121 / 165
第6章 殺人鬼と逃避行
(22)矢のつがえ方
しおりを挟むサニーの移動が始まった。
大勢の白衣を着た医療従事者がサニーのベッドを囲み、数人でベッドから車輪の付いた医療用移動式ベッドに移しかえて輸液のイルリガートルを大切そうに持ち、飛行船から出ていく。
1927年の点滴システムは、生理食塩水やリンゲル液は既に開発されていたとはいえ、今のようなポリエチレンのソフトバッグやガスバリアのフィルムバッグといった扱いやすい物ではなかった。
ガラス瓶のアンプルとそれに繋げるゴム菅とでできたイルリガートルセットは割れやすく、大切に持ち運びしなければならない。
イサドラは目深に被った帽子の奥から視線を寄越して、ラナンタータに微笑みかける。
「三日間は何処へでも自由に行って遊んでいらっしゃい。はぐれないでね、ラナンタータ。多分、皆さんドイツには土地勘がないでしょうから。それと、三日後のお昼までには戻ること。飛行船で帰れるように手配してあるわ。じゃあね、オールボワール」
「オールボワール。サニーのことは私も祈ってる」
「おいらも、速やかな回復を願うぜ」
「サニーに神のアガペーを祈るよ」
「有り難う、皆さん。楽しかったわ」
イサドラは微笑んで別れた。
「カッコいいよね、イサドラって。美人だし。ヤバいことに、殺人鬼には思えなくなってきた」
仁王立ちで呟くラナンタータに、カナンデラが鼻息を荒くした。
「サニーに関してはイサドラを応援するが、おいら、国に帰ったらイサドラ逮捕に全力を尽くすね」
「なに、殺人鬼にまでフラれたの。オカマのふりするからでしょ」
「お前ぇぇ、探偵には使命があるのだっ」
デルタン通りの
アパルトマンの殺人事件
二件のうち一件は
イサドラ犯行の可能性が高い
この国に
あんな真似の出来る殺人鬼が
他にいるとなれば
恐ろしいことだ
カナンデラは残忍な犯行現場を思い出してムカつく。
「ラナンタータ、カナンデラ所長の言う通りだよ。イサドラは殺人鬼だ。カッコいいなんて……」
ラルポアが諌める。
「ラルポア、お母さんにならないで。カナンはシャンタンだけだよ。イサドラでさえサニーに尽くしてるのにカナンはシャンタン置いてきぼりにしてドイツ観光だもんね。ねーっ」
「全く、その通りさ。シャンタンのいない夜は……おっと……ははは……お前ら、元気か」
「うん、元気っ。これ以上ないくらいに元気だよ。ね、ラルポア」
「まあ、元気だけど、でも、イサドラ逮捕に関して不純な動機を感じるんだけど」
「ははは。ラナンタータの言う通りさ。ま、シャンタンも連れてくるべきだったよ。ドイツだぜ、ドイツ。シャンタンのお爺様の生まれ故郷だ」
ゴヅィーレ警部は、若草色のストールの女について周辺に聞き込みを広げた。
ブルンチャスが出て行ってから、チャビーランはあれこれと考え込んで気がつくと昼前になっている。
普段なら夜遅くに戻って震えているか、朝帰りして夕方近くまでベッドの陽の当たる場所で丸まって寝ている。
サリョーカのストールが
問題のストールだったら
サリョーカのクロスボウが
もしもなら……
試してみよるべきよね
サリョーカは実は少し歩けるもの
トイレに行けるくらいは……
多分犯人は
あの窓ガラスの割れた穴から
クロスボウを使って
ドリエンヌの額を狙ったのよ
ドリエンヌが
ドアに向かって倒れたのは
廊下に逃れようとしての
ことかもしれない
サリョーカなら……
だって
クロスボウって
使ったことないから
わからないんだけど
ベッドから飛び起きて部屋着の上に草臥れたコートを引っ掛けた。その姿で部屋を出る。
「サリョーカ。ティラナだけど、良いかしら……」
内側からドアが開く。
「ティラナさん、どうぞ」
カイラー・ショーンの彼女がドアを開けた。若くてみずみずしい肌に、きらきら光る瞳。三編みにした金髪が両肩に垂れる。
「あの、サリョーカ。具合はどう」
サリョーカは瞼を閉じて返事はない。
「さっき寝たばかりなのよ。ご用は私で良ければ」
「そうね。サリョーカのクロスボウを貸してほしいの」
「クロスボウ……それは勝手に貸すことはできないわ。何をするの」
「練習したいの。私の仕事はわかるでしょ。デルタン川で大勢が死んだわ。私はむざむざ殺されたくはないから、変態を撃退するために、クロスボウは使えるかなと思っただけなの」
「わかったわ。あなたならサリョーカも貸すと思う。でも、直ぐに返してね。私の勝手な一存なのだから」
「ええ。有り難う」
チョコレート色の十字架に似たクロスボウを抱えて「大事に使って」と渡される。
「直ぐに返すから大丈夫よ。矢のつがえかたを教えてくれるかしら」
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
屈辱と愛情
守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。
敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される
clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。
状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。
旧校舎の地下室
守 秀斗
恋愛
高校のクラスでハブられている俺。この高校に友人はいない。そして、俺はクラスの美人女子高生の京野弘美に興味を持っていた。と言うか好きなんだけどな。でも、京野は美人なのに人気が無く、俺と同様ハブられていた。そして、ある日の放課後、京野に俺の恥ずかしい行為を見られてしまった。すると、京野はその事をバラさないかわりに、俺を旧校舎の地下室へ連れて行く。そこで、おかしなことを始めるのだったのだが……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる