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第4章1部
騎士団隊長
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ピカピカに磨き上げられたタイルの床に足音が小刻みよく響いている。頭上高く広がる吹き抜けに圧倒されつつも、外から確認できたガラス状の外壁からは想像もできないほどに、意外にも屋内は陽の光が届いていなかった。しかし、間接照明から漏れる柔らかな光と、完璧に制御された空調が空間を包み込み、さらにガラス越しから見える開放的な風景がフロアの広さをより一層感じさせていた。
「ここが連合・・・。」
連合の中に入ったセリカは興味深く辺りを見回した。建物の中にはたくさんの人が居る。ヤマトのように鋼鉄の鎧を身につけている者もいれば、裾が床を滑るほど長いローブを身につけた者もいる。それとは対照的に、質素な野良着に身を包んだ農夫が大きな荷物を背負った商人と談笑している姿もあった。
キョロキョロと忙しないセリカとは対照的に、前を歩くヤマトの足取りは躊躇さを一切感じさせなかった。
「色んな人がいるだろう。連合は世界の中枢となる場所だからな。クエストを発注・受注する者。商売をする者、情報を求める者、などなど、あらゆる人種が集結するところだ。そこに魔術師も非魔術師も関係ない。ここは全ておいてフラットで平行であると俺は思っている。」
前を歩くヤマトの顔は見えない。しかし、きっと誇らしげな顔をしていることは声のトーンで分かった。
感情が表に出やすいのだろう。移送装置を使って連合に入った時のことを思い出し、セリカはフッと笑みを浮かべた。
魔獣の贓物から出てきたのは先端が少し尖った楕円形のオリーブだった。瑞々しく深い緑の中に、熟した部分から赤紫色のグラデーションが見えるそれは、食用のオリーブに比べ随分と大きくて石のように硬かった。飾り石を近づけたセリカは煌々と刻印が光る様子を見て思わずガッツポーズをする。
「なるほど。樹の実に擬態した移送装置を魔獣が食っちまったってわけか。しっかし、移送装置なんて初めてみたぜ。それで、これをどうするんだ?」
魔獣の血で汚れたオリーブに、ヤマトはまるで新しいおもちゃを見つけた子どものように目を輝かせている。
セリカは再び飾り石を近づける。しかし刻印は光るものの、特に変わった様子は見られなかった。
「おかしいな。飾り石は光っているのに・・・。近づけるだけじゃダメなのかな。」
「そのアイテムが壊れているんじゃないのか?」
「そんなはずはないんだが・・・。」
「ほら、動け!ほらほら!」
ヤマトは飾り石とオリーブを交互に指で弾いた。飾り石からはリィーンリィーンと微かに音がする。その微かな音がオリーブからも聞こえた気がして、セリカは思わず耳を近づけた。
「ヤマト、もう1度オリーブを弾いてみてくれ。」
「え、こうか?」
ヤマトがオリーブを弾いたとき、タイミングを合わせ飾り石を揺らしてみる。すると、2つの音がズレて聞こえてきた。
「反響している・・・ということは、この音を合わせれば!」
ヤマトはオリーブを、セリカは飾り石を持ち、2人は息を合わせてアイテムを揺り動かした。すると、2つの音がゆっくりと共鳴し重なりあっていく。その音は次第に大きくなり、完全な音として2人の耳に届いた。
音は空気を震わせ、ヤマトの持っているオリーブそのものを小刻みに震わせる。それは少しずつ形を変え地上に直径100cmほどの円を作り出した。
「な、なんだ、これ!?」
「ヤマト、この円の中に入るんだ!」
ヤマトが円に入ったことを確認したセリカは、氷刀を手に持ち勢いよく地面に突き刺した。
すると直径100cmの円が瞬く間に凍っていく。凍てつく冷気に身震いすると、今度はまばゆい光が視界を満たしていった。
「今度は何だよ!?」
目を瞑ると体が宙に浮く感覚だった。フワフワとした浮遊感にゆっくりと目を開ける。そこは真っ白な世界で、平衡感覚さえ失われたようだった。しかし不快というわけではない。まるで自分が渦を起こしながら吸い込まれていく水のように、ただただ身を任せて流れていくようだった。
「あれ・・・?」
決して眠っていたわけでも意識を失っていたわけでもない。ある部屋の真ん中で、膝を付いた四つん這いの状態でヤマトは声を出す。
今まで当たり前にここに居たかのように、あまりにも自然にぽっかりと自分が現れたのだ。
「何だよ、今の!!」
今まで陥ったことのない感覚に鼻息を荒くしたヤマトは周囲を見渡す。すると同じように周囲を見渡すセリカの姿があった。
「今のが移送装置?!おっもしれー!!なぁ、もう1回できねーかな!?」
「もう1回は無理だろうな。ほら、見てみろ。」
差し出されたのはセリカが持っていた飾り石だ。眩い光に縁取られていた刻印はすっかりと消えてしまっていた。
「このアイテムは1度しか発動できない仕組みになっているようだ。だから2回目は使えないだろう。」
「ちぇっ、つまんねーの。」
「ヤマト、ここはどこなんだ?」
胡座をかき口を尖らせてたヤマトはもう1度周囲を見渡した。
空間を舞う無数の埃の粒を際立たせ、部屋の歴史を物語るかのようにゆったりと漂っている。足元には、誰かが愛用したであろう古い家具や、用途不明の道具、そして使い古された農具などが無造作に積み重ねられていた。
「多分、連合の離れにある使われていない倉庫だろうな。あ、樹の実もなくなってやがる!」
自分の手にあったアイテムが無いことに気づくと、手をパンパンとはたぎながら立ち上がる。その顔は不満気だった。
「おもしろかったのになー!毎回、これで入れればいいのになー!」
「転送装置の方が楽だと思うが。」
「分かってないなー。苦労して入った方がロマンがあるだろ?」
「ロマン?」
「そう、ロマン!上級魔術師こそ、ロマンを求めるべきだと思うわけよ、俺はな!」
「そうか。」
「お、おい、どこへいくんだよ!」
会話もそこそこにドアに手をかけるセリカをヤマトは慌てて引き止める。
「いつまでもここにいるわけにはいかないだろう。」
「いま連合のどこにいるのか分かるのかよ?」
「・・・わからない。」
「やれやれ、仕方ねーな。俺が案内してやるよ。セリカには世話になったしな。」
それまで不満げに歪んでいた彼の顔は、みるみるうちに得意げな笑みに変わっていく。そうして、案内役を引き受けてくれたヤマトは、さっそうと部屋から飛び出したのだ。
「それで、セリカはどこに行きたいんだよ。」
「ええっと」と言いながらセリカは荷物の中からタブレットを取り出した。表示させた画面は、ミトラから渡された指示事項のページだ。
「ガドウィンって人に会わなければならないようだ。」
「ガドウィンだって?」
「知り合いか?」
「知り合いもなにも、連合の中枢人物の1人だよ。でも、滅多に姿を現さない人で、俺も上級魔術師の任命式ぐらいでしか顔を見たことがない。」
「今日はいるのか?」
「それはわかんねーな。俺も帰ってきたばっかりだし。」
ヤマトが首をひねった時だった。
その声は遠くからでも剣幕がはっきりと伝わってきた。けたたましい足音が次第に大きくなると、息をきらし肩を上下させながら走ってくる人物が2人見えた。一直線にこちらに向かってくる表情には安堵と怒りが滲み出ていた。
「ヤマトッ!!」
「ヤマト様ッ!!」
「よぉ、帰ったぜ、フィルリア、イディ!」
「帰ったよじゃないだろ、このバカがっ!!」
「心配しましたよ!ご無事で何よりです!」
「いやぁ、クエストを完了したとこまでは良かったんだけど、魔法力が尽きちゃってさー。帰るに帰れなくてマジ焦ったぜー。」
「だから常日頃から準備を怠るなと言っているだろう!だからお前は——」
「おケガはありませんか?体調は悪くないですか?水分は摂りましたか?」
「うるさいぞ、イディ!今、私とヤマトがしゃべって——」
「お腹空いていませんか?熱はありませんか?」
「話を聞け、イディ!」
「あっはっはっは!お前たちは相変わらずだなぁ!あ、そうだ、紹介するよ。」
そう言うと、セリカの手を取り2人の前に立たせた。
「セリカだ。俺の命の恩人だよ。」
ヤマトの言葉に2人の雰囲気が一瞬で変わったのが分かった。歓迎ムードから一転した2人に、それでもセリカは手を差し出した。
「セリカ・アーツベルクだ。ヤマトとは連合の外の森で出会ったんだ。よろしく。」
「外の森だと?そんな場所で何をしていた!?」
「あなたがヤマト様の命を助けた?そんなの嘘に決まっている!」
セリカを睨みあげる2人からは敵意しか感じない。差し出した右手の行き場に戸惑っていた時、隣から言葉にならない威圧感が肌に刺さった。
「おい、俺の友人に失礼じゃないか。」
低く重い声だった。ヤマトの一言に2人の顔から血の気が引いていく。
「わ、悪かった。私はフィルリア・ハリスト。ヤマトを助けてくれたこと、心から感謝する。」
慌ててセリカの手を取った男性はメガネのブリッジをつまみ、かけ直した。深く濃い藍色のローブに身を包んだフィルリアは、サイドにまとめた長い髪を後ろにかけあげるとセリカと視線を合わせる。セピア色の切れ長の瞳は深い思索と鋭い知性を感じさせるものだった。
「失礼な態度をしてごめんなさい。イディ・ハリルオンです。ヤマト様を助けてくれてありがとうございました。」
鼻の頭にそばかすを浮かべた少女が深くお辞儀をすると、短い三つ編みがぴょこぴょこ揺れる。その大きな瞳にはセリカへの抑えきれない好奇心がにじみ出ていたが、懸命に平静を装っているように見えた。
「はっはっはっは!すまなかったな、セリカ。こいつら、ちょっと大げさなんだよ。」
先程の威圧感が嘘のようにヤマトは笑ってみせる。その姿に2人は大きく息を吐き出した。
「大げさではない。お前の立場を考えれば我々が心配するのも無理はないだろう!」
「そうですよ、ヤマト様!私たちは常にあなたのことを考えているからで——!」
「立場?」
セリカは首をかしげた。
「なんだ、ヤマト。何も話してないのか?」
「あ?あぁ。それどころじゃなかったしな。」
「セリカさん、ヤマト様はとーってもすごい人なんです!本来なら、こうやって会話をすること自体が名誉なことなんですよ!」
「イディ、勿体つけるな。我らの立場を早く理解させたほうがいい。いいか、よく聞け。ここにいるヤマトは——」
「なんと、連合騎士団の隊長であるのだ!」
「こら、イディ!私が言う流れだっただろう!」
「連合騎士団?ってヤマトがさっき教えてくれた?」
「あぁ、紹介が遅れちまったな。一応隊長を務めているんだ。」
照れたようにヤマトは額をかく。フィルリアに頭を押さえつけられていたイディは、俊敏な動きでそれから逃れるとヤマトの前に踊りでた。
「ご謙遜を!歴代の隊長の中でも、最年少の速さで隊長に就任したヤマト様は、あの英雄アシェリナ・ブライドリックを凌ぐ実力を持つと専らの評判です!もちろん、上級魔魔術師としての資質も、連合のお偉い様たちから折り紙付きなんですから!」
「やめろ、イディ。俺なんて、アシェリナさんに比べたらまだまだだ。」
「そんな弱気なことを言ってもらっては困るぞ。お前は我らの希望であり、常に頂に君臨する存在でなくてはならん。」
「あぁ、そんなこと分かっている。俺が隊長である限り、連合に霊魔たちは近づけさせないさ!お前ら、副隊長もついていることだしな。」
「はい!」
「なるほど」とセリカは小さく呟いた。どうやらヤマトはクエストに出ていった後に連絡が取れなくなったのだろう。隊長であるヤマトの行方が分からなくて、2人は焦ったに違いない。3人が笑い合う様子を見て、セリカもほっと息をついた。
「あ、フィルリア。今日、ガドウィン様はいらっしゃるか?」
「ガドウィン様?あのお方に何の用があるんだ?」
「俺じゃなくてセリカがだよ。」
3人の視線がセリカに集まる。フィルリアの視線には明らかに疑いの色が見えた。
「ガドウィン様はお忙しい方で、私たち連合騎士団でも謁見することは難しい。お前のような者に時間を割くことはないだろう。」
「おい、フィルリア!」
「ヤマトだって知っているだろう。各地で咎人と新しい型の霊魔が発見され、上級魔術師の要請がひっきりなしに続いている。さらに、不可解な失踪事件の対応に人員が足りていないんだ。ガドウィン様は今日も現場に出ているだろう。」
「そうか・・・ここには居ないのか。だったらどこに行っているか場所を教えてもらうことはできないだろうか。すぐに見てもらいたいものがあるんだ。紹介状だって持っている。」
「なんでお前のために・・・」
「フィルリア、調べてやってくれ。」
「っ・・・!ヤマトの頼みならば仕方ない。少し待っていろ。」
そう言うと、フィルリアはイヤホンを耳に差しどこかに連絡をしはじめた。
「フィルリアさんは連合の連絡指揮官の役割も担っています。きっとガドウィン様の居場所もすぐに分かると思いますよ。」
「そうなのか。頼りになるな。」
イディと言う通り、メモを取りながらフィルリアはすぐに戻ってきた。
「居場所というか、向かった先が分かったぞ。どうやら例の霊魔の目撃情報があったようだ。」
「それはどこだ?」
「シダイの森だ。」
「シ、シダイの森だって!?」
セリカが驚きの声を上げる。
「何だよ、セリカ。知っているのか?」
「知っているも何も・・・」
シダイの森。そこはかつてヴァースキと修行し、セリカが育った森の名前だった。
「ここが連合・・・。」
連合の中に入ったセリカは興味深く辺りを見回した。建物の中にはたくさんの人が居る。ヤマトのように鋼鉄の鎧を身につけている者もいれば、裾が床を滑るほど長いローブを身につけた者もいる。それとは対照的に、質素な野良着に身を包んだ農夫が大きな荷物を背負った商人と談笑している姿もあった。
キョロキョロと忙しないセリカとは対照的に、前を歩くヤマトの足取りは躊躇さを一切感じさせなかった。
「色んな人がいるだろう。連合は世界の中枢となる場所だからな。クエストを発注・受注する者。商売をする者、情報を求める者、などなど、あらゆる人種が集結するところだ。そこに魔術師も非魔術師も関係ない。ここは全ておいてフラットで平行であると俺は思っている。」
前を歩くヤマトの顔は見えない。しかし、きっと誇らしげな顔をしていることは声のトーンで分かった。
感情が表に出やすいのだろう。移送装置を使って連合に入った時のことを思い出し、セリカはフッと笑みを浮かべた。
魔獣の贓物から出てきたのは先端が少し尖った楕円形のオリーブだった。瑞々しく深い緑の中に、熟した部分から赤紫色のグラデーションが見えるそれは、食用のオリーブに比べ随分と大きくて石のように硬かった。飾り石を近づけたセリカは煌々と刻印が光る様子を見て思わずガッツポーズをする。
「なるほど。樹の実に擬態した移送装置を魔獣が食っちまったってわけか。しっかし、移送装置なんて初めてみたぜ。それで、これをどうするんだ?」
魔獣の血で汚れたオリーブに、ヤマトはまるで新しいおもちゃを見つけた子どものように目を輝かせている。
セリカは再び飾り石を近づける。しかし刻印は光るものの、特に変わった様子は見られなかった。
「おかしいな。飾り石は光っているのに・・・。近づけるだけじゃダメなのかな。」
「そのアイテムが壊れているんじゃないのか?」
「そんなはずはないんだが・・・。」
「ほら、動け!ほらほら!」
ヤマトは飾り石とオリーブを交互に指で弾いた。飾り石からはリィーンリィーンと微かに音がする。その微かな音がオリーブからも聞こえた気がして、セリカは思わず耳を近づけた。
「ヤマト、もう1度オリーブを弾いてみてくれ。」
「え、こうか?」
ヤマトがオリーブを弾いたとき、タイミングを合わせ飾り石を揺らしてみる。すると、2つの音がズレて聞こえてきた。
「反響している・・・ということは、この音を合わせれば!」
ヤマトはオリーブを、セリカは飾り石を持ち、2人は息を合わせてアイテムを揺り動かした。すると、2つの音がゆっくりと共鳴し重なりあっていく。その音は次第に大きくなり、完全な音として2人の耳に届いた。
音は空気を震わせ、ヤマトの持っているオリーブそのものを小刻みに震わせる。それは少しずつ形を変え地上に直径100cmほどの円を作り出した。
「な、なんだ、これ!?」
「ヤマト、この円の中に入るんだ!」
ヤマトが円に入ったことを確認したセリカは、氷刀を手に持ち勢いよく地面に突き刺した。
すると直径100cmの円が瞬く間に凍っていく。凍てつく冷気に身震いすると、今度はまばゆい光が視界を満たしていった。
「今度は何だよ!?」
目を瞑ると体が宙に浮く感覚だった。フワフワとした浮遊感にゆっくりと目を開ける。そこは真っ白な世界で、平衡感覚さえ失われたようだった。しかし不快というわけではない。まるで自分が渦を起こしながら吸い込まれていく水のように、ただただ身を任せて流れていくようだった。
「あれ・・・?」
決して眠っていたわけでも意識を失っていたわけでもない。ある部屋の真ん中で、膝を付いた四つん這いの状態でヤマトは声を出す。
今まで当たり前にここに居たかのように、あまりにも自然にぽっかりと自分が現れたのだ。
「何だよ、今の!!」
今まで陥ったことのない感覚に鼻息を荒くしたヤマトは周囲を見渡す。すると同じように周囲を見渡すセリカの姿があった。
「今のが移送装置?!おっもしれー!!なぁ、もう1回できねーかな!?」
「もう1回は無理だろうな。ほら、見てみろ。」
差し出されたのはセリカが持っていた飾り石だ。眩い光に縁取られていた刻印はすっかりと消えてしまっていた。
「このアイテムは1度しか発動できない仕組みになっているようだ。だから2回目は使えないだろう。」
「ちぇっ、つまんねーの。」
「ヤマト、ここはどこなんだ?」
胡座をかき口を尖らせてたヤマトはもう1度周囲を見渡した。
空間を舞う無数の埃の粒を際立たせ、部屋の歴史を物語るかのようにゆったりと漂っている。足元には、誰かが愛用したであろう古い家具や、用途不明の道具、そして使い古された農具などが無造作に積み重ねられていた。
「多分、連合の離れにある使われていない倉庫だろうな。あ、樹の実もなくなってやがる!」
自分の手にあったアイテムが無いことに気づくと、手をパンパンとはたぎながら立ち上がる。その顔は不満気だった。
「おもしろかったのになー!毎回、これで入れればいいのになー!」
「転送装置の方が楽だと思うが。」
「分かってないなー。苦労して入った方がロマンがあるだろ?」
「ロマン?」
「そう、ロマン!上級魔術師こそ、ロマンを求めるべきだと思うわけよ、俺はな!」
「そうか。」
「お、おい、どこへいくんだよ!」
会話もそこそこにドアに手をかけるセリカをヤマトは慌てて引き止める。
「いつまでもここにいるわけにはいかないだろう。」
「いま連合のどこにいるのか分かるのかよ?」
「・・・わからない。」
「やれやれ、仕方ねーな。俺が案内してやるよ。セリカには世話になったしな。」
それまで不満げに歪んでいた彼の顔は、みるみるうちに得意げな笑みに変わっていく。そうして、案内役を引き受けてくれたヤマトは、さっそうと部屋から飛び出したのだ。
「それで、セリカはどこに行きたいんだよ。」
「ええっと」と言いながらセリカは荷物の中からタブレットを取り出した。表示させた画面は、ミトラから渡された指示事項のページだ。
「ガドウィンって人に会わなければならないようだ。」
「ガドウィンだって?」
「知り合いか?」
「知り合いもなにも、連合の中枢人物の1人だよ。でも、滅多に姿を現さない人で、俺も上級魔術師の任命式ぐらいでしか顔を見たことがない。」
「今日はいるのか?」
「それはわかんねーな。俺も帰ってきたばっかりだし。」
ヤマトが首をひねった時だった。
その声は遠くからでも剣幕がはっきりと伝わってきた。けたたましい足音が次第に大きくなると、息をきらし肩を上下させながら走ってくる人物が2人見えた。一直線にこちらに向かってくる表情には安堵と怒りが滲み出ていた。
「ヤマトッ!!」
「ヤマト様ッ!!」
「よぉ、帰ったぜ、フィルリア、イディ!」
「帰ったよじゃないだろ、このバカがっ!!」
「心配しましたよ!ご無事で何よりです!」
「いやぁ、クエストを完了したとこまでは良かったんだけど、魔法力が尽きちゃってさー。帰るに帰れなくてマジ焦ったぜー。」
「だから常日頃から準備を怠るなと言っているだろう!だからお前は——」
「おケガはありませんか?体調は悪くないですか?水分は摂りましたか?」
「うるさいぞ、イディ!今、私とヤマトがしゃべって——」
「お腹空いていませんか?熱はありませんか?」
「話を聞け、イディ!」
「あっはっはっは!お前たちは相変わらずだなぁ!あ、そうだ、紹介するよ。」
そう言うと、セリカの手を取り2人の前に立たせた。
「セリカだ。俺の命の恩人だよ。」
ヤマトの言葉に2人の雰囲気が一瞬で変わったのが分かった。歓迎ムードから一転した2人に、それでもセリカは手を差し出した。
「セリカ・アーツベルクだ。ヤマトとは連合の外の森で出会ったんだ。よろしく。」
「外の森だと?そんな場所で何をしていた!?」
「あなたがヤマト様の命を助けた?そんなの嘘に決まっている!」
セリカを睨みあげる2人からは敵意しか感じない。差し出した右手の行き場に戸惑っていた時、隣から言葉にならない威圧感が肌に刺さった。
「おい、俺の友人に失礼じゃないか。」
低く重い声だった。ヤマトの一言に2人の顔から血の気が引いていく。
「わ、悪かった。私はフィルリア・ハリスト。ヤマトを助けてくれたこと、心から感謝する。」
慌ててセリカの手を取った男性はメガネのブリッジをつまみ、かけ直した。深く濃い藍色のローブに身を包んだフィルリアは、サイドにまとめた長い髪を後ろにかけあげるとセリカと視線を合わせる。セピア色の切れ長の瞳は深い思索と鋭い知性を感じさせるものだった。
「失礼な態度をしてごめんなさい。イディ・ハリルオンです。ヤマト様を助けてくれてありがとうございました。」
鼻の頭にそばかすを浮かべた少女が深くお辞儀をすると、短い三つ編みがぴょこぴょこ揺れる。その大きな瞳にはセリカへの抑えきれない好奇心がにじみ出ていたが、懸命に平静を装っているように見えた。
「はっはっはっは!すまなかったな、セリカ。こいつら、ちょっと大げさなんだよ。」
先程の威圧感が嘘のようにヤマトは笑ってみせる。その姿に2人は大きく息を吐き出した。
「大げさではない。お前の立場を考えれば我々が心配するのも無理はないだろう!」
「そうですよ、ヤマト様!私たちは常にあなたのことを考えているからで——!」
「立場?」
セリカは首をかしげた。
「なんだ、ヤマト。何も話してないのか?」
「あ?あぁ。それどころじゃなかったしな。」
「セリカさん、ヤマト様はとーってもすごい人なんです!本来なら、こうやって会話をすること自体が名誉なことなんですよ!」
「イディ、勿体つけるな。我らの立場を早く理解させたほうがいい。いいか、よく聞け。ここにいるヤマトは——」
「なんと、連合騎士団の隊長であるのだ!」
「こら、イディ!私が言う流れだっただろう!」
「連合騎士団?ってヤマトがさっき教えてくれた?」
「あぁ、紹介が遅れちまったな。一応隊長を務めているんだ。」
照れたようにヤマトは額をかく。フィルリアに頭を押さえつけられていたイディは、俊敏な動きでそれから逃れるとヤマトの前に踊りでた。
「ご謙遜を!歴代の隊長の中でも、最年少の速さで隊長に就任したヤマト様は、あの英雄アシェリナ・ブライドリックを凌ぐ実力を持つと専らの評判です!もちろん、上級魔魔術師としての資質も、連合のお偉い様たちから折り紙付きなんですから!」
「やめろ、イディ。俺なんて、アシェリナさんに比べたらまだまだだ。」
「そんな弱気なことを言ってもらっては困るぞ。お前は我らの希望であり、常に頂に君臨する存在でなくてはならん。」
「あぁ、そんなこと分かっている。俺が隊長である限り、連合に霊魔たちは近づけさせないさ!お前ら、副隊長もついていることだしな。」
「はい!」
「なるほど」とセリカは小さく呟いた。どうやらヤマトはクエストに出ていった後に連絡が取れなくなったのだろう。隊長であるヤマトの行方が分からなくて、2人は焦ったに違いない。3人が笑い合う様子を見て、セリカもほっと息をついた。
「あ、フィルリア。今日、ガドウィン様はいらっしゃるか?」
「ガドウィン様?あのお方に何の用があるんだ?」
「俺じゃなくてセリカがだよ。」
3人の視線がセリカに集まる。フィルリアの視線には明らかに疑いの色が見えた。
「ガドウィン様はお忙しい方で、私たち連合騎士団でも謁見することは難しい。お前のような者に時間を割くことはないだろう。」
「おい、フィルリア!」
「ヤマトだって知っているだろう。各地で咎人と新しい型の霊魔が発見され、上級魔術師の要請がひっきりなしに続いている。さらに、不可解な失踪事件の対応に人員が足りていないんだ。ガドウィン様は今日も現場に出ているだろう。」
「そうか・・・ここには居ないのか。だったらどこに行っているか場所を教えてもらうことはできないだろうか。すぐに見てもらいたいものがあるんだ。紹介状だって持っている。」
「なんでお前のために・・・」
「フィルリア、調べてやってくれ。」
「っ・・・!ヤマトの頼みならば仕方ない。少し待っていろ。」
そう言うと、フィルリアはイヤホンを耳に差しどこかに連絡をしはじめた。
「フィルリアさんは連合の連絡指揮官の役割も担っています。きっとガドウィン様の居場所もすぐに分かると思いますよ。」
「そうなのか。頼りになるな。」
イディと言う通り、メモを取りながらフィルリアはすぐに戻ってきた。
「居場所というか、向かった先が分かったぞ。どうやら例の霊魔の目撃情報があったようだ。」
「それはどこだ?」
「シダイの森だ。」
「シ、シダイの森だって!?」
セリカが驚きの声を上げる。
「何だよ、セリカ。知っているのか?」
「知っているも何も・・・」
シダイの森。そこはかつてヴァースキと修行し、セリカが育った森の名前だった。
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結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
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