭主と親子ほど年が離れている」
ブルンチャスが呆れたように呟く。
「亭主は行方不明だと言うから、金貸しの仕事を引き継いで頑張っていたらしい。人に恨まれる仕事だ。その点も調べろ」
ゴツィーレ警部の指示にキースが反応した。
「金庫の中も開けてみないと」
「見たところナンバー鍵になっている。キース、まさかあれに取り組むとか言わないだろうな」
「おいおい、ブルンチャスとキースは聞き込みだ」
「ゴツィーレ警部、額の血も調べてくれ」
なるべく口を挟みたくないと思いながら、アントローサはふと『黒い翼』を思い出す。
百年ほど前のザカリー領主だ。カリギュラだの何処までも広がる黒い翼を持っているだのと噂された歴史上の人物だが、彼の専売特許が毒薬だった。
アントローサは溜め息をついた。その目の前を、背中を波打たせて猫が歩いていく。
「何処から来た、この猫は」
アントローサは屈み込んで猫を撫でた。猫はアントローサに首周りを掻かれてゴロリと横たわった。お腹を見せる。
「ほう、人間に慣れているんだな」
その頃、ラナンタータとカナンデラは受話器を奪い合っていた。
「イサドラ教えてっ、私は何処であなたと会うのっ」
「俺様も一緒でいいだろ、なぁ」
「答えて、イサドラ。何処で」
「一緒だっ」
二人の声が重なって、イサドラからの返事はない。
「「イサドラ」」
「ふふ、面白い人たちね、相変わらず。そうね、みんな纏めて面倒みるわ。今すぐアルフォンソ十三世で元のグァルヴファイレス事務所に向かって。警察に通報しないでね」
「「わかった」」
ラナンタータとカナンデラのハモりに加わってラルポアが叫ぶ。
「断るっ」
「「ラルポア……」」
「断る。ラナンタータにそんな危険なことをさせられない。イサドラ、ノン、メルスィ。ラナンタータを人質に取るのは諦めろ。君はフランスに行きたいのだろう。ジョセフィーヌ・バケルに会いに。僕は君がラナンタータに関わろうとするなら逮捕する」
警視総監アントローサが泣いて喜びそうな毅然とした答えに、ラナンタータとカナンデラは慌てた。
「待て待て待て、マム・イサドラ。おいらはあんたに尻尾を振って付いていくね。あんたには二度と会いたくなかったんだけどね、今は何と言うか、昔別れた恋人みたいに熱ぅぅい焼けぼっくりを抱えている気分なんだ」
「ふふ、あなたは可愛ぃぃシャンタン会長と二人で怪しぃぃことしてたじゃないの。その大胆不敵な長所で、美形男子を籠絡してくださるかしら。言っておくけど、今すぐ来れないならこの契約は白紙に戻すわよ」
「元のグァルヴファイレス事務所ね、わかった」
「お待ちしてるわ、ラナンタータお嬢様」
「待っても無駄だ。僕は阻止する」
「あら、ラルポアさん。あなたとラナンタータお嬢様の婚前交渉も、わたくしが素敵に演出して差し上げてよ」
「断る。君の提案は全て断る。アデュー。二度と電話しないでくれ」
「お待ちしてますわ、皆さん。オールボワールと友情のキスを」
受話器を置く音が聞こえた。
「ラルポア。何で反対するの」
「ここに警視総監がいたらどう答えたと思う、ラナンタータ。僕は君の安全を守るように雇われているんだ。君自身よりもお父上の意志が最優先だ。絶対に駄目だ」
ラルポアはラナンタータの背中から腕を回して自由を制限し、離そうとしない。
「カナンデラはどう思う、この頑固者」
カナンデラは指定席に座った。
「直ぐに行動しないとイサドラは契約を無かったことにすると言ったんだぞ、ラルポア……」
ふいにラルポアの手が伸びてカナンデラの頸を斜めに打つ。目にも止まらぬ早業チョップだ。
「うぐっ……」
カナンデラがひとり掛けソファーに斜めに沈む。
「何をするの」
「ごめんよ、ラナンタータ。君にも寝ててもらう」
「待って、待って、私にアイデアがあるから。ね。警察に通報するなと言われたけど、連絡はする。そして道路封鎖してもらおう。ね。私が囮にならなければイサドラは出てこない」
「駄目だ。イサドラは毒のような女だ。君は毒を飲む気か」
いつになく鋭い眼差しに変貌した怖いラルポア
夜更けに独りで出掛けて
ローランと会ったり
殺人鬼のイサドラと
契約したがったり
おっぱいが小さいから
赤い口紅が似合わないとか
勿論、その毒々しい口紅は
君の色ではないけど
君はまだ子供だ
ラナンタータ
君の同窓がほとんど
卒業と同時に結婚しようが
君はまだほんの子供だ
世の中は嵐が吹き荒れて
君は独りでは身を守れない
小さな子供だ
カニバリズム集団も
君を狙っているというのに
何故、飛び出したがる
イサドラは禁止だ
絶対に無謀な真似はさせない
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