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第6章 殺人鬼と逃避行
(21)身の程知らず
しおりを挟む「イサドラは」
「出迎えに出ている。タラップの処だ」
カナンデラはソファーに深々と座って、長い足を組む。
「カナンデラ。私達、ドイツ観光できるかな。こっそり抜け出そうよぉ。イサドラがドイツにいるって誰も知らないんだからさ、サニーもちゃんと診てもらえるならさ、私達、堅苦しくヒトヂチしてなくてもいいんじゃない」
「おお、悪魔ちゃんらしい名案だ。ラルポア、どうする」
「危険がなければ観光しよう。イサドラにもちゃんと話し」
「聞いたわ」
イサドラが呆れ顔で立っている。
「あなた達って揃って身の程知らずね。人質のくせにドイツ観光なんて能天気なことを。ほほほ……もう笑うしかない面白すぎる人達。朝になればターミナルが開くわ。サニーを入院させて、それから、あなた方がドイツ観光したければ三日間だけ解放するわ。私は、暫くドイツに残るけど、あなた方のことはちゃんと探偵事務所まで帰してあげるつもりなのよ。だから、裏切らないでね。どこに行っても、私の目が光ってると思ってて」
明け方、ブルンチャスの細い目が薄く開いた。チャビーランのアパルトマンは底冷えがする。
「お早う」
顔の近いところにチャビーランの笑顔があった。
「お早う。起きてたのか」
「ええ。一寸前にね。本当はね、気になっていることがあるの。事件に関係あるかもしれない」
「何だ」
「あのね、ザッキアとアデリア姉弟は二人揃って喘息持ちだったの。あんまり咳き込むものだから心配してたら、アデリアが言うには、ドリエンヌが嫁に来てから始まったことだって」
「嫁に来てからとは」
「ザッキアは喘息持ちなのに、定期的に暖炉の掃除をやらされていたのよ。それで体調を崩して。アデリアも続け様に亡くなって……その喘息って、ドリエンヌがわざと仕込んだのかもしれない」
「成る程。ある種の食べ物は、喘息の人には悪いと聞く」
「そうなのよ。ドリエンヌが作ったスープで喘息が始まることがあるって……ふたりの食べ物にこっそり喘息の始まる何かを混ぜたのではと思ったの」
「証拠があるなら」
「それがね、ドリエンヌに言ったら物凄い形相で、おかしなことを言って家賃を上げられたいのか、って」
「重度の呼吸困難は死因になり得る」
「苦しかったと思うわよ。ドリエンヌの料理が原因なんじゃないかしら」
「そうだとして、ドリエンヌは死んだ。ザッキアとアデリアの復讐なら……ザッキアとアデリアには恋人とか婚約者はいなかったと思うが」
「そうね。ザッキアはドリエンヌと同い年でアデリアは少し上よ。いてもおかしくない年だけれど、知らないわ。多分、誰とも付き合えなかったんじゃないかしら。だって、私が二年前に越して来た時はふたりとも既に喘息の症状がはっきりしていたもの」
「ドリエンヌは八年前に嫁に来たんだったな。ザッキアは十六才だった……アデリアが十八才前後。だとすると、七年かけて殺したと」
「朝っぱらからつまらない話をしてごめんなさい。とても気になっていたの」
「つまらなくはないさ。ただ、あまり他人ごとに首を突っ込まないでくれ。君は知らないだろうけど、世の中には恐ろしい闇が潜んでいる。君を情報屋にするつもりはないんだ」
ブルンチャスはチャビーランを抱き締めた。
「じゃあ何か他に役に立てる」
「こうしているだけでいい……」
ブルンチャスは暫くじっと目を閉じていたが、ふと開けた目の端に若草色が目に入った。夕べは暗がりにあって気づかなかったストールが、低く差し込む陽に浮かぶ。
「チャビーラン。あれはストールか」
「ええ。お隣さんから頂いたの。サリョーカから。いつも有り難うって。私は辞退したけれど……」
「チャビーラン……ドリエンヌが死んだ時間、何処にいた」
「嫌だ、どうしたの。怖い顔……話したじゃない。ガラシュリッヒ・シュロスからロイヤルホテルに行ったって……」
「警察に通報があったのはロイヤルホテルからだ。誰か知り合いに会わなかったか」
「あ、メラリーが客室に届け物を……あの子は見かけが良いから外商に出されるのよ。でも、売春婦と間違われるって。笑い話しにこと欠かないわ」
「メラリーがその時間にロイヤルホテルに居たんだな。メラリーには犯行は無理ということか。それとも犯行を終えてからロイヤルホテルで目撃者を装って電話したのか」
「待って。メラリーを疑っているの。無理よ。ロイヤルホテルまではここから歩いて三十分かかるわ。お店は丁度中間にあるのよ。お店からロイヤルホテルとは逆方向のここに来て、どうやったのかドリエンヌをさっさと殺したにしても、ロイヤルホテルに行ってお客に届け物で小1時間……そんなに待たせたら客も店主も怒るわ。だって、お店から直行すれば十五分で届けることができるのよ」
「馬車を使ったとしたら」
「それも不思議よ。まだ養女になってない立場で、どうしてわざわざ電話しなきゃあならないの」
「成る程、それもそうだ。メラリーとは仲が良かったな……」
「ええ。姉妹みたいにね。……まあ、嫌だ。疑っているの。口裏なんて合わせていないから。嘘だと思うなら、ガラシュリッヒ・シュロスのツェルシュに聞いてよ。凄い美人を連れていたわ。彼なら正確な時間も覚えているかもしれない」
「ツェルシュと言うのはシャンタン・ガラシュリッヒの側近か。あいつがいたのか。疑って悪かった……つい職業柄で」
オゥランドゥーラ橋の銃撃戦を思い出す。あのマフィアの若造には借りがある。
「そうよね。私って身の程知らずなのね」
ブルンチャスは再びチャビーランを抱き締めた。
「そんなこと。ただな、若草色のストールの女が目撃されている。何処かに同じようなストールの女がいるはずだ」
「え……どうしよう。心当たりないわ……」
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