毒舌アルビノ・ラナンタータの事件簿

藤森馨髏 (ふじもりけいろ)

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第6章 殺人鬼と逃避行

(23)解放されて

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「いきなり解放されても言葉すら通じない異世界ときたんじゃお手上げだ。皆さん、どちらが右手でどちらが左手でしたかね。あの殺人鬼のせいで、おいら迷子になっちゃう。シャンタンに合いたいなぁ。元の世界に戻れるかなぁ。ラルポアは良いね。お嬢様にお仕えして何処に行くにも黙ってたぁーだ付いて行けば良いんだからさ」


意外と巻き舌のドイツ語は、フランス語の鼻音と違って発音そのものが違う。レストランで注文するのに疲れたカナンデラは、隣のテーブルと同じものを注文するしかなかった。


「ああ、おいら前向きな性格のつもりだったけど、へこたれそう。前後左右言葉の通じないゲルマン人ばかりだ」


道を行き交うドイツ人を眺めてため息を吐く。


「カナンデラ。あんたの顔もゲルマン人っぽいよ。しかも、ドイツにもゲイはいる。何を隠そうドイツこそソドミーの国だ。カナンデラは知らないだろうけど、ドイツにはソドミー文学が山ほど埋もれている。我が国と違ってソドミーを罰する法律もないから、ソドミーはそこら辺を闊歩している」


昭和の名画『ベニスに死す』の原作者は、ドイツ人の作家トーマス・マン。美少年に恋い焦がれる中年男性を描き、監督ヴィスコンティの映像美と美少年ビョルン・アンドレッセンが観客を悩殺した。

因みに、トーマス・マンの息子のクラウス・マンはホモセクシュアルの小説家だった。

親子二代に渡り、マイノリティに深い理解を持って作家活動に勤しみ、社会の目を開いたドイツの宝だ。

ナチスによってソドミー法が制定されるまで、ドイツでは男色が裁かれることはなかったという。

衆道国家日本の二番手を行くBL文化の開かれていたドイツ。


「おいら心配だ。ラルポアがカマを掘られたらどうしよう。万がいちそんなことになったら責任取ってって結婚迫るわ」

「万がいちにもないっ」 


ラルポアは憮然と答えた。


「ラルポアは女好きだからな」

「何でそうなる。僕のことで遊ばないでくれ」


ラナンタータはラルポアの小指を掴む。


「ラナンタータ。あり得ないことは聞かなかったことにしよう」


掴まれた小指で引き寄せてラナンタータの手を握った。


「お前ら、いちゃつけて良いな」

「カナンデラもドイツイケメンとチューすれば」

「おいらはシャンタンに貞操を尽くすの。誘惑しないでくれ、白いメフィストフェレスよ」

「あれ、責任とってって結婚じゃなったっけ」

「あれはラルポアを代弁したんだよ」

「 だからっ」






「きゃあああ、誰かああ」


階段の途中でチャビーランの悲鳴を聞いた。ブルンチャスはバネのように反射的に駆け上がる。キーツと他の捜査員も反応した。


「どうした」


ブルンチャスの目に映るふたりの女。草臥れたコートのままベッドに押し倒されたチャビーランと、チャビーランの身体に馬乗りになって手を掴みあっている金髪の三編み女。手には凶器らしき鋭いものが光る。


「た、助けて」


ブルンチャスは手にした紙袋を投げ捨てて駆け込み、金髪三編みの両手を掴んだ。手に握っているのはクロスボウのガンだ。


「放せ。離して。この女がドリエンヌを殺したのよ。ストールを持っているのが証拠よ」

「何故、ストールのことを知っている」

「み、見たのよ。あの日、この売春婦が窓を割るのを」


ブルンチャスの細い目がチャビーランを捉える。チャビーランは強く頭を振った。



「違う。私はロイヤルホテルに居たもの。窓ガラスなんて割ってないわ」


解放されたチャビーランは女の手からクロスボウのガンを奪い取ろうと指を開きにかかる。

チャビーランのアリバイの裏は既に取れている。ガラシュリッヒのツェルシュに直に聞いた。

ツェルシュ証言の信憑性は、ホテル従業員数人とその日の宿泊客から立証された。

チャビーランの目撃者も幾人か現れて、誰にもひっくり返せない強力なアリバイになった。

キーツは、ブルンチャスが投げ捨てた紙袋を手に現れた。


「嘘つき。このクロスボウでドリエンヌを狙い撃ちしたのあなたよね、チャビーラン。それで窓ガラスが割れて、あんたはガンを回収する為に庭に出たのよ」

「そこを目撃したと言うのだな」

「そうよ。この女、ティラナって言ってるけど、実はチャビーランっていう売春婦よ。毎日のようにドリエンヌと反目し合って毒づいていたことも知ってる。殺してやりたかったんでしょう。アパルトマンの男達全員がドリエンヌと関係しているものね。犯人はチャビーラン、あなたよ」

「悪いが、この女は白だ。お前さんは何物だ」


女は身体を振ってブルンチャスから逃れようと暴れた。


「親父っさん、この女はカイラー・ショーンの彼女で、ミリエラ・ジェイヒン。酒屋の若旦那ジョバンニの従妹です」


キーツが紙袋をサイドテーブルに置く。


「離してっ」


キーツにクロスボウガンを奪い取られると、ミリエラは大人しくなり、怒りを表した顔でチャビーランを睨む。


「こ、殺しなんて売春婦の世界じゃざらにあるんじゃないの。自分は関係ないって顔で澄ましこんでも、チャビーランなんてお里は知れてるわよっ」


チャビーランがミリエラの頬を打った。ピシャリと部屋に音が響く。


「バカにするんじゃないよっ。こっちは身体を張って生きているんだ。生きるか死ぬかのデルタン川通りで寒さに震えながら天使のごとくに微笑んで立ってきたんだ。こんなボロいアパルトマンでちっぽけな理由で殺しなんかした日にゃあ子供と共倒れじゃないかっ」

「ふん、開き直らないでよ。あんたの事情なんて関係ないのよ。ここの住人であんたが一番犯人に相応しいのっ。毒だって客から手に入るでしょ」

「話は署で聞こうか、ミリエラ・ジェイヒン」




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