毒舌アルビノ・ラナンタータの事件簿

藤森馨髏 (ふじもりけいろ)

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第6章 殺人鬼と逃避行

(20)振り回さないで

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「ラルポア、起きている」

「うん」


ラナンタータは腕枕を強制したが、いざ頭をもたせると向き合うことに躊躇してラルポアに背を向けた。


子供の頃はちゃんと
向き合えたんだけどな
キスしてたし


ラルポアの無造作に伸びた枕の腕をラナンタータは自分の首元に曲げ、離れないように両手の指先を添えて自分の肩をラルポアが抱くようにした。


だって、昔は寝るときだって
肩を抱いてくれたじゃない
何か懐かしい


片頬がひくひくする。


「ドイツに到着したらどうなるのかな」


片腕を腕枕に取られ空いた手でラナンタータの前髪を撫でながら、ラルポアは小声で答えた。


「イサドラは病院を目指すだろうね。レントゲン博士のお弟子さんの病院。詳しく検査して、サニーは手術するかもしれない」

「サニーって、あの事件の有名人よね。私がジェイコバに捕まった時、イサドラと一緒にいた人」

「うん、そうだ」


ラルポアはラナンタータを強く抱き締めた。

ケインズファミーユ前の大通り、銃弾の狙いが外れたらと恐れたボナペティ事件の恐怖が甦る。

ジェイコバの脚を狙った銃弾が逸れてラナンタータに当たっていたらと思うと、腕に力がこもる。


怖かった
ラナンタータが
あんな危険な目に遭うと
分かっていたら
ボナペティには行かなかった
いや
何処に行くにしても
車から降りるときは一緒だ


「もう危険な目には合わせない」


ラルポアの息がうなじにかかる。


「ね、ラルポア。子供の頃、ラルポアは絵本を読んでくれたよね。覚えてる。ホラ吹き男爵、白雪姫、ガリバーの冒険、ピーターパン、ジャックと豆の木……どれもこれも危険な話だったよね。ね。人の生死を扱っていたよ」

「それでも現実は違う。もう危ない真似はよそう」

「うん。そうだね。ラルポアが本当に好きな人と結婚できるように……」

「何でそうなる」

「ラルポアは、私に万が一の事があったら責任取って結婚すると言ったけど、私は万が一の責任で縛るつもりはないもの」


違う、ラルポア違うの
違ってないけど違う
言いたい事が
うまく言えない


ラナンタータはもやもやして身体の向きを変えしな、ラルポアにくるりと身体を持って行かれて反対側に寝かされた。
やはり背中からラルポアが抱き締める形になった。


「万が一なんて無いようにするさ」


ラルポアは切なくなってラナンタータの髪に顔を埋めた。ラナンタータの髪の香りが鼻腔をくすぐる。

ラナンタータとしては、ラルポアと向き合おうとした身体をうまく寝返りの形に持っていかれて、背後からブロックされた感じが否めない。


「ね……万が一はないよね」


万が一の責任で
望んでもいない結婚なんて
しないようにするんだよね
女殺し殿下は


「ない」


ラルポアはきっぱり拒否した。


ラナンタータ……
万が一のことも
拒否したいのだろう
ラナンタータが
何を言わんとしているのか
僕にはだいたい見当がつく

『お兄ちゃんではなかったんだ』
『愛していたのに失った』
『足元が崩れる』
『大きなものを失った気がする』
『何で本当のお兄ちゃんではないの』

ラナンタータ、僕もだ
愛していたのに失った
君は兄を失い
僕も妹を失った

僕は知っていたよ
本当の兄妹ではないことは
騙すつもりもなく
ずっと兄妹のように
暮らせると思っていたんだ
君が真実を知るまでは……


『自慢のお兄ちゃんだったのに……何で本当のお兄ちゃんではないの……』


十歳だったラナンタータは号泣した。

その姿はラルポアの尤も痛い記憶となっている。


あの日から僕たちは
兄妹ではなくなったが
君は今でも僕に
兄であるようにと求めている
現実は警視総監のお嬢様と
アントローサ元大公家に仕える
使用人の息子だ

もう、戻れないのか
幼い日々には……


「ラルポア……」


ラナンタータは再びラルポアに向き直った。


「ん……もう一度、向こうに行きたいのか」
とラルポアは聞く。


「ラルポアの顔を見たいの。私を見て。ラルポアの顔を見せて」


それは女の子が
よく言うセリフだ
妙なラナンタータ


ラルポアはラナンタータの額にキスした。ラナンタータは一瞬驚いたが、片方の頬を痙攣させながら首を伸ばしてラルポアの頬にキスした。


「ふふ、やっぱり本当は子供の頃と変わらないんだね、ラルポア。でももう私はちっちゃな子じゃないよ。振り回さないで」

「振り回すって……」

「あっちこっち勝手に身体の向きを替えたりするじゃない」

「ああ、そのことか……」

「ん、何のことって思ったの」


返答に困る
普段、振り回されているのは……



部屋中にガガッと軽い衝撃が起きてベッドが少し揺れた。


「到着したようだ」

「もう着いたの。案外ドイツは近かったね」


ラナンタータは飛び起きた。ベッドから降りて黒いマントに腕を通す。


「ラルポア、ドイツだ。わあい。ソーセージと馬鈴薯と麦の酒の国だっ。麦の酒で朝御飯にしようよ」

「朝から麦酒ビールを飲むつもりなの、ラナンタータ」

「ドイツ人は水の代わりに飲むって聞いたけど、単なる噂かな。これは是非とも見聞を広げたいね、ね」


ラナンタータは片頬を期待にひくひくさせた。






外はまだ暗い。
その暗い中を、白衣の一団が乗ったトラックが飛行船に近づく。



カナンデラが振り向いた。


「おう、お前らも起きていたのか。医療班の到着だ。これからサニーを搬送するらしい」



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