エレメント ウィザード

あさぎ

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第2章3部

魔術師の始まり

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 夕食はシチューとパンだった。キノコと野菜で作られたシチューはトロリとコク深く優しい味がする。
 パンは今朝マーケットから購入したもので、時間が経ち少し固くなっていた。
 そんな夕食に食欲旺盛な姿を見せたのはクーランだった。セリカにピタリとくっつき、不器用に握ったスプーンを忙しく動かしている。

 「ふぉっふぉっふぉ。外の食べ物は久しぶりじゃのう。」

 そんなクーランの姿にソフィアがニッコリと笑った。

 「クーランちゃん、美味しいですか?」

 固いパンでも美味しそうに頬張る姿にシリアが笑いかけた。
 一瞬固まったクーランだったが、小さくコクリと頷く。


 初めて2人を見たクーランは、セリカのスカートを力強く握りしめ離れなかった。特に1番身長の高いジェシドを見ると、涙目になり体を硬直させた。
 セリカが事前に事情を話していたので、2人も無理に距離を縮めることはしなかった。
 それでも、2人に対するセリカの態度を見てある程度は安心したのだろう。こうやって一緒に食事を囲い、最低限の会話はできるようになったのだ。
 クーランの隣には白いウサギが鼻をヒクヒクさせている。周りをキョロキョロしながらつぶらな目を輝かせている。
 このウサギはシリアが出した式神である。極度に怯えるクーランを見て、シリアが具現化したものだ。


 夕食前、セリカから事情を聞いたシリアは両手を地面にかざし言霊を口にした。
 「ALL Element 土精霊ノーム!」

 土精霊ノームを呼ぶ紋章がオレンジ色の光に輝き始める。
 クーランはセリカの影からその様子を瞬きせず見つめていた。
 胸元から式神を取り出したシリアは声高らかに魔法を発現させる。

 「兎臆敏レシラパン!」

 すると、紋章の上に光と共に現れたのは小さくて真っ白いウサギだった。

 「おぉ、ウサギだ!見てみな、クーラン。かわいいウサギが現れたぞ!」

 クーランはセリカの背に隠れながらおそるおそるウサギを凝視している。

 「彼女の名前はキヨ美さんですわ。」
 「キヨ美さん!美しい名前だ。な、クーラン。」

 クーランは動かない。

 「キヨ美さんはどんな式神なんだ?」
 「はい。キヨ美さんは戦闘タイプの式神ではなく、感知に特化した式神ですわ。ウサギは元々臆病で狙われやすい特徴から危険な気配をより早く察知するのが得意なんです。だから音や匂いから危険を素早く教えてくれるのです。クーランちゃんのお友達として傍にいてくれると心強いと思いますわ。」
 「頼もしい式神だな!」

 セリカはゆっくりとキヨ美さんに近づいた。そして手をスッと差し出す。

 「キヨ美さん、クーランを守ってくれるとありがたい。よろしく頼むよ。」

 キヨ美さんはスンスンとセリカの手を匂うと、耳をピクピクと動かした。そして後ろにいるクーランに近づく。
 ビクンとしたクーランだったが逃げることはなかった。キヨ美さんの動きを注意深く見つめている。

 「よかったね、クーラン。新しい友達だ。ゆっくりでいい。手を伸ばしてごらん。」

 再びキヨ美さんに手を差し出すセリカを見て、真似をするようにゆっくりと手を伸ばす。
 少しだけ震えている小さな手をキヨ美さんがスンスンと匂っている。そしてピョンとクーランの隣に飛び跳ねた。

 「よろしくだって、クーラン。傍にいてもらっていいか?」

 ニッコリと笑うセリカとキヨ美さんを交互に見たクーランがコクリと小さくうなずいた。そしてコワゴワとキヨ美さんの背を優しく撫でたのだ。
 その様子にセリカとシリアは安堵した。


 口を動かしながら隣にいるキヨ美さんの背を撫でるクーランに怯えの様子はない。
 そこにグラスに注がれた水で喉を潤したジェシドは口を開いた。

 「シリア君、今日は常に魔法を使っているけど大丈夫なのかい?」

 信江さんで劫火渓谷デフェールキャニオンを越え、シャノハから頼まれた資料の5冊のうち3冊を探し出し具現化した上で、さらに式神を具現化し続けているのだ。既に魔法力の器が枯渇している自分では考えられないことだった。

 「えぇ、確かに少し疲れましたがキヨ美さんぐらいなら全然余裕ですわ。」
 「すごいな・・・。シリア君の魔法力の器はどれ程大きいのだろう。」
 「キヨ美さんはありがたいが、無理はするなよシリア。」
 「はい、ありがとうございます。」

 シリアはパンをちぎり口にほうりこんだ。
 シリアとは反対にスプーンを置いたクーランは、キヨ美さんを膝の上に乗せ遊び始める。食事に満足した様子だ。

 「ふぉっふぉっふぉ。よほど美味しかったのじゃのう。普段パンなんぞ食べんからのう。」
 「普段、食事はどうされていらっしゃるのですか?」
 「果実や野菜が多いかのう。あとは沢で魚を食べる分だけ捕るくらいじゃ。」
 「ソフィアはそれでよくても、育ち盛りのクーランには物足りないんじゃないのか?」
 「まあのう。これからどんどん食べる量は増えるじゃろうし。しかし、外に買いに行くことも難しくてのう。」
 「どうしてですの?」

 ソフィアは長い髭をさすっている。

 「この子を置いて外に出れん。かといって、この子を外に連れ出すこともできんからじゃ。」
 「あ・・・。」
 「・・・。」

 気まずい沈黙が流れた。そして3人の視線は自然とクーランに注がれる。

 「気配にとても敏感でのう。ワシの気配を常に意識しておる。少しでも遠くに行くと大粒の涙を流しながら呼吸を乱すのじゃ。そんな姿は見てられんでのう。」

 クーランはキヨ美さんの長い耳を優しく触っている。そのたびに、キヨ美さんの耳はささやかに震えた。

 「この場所から離れることも嫌がってな。まぁ、怖いのは当然じゃろうて。外であのような目にあってはな。」

 ソフィアの手の中には古びた湯呑みがスッポリと収まっている。ほんのりとした湯気が静かに空気に溶けた。

 「かといって、ワシもこのままで良しとも思っておらんよ。」

 そしてゆっくりとした動作で湯呑みを口へ運ぶ。多数の皺が刻まれた喉が上下に動いた。
 その時クーランが身をよじり始めた。

 「クーラン、眠たかったら寝ていいよ。私の膝に頭を乗せな。」

 ほら、と言いながら背中に手を当てるとクーランは素直に身を委ねた。胸にはしっかりとキヨ美さんを抱いている。
 長く細い髪を何度も掬うと、やがて小さな可愛い寝息が聞こえてきた。
 ソフィアは近くにあったブランケットをかけてやった。

 「さて。おぬしらもクーランの話は聞いたんじゃろう?」
 「・・・はい。霊魔に村を襲われたと。なにが狙いなのでしょう?」
 「無差別に村を襲う理由はワシにも分からんのう。」
 「ソフィア様でも分からないことがあるのですね。」
 「ふぉっふぉっふぉっふぉ。叡智の賢者と言われても、咎人や霊魔の考えることは昔から理解しがたい。」
 「昔・・・。なぁ、ソフィア。霊魔ってどうやって生まれるんだ?そもそも咎人はなぜ精霊を霊魔に変えたりするんだ?」

 ソフィアが再び長い髭を撫でた。

 「ふむ。咎人と霊魔の話をする前に、魔術師ウィザードを目指す者たちよ。人間と精霊の在り方は理解しておるかの?」

 ジェシドが答える。

 「はい。精霊の力を使役し術を為す。それが人間、魔術師ウィザードです。」
 「ふむ。太古の昔、魔術師ウィザードというものは存在しなかった。人間だけの世界。それが始まりだと思われていた。しかし実は人間よりも先に存在していたのは精霊だったのじゃ。精霊だけの世界、それを精霊界と言う。」
 「精霊界・・・。」
 「上も下もない、穏やかで真っ直ぐな世界だったと聞く。
 しかし、精霊界に人間が生まれ、本来目には見えない精霊の存在に気付いたのが、この世界の本当の始まりだと言えるのじゃ。」
 「世界の本当の始まり・・・。」
 「精霊界とは、四元素の精霊が創世の礎だったということですか?」
 「厳密に言えば四元素だけではないがのう。」

 ソフィアは再び湯飲みを口へ運びぐいっと飲み干した。

 「しかし、穏やかな精霊界に人間が存在したことで世界のバランスが少しずつ歪みはじめたのじゃ。」
 「歪み始めた?」
 「ふむ。元々人間は精霊の力を借りず生活しておった。しかし、精霊の存在に気付き力を借りることで普段の生活がより便利で豊かになることを知ったのじゃ。」
 「現在の生活のように?」
 「あぁ。世界には『知恵のある人間』、『力をもつ精霊』が混在し真っすぐだった均衡が崩れた。その変化していく精霊界に疑問を持つ精霊と持たない精霊とで分断されたのじゃ。」
 「どういうことだ?」
 「まず疑問を持たなかった精霊、それが四元素の精霊じゃ。この精霊たちの苦悩に気付き信頼を得ることで、人間は確固たる地位を築き上げたのじゃ。」
 「精霊の苦悩?」
 「人間が勝手に『苦悩』に仕立て上げたのじゃ。そっちの方が都合がよかったのじゃろう。人間が現れなければ真っ直ぐな精霊界にそのような疑念は生まれなかったはずじゃ。」
 「悪知恵を与えたってことですか?」
 「悪く言うとそうじゃな。当時の人間に精霊を利用する意図があったのか、精霊にそのような感情の判断があったのかどうか、それはワシにも分からん。
 もしかしたら、本当に四元素の精霊たちは悩んでおったのかもしれんしのう。」
 「苦悩とはどんなことだったんですか?」
 「火精霊サラマンダーは自らの姿を大きくすることができず、水精霊ウンディーネは自分の身体を維持し続けることができなかった。 
 土精霊ノームは自身の身体を自由に変えることを望み、風精霊シルフは自由に飛ぶことを願った。それぞれの願いは『人間の知恵』によってすべて叶えられたのじゃ。」

 ジェシドとシリアは座っている地面を見た。自分たちの魔法も土精霊ノームを使役し様々な形に具現化している成果なのだ。

 「では、変化に疑問を持った精霊とは何なんだ?」
 「・・・ふぅむ。」

 珍しくソフィアが言葉に詰まる素振りを見せた。そしてセリカの顔をじっと見つめる。

 「ソフィア?」

 その視線に疑問を抱いたセリカだったが、ソフィアは近くにあった杖を持つと両手で持ちカツンと鳴らした。

 「――精霊界に疑問を持った精霊――それが、雷精霊トール森精霊ニンフ光精霊アルマラ闇精霊ヤンマじゃ。
 この4つの精霊は人間の知恵を拒んだ。実はこの4つの精霊は四元素の精霊たちよりも大きな力を持っておったのじゃが、上とか下とかの概念がない精霊界に人間が入ったことで精霊たちの勢力図も可視化され、精霊たちの間で争いが生まれたのじゃ。」
 「精霊たちが・・・」
 「争いあった・・・?」
 「ふむ。力を持つ雷、森、光、闇の圧勝かと思われた争いじゃったが、四元素の精霊は人間の知恵を借り協力し合うことで自分たちの力を何倍にも増幅させることができた。
 争いは拮抗し、勝負はなかなかつかなかったという。
 その様子に心痛めた精霊王は世界を分けることにしたのじゃ。」
 「精霊王・・・?」
 「精霊王は精霊を統べし存在。精霊を生み出す存在じゃ。精霊王は元々の精霊界に雷精霊トール森精霊ニンフ光精霊アルマラ闇精霊ヤンマを残し、分けた世界を『人間界』と称し人間に属性エレメントという四元素の精霊を与えることで沈静化を図ったんじゃ。」
 「生まれ備わる属性エレメントが必ず四元素っていうのは、そこが由来とされているのですね。」
 「左様。そうして属性エレメントを使う人間、魔術師ウィザードが生まれたのじゃ。
 魔術師ウィザードが使役できるのは四元素だけの精霊というのもこの理からとされておる。」

 自分たちの始祖の話に誰もが口を噤んだ。あまりにもスケールが大きい話で、ついてくのがやっとだった。
 それでもセリカには聞いておきたいことがあった。

 「でもソフィア。私は最近、雷精霊トールを使役した人たちを見たぞ。技も見た。雷精霊トールは人間に使役されないんじゃないのか?」

 セリカはアイバンとシュリが使役した精霊の姿を思い出した。同時に大きな入道雲も脳裏に浮かぶ。

 「雷精霊トールを使役のう。それは精霊と精霊の力を合わせた多重使役のことじゃろう。」
 「多重使役?」
 「ふむ。雷精霊トールは使役されておるといえばされておるが、されていないといえばされていない。」
 「どういうことだ?」
 「その時『Element of Eternal』という言霊を聞かんかったか?」

 唯一その場に居たのはセリカだけだ。自然と視線はセリカに集まる。
 セリカは顎に手を乗せ、思い出すような仕草をした。
 その時、はケガの状態がひどくあまり覚えていないのだ。

 「その時の記憶が曖昧であまり覚えていない。でも確かに違う言霊を叫んでいたような気がする。」
 「『Element of Eternal』とは多重使役に必要な言霊じゃ。自分のエレメントとは別にもう1つのエレメントを作り出すものじゃな。」
 「使役とは違うのか?」
 「精霊に使役される意思があるか無いかの問題じゃ。四大元素の精霊の力に引っ張られ無理やり使役させられるのと、自分の意志で力を貸すのとでは天地ほどの差がある。」
 「あれほどの威力なのに全力ではないということか・・・。」
 「それに、多重使役を使って精霊界に居る精霊を使役した場合、魔術師ウィザードはそれ相応のリスクを担がなければならない。」
 「リスク・・・ですか?」
 「あぁ。本来ならば使役できない精霊の力を借りるのじゃ。体力、魔法力共々大量に浪費するじゃろう。多用すれば魔法力の器が精霊の力に耐えきれず壊れてしまう可能性だってある。」
 「そ、そんな・・・!」
 「多用することは禁物じゃ。まぁ、そんな簡単にできる代物でもないがのう。」

 ふぉっふぉっふぉっふぉ、と言いながらソフィアはゆっくりと立ち上がった。

 「久しぶりにこんなに話したわい。ワシは少々疲れた。咎人と霊魔の話はまた今度じゃ。お主たちも早く休めよう。」

 ジェシドとシリアも急いで立ち上がる。そして頭を下げた。

 「あ、長い時間ありがとうございました。」
 「大変興味深かったですわ。ありがとうございました。」

 ソフィアはセリカの膝で寝ているクーランを見る。伏せられた長い睫毛が動く様子はない。

 「クーランを頼んだぞい。」
 「あぁ、おやすみソフィア。」

 ソフィアは音もなく闇夜に消えていった。

 「今日は疲れたね。僕たちも休もうか。」
 
 気を遣ったジェシドが少し距離を離して仰向けになった。
 寝ているクーランの隣にセリカも寝転ぶ。フリージアの匂いと夜の濃い匂いが眠気を誘う。
 世界中の知識に見下ろされていることに少しの戸惑いを感じながらも、3人はすぐに眠りについた。
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