エレメント ウィザード

あさぎ

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第4章1部

始まりの場所

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 氷漬けにした魔獣を指先で叩いてみるとコツコツと硬く鈍い音がしたのでセリカは氷剣を解き周囲を見回した。そしてヤマトの気配を探ろうとした時、異常な気配がこちらに突進してくることに気がついた。
 攻撃をする時間はなかった。なぜならその無作為の攻撃はセリカを対象としたものではなくただの暴走だったからだ。木の影に身を潜めたセリカはその理由をすぐに見つけることができた。

 「あの傷のせいか。きっとヤマトを相手にした時にできたものだろう。」

 魔獣の体には切り裂かれた傷がある。その痛みのせいで錯乱状態になっているようだ。
 体が大きい分、周りに与える影響は甚大だ。まるで巨大な竜巻が通過したかのように、魔獣が暴れた先では木々が根こそぎ折られ、葉と枝が無数に散らばり混沌とした光景が広がりつつあった。
 このまま放置すれば被害が拡大するだろう。再び氷剣を手にしたセリカは暴れる魔獣の前に立ちふさがった。

 「お前に恨みはないがここで眠ってもらおう。」

 セリカが氷剣を地面に突き立てれば、魔獣の足元から鋭利な氷柱が無数に突き出る。体勢を崩した魔獣の隙を突き、ヒラリと背後に回ったセリカは両手で持った炎剣を振り下ろした。
 体に燃え移った炎に魔獣は雄叫びを上げる。しかし、凄まじい咆哮で炎をかき消すと猛然とセリカへ向かって駆け出した。
 これだけ大きいと致命的な攻撃を与えることも難しい。大きく鋭い牙を薙ぎ払い、カウンターを狙ったセリカの攻撃は着実にダメージを重ねていった。
 しかし、魔獣の間合いに入り鋭利な刃を突き立てた時だ。かすかな異変にセリカは思わず飛び退いた。

 (?)

 僅かな違和感に眉をひそめる。そして確証を得るためにもう1度魔獣の懐に飛び込もうとしたが、やすやすと躱されてしまった。

 「チッ!そう簡単にはいかないか。」

 興奮状態の魔獣は手が付けられないほど暴れている。先ほど覚えた違和感を確かめるには魔獣を大人しくさせる必要がありそうだ。
 セリカは深く息を吸うと地面に手をついた。そして一気に力を込めるとその中心から瞬く間に氷が広がっていった。

 「まずは自由を奪う。」

 地を這うように広がる氷は魔獣の足元で隆起する。そしてその大きな氷塊で魔獣の足を包みこむと、暴れる魔獣の動きを封じることに成功した。しかしそれも束の間だった。魔獣は長く湾曲した牙を激しく動かし、足元の氷を粉々に粉砕していったのだ。

 「大した力だな。」

 再び暴れる魔獣にもう1度氷を張りめぐらせる。そして同じように足を氷漬けにすると、今度はしなやかな氷の蔦を何本ものばし魔獣の体を締め上げていった。魔獣は頭を左右に激しく振りながら身をよじる。しかし動けば動くほど氷の蔦は体に複雑に絡みついていった。

 「な、なんだよ、これ!!」

 セリカが振り向くと、そこには魔獣を見上げ、目をまん丸にしているヤマトの姿があった。

 「一体、どういう状況だよ・・・。」
 「ヤマト、無事だったか。」
 「あぁ、ギヌの葉のおかげでな。それよりどうして魔獣を生け捕りにしているんだよ?」
 「確かめたいことがあってな。ちょっと大人しくしてもらおうと思ったんだ。」

 (おいおい・・・このクラスの魔獣を捕獲したっていうのかよ・・・。)

 ヤマトは動きが鈍くなった魔獣に近づいて氷を触ってみた。透き通る硬質な氷は触っただけでその質の良さをうかがわせた。この巨大な魔獣の抵抗にビクともしない氷の蔦には、美しく尖ったトゲも確認できた。

 (なんて密度の高い精巧な魔法だ。俺と同じ水精霊ウンディーネなのに、全然違う魔法みたいだ。)

 魔法を維持し続けるのにセリカは平然としている。聞きたいことはたくさんあるが、まずは目の前の魔獣が先だろう。

 「この魔獣をどうする気なんだ?まさか懐柔するつもりか?」
 「できるなら無益な殺しはしたくないと思っている。」
 「それは甘い考えだ。ここの魔獣は凶暴性を抑えることができないんだ。」
 「どういうことだ?」
 「セリカはこの土地の状況をどう思う?」
 「土地・・・?」

 セリカはグルリと周囲を見回した。

 「荒涼とした風景だと思う。かつての建造物は朽ち果てているし、連合ユニオン周辺には人の影もなかった。」
 「だろうな。ここは始まりの場所とされる制限指定区域だ。ここに近付く人なんて滅多にいない。」
 「始まりの場所?」
 「そうだ。まだ魔術師ウィザード魔法域レギオンも存在していなかった大昔、ここは精霊を使役して魔法が使えるようになった無法者たちで溢れかえっていた。ルールや秩序もなく、魔法を使う者を統制する機関もない。ただ自己顕示欲求を満たすために土地を焼き、人を殺め、空気を穢し続けていたんだ。まだ魔法の形も確立していなかったから、人間の非生産な魔法に精霊は疑問すら持たなかった。
文献には毎日のように不合理な暴動が起きて、無抵抗な人を魔法の練習台にしていたと記してあったよ。そこには女性も子どもも関係ないとも・・・。」
 「ひどい・・・!」
 「しかしある時、その深刻な状況を憂慮した人々が立ち上がったんだ。その人たちは荒れた土地を浄化し、暴れる魔獣たちの沈静化に力を注ぎ、憎しみぶつかりあう者たちの間に入り、傷をおったものたちを癒やし続けた。その結果、緑が荒野を覆い、清らかな水が大地を潤し、人々が生活できるようになるまでになったんだ。彼らは英雄と称えられ誰からも尊敬される存在となった。それが魔術師ウィザードの始祖であり、連合騎士団ユニオンレターの始まりだと言われているんだ。」
 「連合騎士団ユニオンレター?」
 「連合ユニオンはこの世界の中枢となる場所だ。その連合ユニオンを守るために結成された特別精鋭部隊。それが連合騎士団ユニオンレターなんだ。」

 ヤマトは誇らしげに胸を張る。しかしセリカは腑に落ちなかった。

 「その人たちが荒れた土地を整え、人々の生活を築く役割を果たしたのは分かったが・・・。」

 セリカの言わんとすることを察したのだろう。ヤマトは表情を曇らせて視線を落とした。

 「あぁ、分かっている。そんな話しが嘘と思えるほどにこの場所は荒れているだろう。」
 「原因は分かっているのか?」
 「ハッキリとした原因は分かっていない。けどここを調べた研究者の話では、この土地に刻まれた過去の惨劇と、人々の憎しみや悲しみが凝縮された淀んだ空気が負の感情と作用し合い、濃い瘴気に変化して災いを引き起こすと言われている。」
 「そんな抽象的な・・・」
 「実際に人々が生活を営みはじめても、突然の自然災害に疫病の発生、無差別な暴力行為や犯罪が次々に起こるんだ。壊れた土地を再建し、再び土地を潤してもまた同じことが繰り返される。人々の恐怖と不安は増大するばかりで、とうとう誰も近づかなくなってしまった。そして、この土地の悲鳴は常に負の感情として巻き上げられ、周囲の生物たちに影響を与えるというんだ。」

 セリカは視線を上げる。そこには今もなお抵抗を続ける魔獣の姿があった。

 「なるほどな。この土地に住む魔獣たちはみな負の感情に意識を乗っ取られ凶暴化するわけだ。」
 「だからセリカがここで野宿しているって聞いた時は本当に驚いたよ。」
「世界の中枢といえる連合ユニオンの周辺が、こんなに荒れているのにはそんな理由があったのか。」
 「度重なる被害に復旧と再建を繰り返すこの場にこそ、人々の安寧の灯りが必要だろうと敢えて連合ユニオンはこの場に建設されたんだ。おかげで、手練れた実力のある魔術師ウィザードたちが集まり、世界の脅威は迅速に処理されはじめた。だけど・・・」
 「この土地だけは今でも荒廃したままっていうことか。」

 ヤマトはコクンと頷いた。

 「ここに来た魔獣は否応なしに凶暴化しはじめる。だから連合ユニオンはこの場所を制限指定区域としたんだ。厳重なセキュリティを敷く連合ユニオンとしては相乗効果を狙ったのかもしれないけどな。」

 セリカは腕組をし、難しい顔で空を見上げた。夜空に光る星さえも今は侘びしく見えてくる。

 「それで、セリカはこの魔獣で何を確かめようとしていたんだよ。」
 「この魔獣から気になる反応があったんだ。」
 「気になる反応?」

 セリカは反応があった魔獣の腹に近づいた。そして飾り石を取り出し、探るようにゆっくりと動かしていく。するとある場所で飾り石の刻印が僅かに光ったのだ。

 「あ・・・」

 しかし頼りない光はすぐにその反応を消してしまう。再び探っていくが、飾り石は反応をしなくなった。

 「何だその石は?」
 「これは移転装置ゲートを探し出すためのアイテムだ。」
 「移転装置ゲートって、連合ユニオンに入るためのあれか?何でそんなものが必要なんだよ。近くの魔法域レギオンから飛べばいいじゃん。」

 ヤマトは転送装置のことを言っているのだろう。しかしそれが使えないセリカは眉間にシワを寄せたままだ。

 「なんでわざわざ移転装置ゲートなんて使うんだよ。上級魔術師ハイウィザードだったらライセンスカードを見せればすぐに使えるぞ?」

 ヤマトは首から下げたカードを取り出してセリカに見せる。そこにはまだ幼さが残るヤマトの写真と、上級魔術師ハイウィザードを証明するための項目が記載されていた。

 「私はそのカードを持っていない。」
 「おいおい、ライセンスカードは常に携帯しておかなきゃいけないって言われているだろう?これがないと入れない施設とかあるんだから。」
 「いや、発行すらされていない。」
 「・・・まさか、セリカは上級魔術師ハイウィザードじゃないのか・・・?」
 「私はまだ魔術師ウィザードでもないんだ。」
 「・・・は?・・・冗談だろ?ウソをつくなよ・・・。」
 「冗談じゃない。私は上級魔術師ハイウィザードになるための連合ユニオンに来たんだ。理由ワケあって魔法域レギオンにある転送装置も使えないから、このアイテムを使って移転装置ゲートを探していたんだ。」

 衝撃だった。だからしばらく声を発することができなかった。魔法力が枯渇していたとはいえ、自分を助けた女の子が魔術師《ウィザード》でもないなんて。鳥肌が立ち細かく体が震えている。それは今まで感じたことのない高揚感に満ちた身震いだった。

 「すごい・・・すごいな、セリカ。」
 「え?」
 「久しぶりだよ、こんなワクワクした気持ち!」

 その時、振動とともに轟音が響き渡った。氷の蔦を引きちぎり、足を包んでいた巨大な氷の塊を砕き飛ばすと、激昂した魔獣は激しく牙を振り回した。

 「All Element 水精霊ウンディーネ!」

 ヤマトの大刀がスカイブルーに輝くと、見事な太刀捌を披露して見せる。そして大きく舞い上がると魔獣の口腔に刃を突き立てた。

 「氷結咆哮アイスグレンデル!」

 突き立てた刃から大量の血が迸ると、その血すらも一瞬で凍結されていく。石ころのように飛び散る氷をものともせず、ヤマトは大刀を振り回した。

 「腹に用があるんだな?」

 魔獣を紙のように鋭利な切りさばきで両断していく姿は軽やかなステップを踏んでいるようだった。無駄のない動きで的確に魔獣を切り刻む実力は、あのアシェリナに匹敵するかもしれない。
 ヤマトの実力に唖然とするセリカの前に突然大きな肉塊が落ちてくる。歪な形だが、それは間違いなく魔獣の腹部分であり臓物と血液の香りに思わず鼻をおさえた。

 「さぁ、移転装置ゲートを探そうぜ!」

 返り血を拭いながら、ヤマトはニカッと無垢な笑顔を見せた。
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