毒舌アルビノ・ラナンタータの事件簿

藤森馨髏 (ふじもりけいろ)

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第6章 殺人鬼と逃避行

(24)そんな理由で

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ブルンチャスはキーツにミリエラを押し付けて、チャビーランをベッドに座らせた。キーツはミリエラと部屋を出しなに、ブルンチャスの声を聞いた。


「悪いが、昼飯はひとりで食ってくれるか」


目の端に、娼婦のベッドに座るブルンチャスの姿が映る。


「あら、待っているわよ」


捜査員が外に出てからチャビーランはブルンチャスにキスした。


「凄い奇跡よ。危ない処にヒーローが現れるなんて、人生捨てたもんじゃないわね」

「チャビーラン、今回だけだ。今日はたまたま階段にいたんだ。この建物が事件現場だからだ。現場が変われば滅多に来れない」

「良いのよ、滅多にない事件だもの。二度となくても。ランチは待っているからお仕事優先して」


ブルンチャスは、自分がこれ程女に弱いとは思っていなかったのだが、と苦笑いした。


「わかった。しかし、待ってたらいつになるかわからないぞ」

「大丈夫よ。餌は死守するから必ず戻って来てね」


チャビーランの指が、紙袋とチャビーランの唇の間を行き来する。ブルンチャスは笑って立ち上がった。


「よし、行ってくる。飢え死にはさせないさ」





シャンタンは青ざめていた。

ザカリー探偵事務所には明かりが点きっぱなしで人のいる気配がない。 


「事務所に見張りを付けましたが、変化無しです。向こう見ずな探偵ですから、危険に巻き込まれていなければ良いのですが」

「うちの傘下とは関係無いのか」

「それが、妙な噂が」

「どんな噂だ」

「それがその……会長があの美形男子のラルポアさんとその……怪しいので……ザカリー探偵は決闘したのではないかと……いえ、噂とは無責任なものです。しかし、このガラシュリッヒの情報網から逃れ出ることはできないはずなんですがね。空中に消えたとしか……」

「バカっ。カナンデラが連絡しないのは訳があるに違いないのっ。兎に角、警察に連絡して。一刻も早く見つけ出してっ」

「警察ですか。我々はマフィアですよ」

「ごちゃごちゃ言わないで。カナンデラがいなければ警備員養成学校もSP会社もパァになっちゃう」

「か、畏まりました」


会長、女の子になってますよ
気を付けてください
そういえば
キーツに貸しがあったな
この前の銃撃戦の貸しが
しかし……マフィアが
警察に捜索願いを出すのかよ
しかも、相手は探偵だぜ


取調室に入ったミリエラは素直に話し始めた。


「チャビーランも気に食わなかったけど、ドリエンヌはカイラーに色目を使って、カイラーは饒舌で話題が豊富で、場を盛り上げるのが上手くて女を退屈させない人だから……仕事から帰る時間になるとカイラーを部屋に引き込もうとしてドリエンヌが待ち構えていたの。いつもよ。その前はジルベアルでその前はザッキアだったらしいわ」

「ザッキアは息子じゃないか」

「同い年の義理の息子に色目を使っていたのよ。あの大人しいジャネットはザッキアと仲良しだったから、ドリエンヌに意地悪されていたの。ジャネットがドリエンヌと一緒に刺繍サークルから帰って来たら、ザッキアは死んでいたんですって。可哀想なジャネット」

「ブリンクスを殺したのは誰だ」

「ドリエンヌしかいないわよ。皆、ブリンクスさんとは何の問題もなかったもの。メラリーが妾として棲むようになってから、何かがキレたのかしら」

「何が切れたと言うのだ」

「忍耐とか、堪忍袋の緒が切れたとか。私がそうだから。ドリエンヌが余りにも孤独な人妻で、取っ替え引っ替え恋愛ごっこを楽しもうとするからよ。親子ほど年の離れた旦那とは感情抜きの計算ずくで結婚した悪女のくせに。だから取っ替え引っ替えなのかしら。けれど、いい加減、私もキレたわ」

「そこまで他人の孤独を理解していながら、どうして慰め合う友人になれなかったのだ」

「お目出度い刑事さんね。あんたは自分の女に涎を垂らかす男と仲良くしてれば。私はドリエンヌを殺して孤独じゃなくなったわ。ロイヤルホテルから警察に電話したとき、優越感に浸れたもの。みんなに聞こえるような大きな声で喋りたかったわ。ドリエンヌを殺してやったって。毒を塗ったクロスボウのガンで殺したって。売女の癖にあの高慢チキな許せないドリエンヌの顔に傷をつけてやったって。ドリエンヌは苦しんで死んだわ。いい気味。あはっ、あはははは」


ドリエンヌ・メルローは十六才で親子ほど年上のブリンクスと親の借金の肩代わりに結婚した。勿論、ブリンクスに対する恋愛感情はなかった。としても、最初から悪女のわけはない。

結婚生活は初めから破綻していた。ブリンクスには浮気癖があり、四年も経つと十四才のメラリーを妾にして毎晩メラリーと過ごした。

メラリーと大して年の違わないドリエンヌは、女として全否定された気がしただろう。メルローの猫を虐め、義理の子供たちを殺し、夫のブリンクスまで消した。

ドリエンヌを愛した男はいなかったのか。心を語れる女友達も作れなかったのか。
まだ二十四才だった。


「何故、クロスボウだったんだ」

「自分のものじゃないからよ。チャビーランに濡れ衣を着せるのにうってつけでしょ。ストールもね。あの女の部屋は鍵が壊れてるから」


ブリンクスは取調室から出て、外の空気を吸い込んだ。


「キーツ、ちょっと昼飯食ってくる」

「ごゆっくり」


死因はほんの少量の毒だ。カイラー・ショーンの印刷工場から盗んだという。

額の傷から猛毒が検出された。


『金貸し未亡人殺人事件』は解決したが、他者に対する憐れみを知らないドリエンヌ自身が、実は不憫な存在だった。


ブルンチャスは頭を振った。


そしてまた犯人も
哀れな女には違いないはずだが……


黒々と流れるデルタン川に浮かんでいた痩せた娼婦の死体を思い浮かべる。


みんなが幸せを求めて
罪をおかしてしまうのなら
人間は狂っているのか
いいや
そうなってしまう世の中の方が
狂っている


しかし、危うくトンネル・ビジョンの罠に掛かってメラリーに自白を強制するところだった。


チャビーランの活躍で
警察も救われたな
しかし……


ブルンチャスは定年間近の我が身を振り返って、チャビーランに仕事を止めさせるにはどうしたら良いのかと溜め息をつく。





ラルポアの希望はシュテーデル美術館だ。歴史のある美術館の古い名作に期待できる。


「ラナンタータは美術館で良いの」


ラナンタータの片方の頬がひくひく痙攣る。


「本当はラブラブホテルが良いの、ラルポア。私はおっぱいは小さくてもどこかは海のように大きい。大人になる準備は十分できているつもりだけど」

「ぶわははは、ラルポア。白い悪魔ちゃん婚前交渉のおねだりだ」

「僕のことで遊ばないでくれ、ふたりとも」

「しかし、どこが海のように大きいと言うのだ、ラナンタータ。わははは」

「心だよ。ね、ラルポア。私は寛大だよね」


ラルポアの視線が宙に泳ぐ。



龍花が窓越しに三人を見つけた。


「元気そうだね、アルビノ」






ラナンタータは十九才だ

アルビノに生まれて
幼い時から命を狙われ
十四歳まで隠れて育った

常識が無いのは仕方ない

我が儘で危なっかしい
お姫様なんだ

僕が守る

その為に大学を諦め
画家になることも諦めた

しかし
海のように大きな心
と言われても

四年間通ったお嬢様学園で
一体何を習ったのだ

うーん……

おふざけが過ぎる




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