毒舌アルビノ・ラナンタータの事件簿

藤森馨髏 (ふじもりけいろ)

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第7章 投獄されたお姫様 

(24)もう少しで

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  リヒターは目を瞑った。


「誤解だ。私は本当に守りたかったんだ。そうだ、私は確かにヴァルラケラピスの誘惑に乗った。乗らなければお前を、ゲルトルデ少佐を標的にすると脅されたからだ。だからラナンタータ嬢を君の身代わりにするしかなかったんだ」


  リヒターの目からつうっと細い涙が流れた。


「悔しいよ。何もできない立場が。ヴァルラケラピスには手が出せない。君の身代わりが必要なんだ」

「私の身代わりだと。何故それを私に伝えてくれなかった。リヒター、従兄だからといって容赦はしない。しかし今ならまだ無罪放免にできる。ラナンタータの居場所を言え」

「地下牢だ。でも、もうラルポア・ミジェールが探し出しただろう。それより、お前の両親が宇宙船にいる。ラナンタータを身代わりにすると話した。そして、ナチスの後ろ楯になってくれると約束してもらったんだ」

「なんだとっ、身代わりを受け入れたのか。クソっ。周りで勝手に罪深い事件を起こされる身にもなってみろ。リヒター、お前は両親に伝える前に私に話すべきだった。他に隠していることがあるな。姉と妹のことだ」

「それは……」

「後で拷問してやる。今はラナンタータ救出が先だ」

「拷問……ああ、ゲルトルデ……拷問……」


  リヒターが涙を流してマゾヒズムの期待にうち震えたことを、ローランは誤解した。 


拷問……聞いただけで泣くなんて
凄く恐ろしい拷問なんだ
従妹なのにそこまで……


  ローランは様々なことを誤解して生きている。



  ルパンの研究室に戻ったラルポアは衣服を脱いだところで、カナンデラに「ケルンの水4711」を身体中にぶっかけられた。三日間も風呂に入っていないラルポアの体臭と混ざる4711。オレンジのフルーツノートで癒され、フローラルノートの薔薇とグリーンノートでリフレッシュして、ラルポアはフレグランスぷんぷんさせながら復活した。ラルポアの周りは爽快な殿下オーラが匂う。

  ゲルトルデから室内電話があった。


「真下だ」


  ラルポアは再び通風口に入った。




  ラナンタータは牢屋の鉄格子から、幅広の通路の左右を交互に見る。


ラルポア、早く来て
カナンデラ、早く


  ラナンタータは鉄格子をガチャガチャ揺すった。その音が煩く響き、ラルポアに届くのではないかと期待する。古い鉄格子の一部が折れた。途端に後ろからオーデコロンの香りがラナンタータを抱き竦める。


「ラナンタータ」

「ラルポア……」


ああ、何て感動的な場面
やっぱり私のヒーローはラルポアだ
でも私は実は助けられてやったのだ
ふふん、本当は
リヒター所長の部屋から出られたのだ
ゲルトルデに「おーい」と呼びかければ
あの通風口から
出してもらえたはずだもんね
でも、折角ラルポアが
探してくれているのだから
花を持たせてやりたいじゃない
ふふうん、私って立派
やっと大人のキスに相応しい
ヒロインになれたかも
もともと相応しいんだけどね
じゃない
やっぱり助けて、ラルポア
お願い


「ラルポア……」

「ラナンタータ」


ラナンタータ
すがり付くような目だ
心細かったんだね、ラナンタータ
どうしてこんなに可愛いと
思ってしまうのだろう
今、ラナンタータに
愛していると言うべきか
僕には付き合っているはずの
もう長いこと会ったこともない
彼女がいるのに
ラナンタータ……


「ラルポア……オシッコしたい」


はぁあ……ラナンタータ……
君にとって僕は
やっぱりしがないショーファーだ


「はいはい、お姫様。今すぐにトイレへお連れしますよ」


  ラナンタータを担ぎ上げた途端に、まるで作者のご都合主義に敵対するかのように鉄格子がガタンと音を立てて倒れた。


「何をした、ラナンタータ」

「何もぉ。漏れそうだから早くう。ラルポアが遅いからオシッコ漏れるぅ」




  ルパンは宇宙船の電子頭脳の製図と計算式を撮影して爆破物を仕掛けた。

  カナンデラは門衛と悶着を起こしていた。


「リヒター所長の具合が悪くなった。客人が大勢来る予定らしいが」

「もう既に宇宙船に案内しているはずです。リムジンバスなら何台も入りましたよ」

「何てこった。爆発物を仕掛けられたらしい。怪盗Xから電話があったのだ。研究室を爆破すると」


言いおわらないうちにカナンデラの背後から爆発音が轟く。ドオォン、ドオォンと二度炸裂して窓の硝子が飛び散った。爆破箇所から遠く離れた処にいるカナンデラの頬が爆風の鎌鼬にやられて切れた。


「ラナンタータっ」


カナンテラ、怪盗Xとは何者ヨ
私そんなこと聞いてないネ、
ウマシカたち面白すきるヨ、フフフ


「ルパン、あんたは私のおかけてこの研究所に入れたのたから、いつか私の為に命をかけて働くネ。約束したヨ」


  艶やかな笑顔の龍花と共に、黒ずくめのルパンがメルセデス・ベンツの1927年型に、電子頭脳の最重要な部分と半導体の資料を詰め込む。ボートに車輪をつけたような個性的なフォルムは、かなりスピードが出そうに見える。

  実際、ヒトラーは世界最速の車の制作を指示して、一説には時速600キロとか700キロとか出せる車を開発していたという。完成した車を走らせる国道がなかったことが、ヒトラーにとって残念な点だ。


「龍花、有り難う。しかし、君のような美女にフラれて残念だ。一体どんな男が好みなんだ」

「ふふ、ただの若いお巡りさんネ。必死なワンコみたいで可愛いヨ」


  リヒターは宇宙船の内部で爆発音を聞いた。大勢の客人が驚く。


「皆さん、あれは花火です。今夜を記念して」


  ローランが心の中で「嘘つき」と呟き、ゲルトルデは両親にラナンタータ救出を告げた。


「そうなの。ごめんなさい、ゲルトルデ。全てあなたを失いたくないが為に」

「ヴァルラケラピスは誰なんです」

「いつも手紙だけなの。でも、恐ろしい連中よ。必ず成し遂げるのよ」

「今頃、ラナンタータは恋人と遠くまで逃げたはずですが、今後このようなことは」



  そのラナンタータはトイレに籠っていた。ラルポアが買ってくれた赤い口紅で鏡に「ラナンタータ見参」と書きなぐった。何処かの国の中学生と同じだ。

  少し違うのは「愛しているラルポア」と大きく書こうとしたらしい形跡がみられることだ。口紅が切れたのか、ラルポになった。


うちの綺麗な鏡なら
キスマーク付けるんだけどな
汚いからやめておく


  などと思ったかどうか、ラナンタータはトイレ前で警護するラルポアの元に戻った。


「ああ、すっきりした。ラルポアのせいでもう少しでチビる処だった」


  はぁあ……と目玉をひん剥いて見下ろすラルポアは、その場でもう何度目かのラナンタータへの失恋を経験した。




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