時雨太夫

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第十三話

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「お主か。下手人げしゅにんの顔を見たいと申すのは」

 岡崎おかざきという武士は五十を少し越えたくらいの男だった。身体全体からかもし出す雰囲気は確実に人を斬ったことのあるそれだ。
しかも、数も多い。

「すみません、お役人様。私の知り合いらしいのでもしよろしければ、最後に一目だけ……」

 時雨しぐれの言葉は丁寧だが、断ると斬るという雰囲気だ。
岡崎もそれを感じ取ったらしく右手を少し動かし、左足を後ろにずらす。
ぴりぴりと肌を刺す空気に源五郎げんごろうが一歩後ろに下がった。
それが合図になった。

二人の太刀たちと刀、身体が交差した。あおい光りが一瞬おこる。
岡崎の刀の物打ものうちから先が宙を舞う。
二人は振り切った状態のまま動かない。

「……ふむ、斬鉄ざんてつではないな。気功の一種か。また別物か。忠廣ただひろの名刀だったのだがなぁ」

 岡崎おかざきは呟いたが動かない。膠着こうちゃくが続いた。
二人とも仕切り直す様子はない。
源五郎げんごろうは腰を抜かしていた。
世間では【折れず、曲がらず、良く切れる】と言われる刀が一回の斬撃で斬れたからだ。源五郎げんごろうは確かに欠けたり曲がったりするところは見たことがある。
しかし、折れたところは見たことがなかった。
さらに今、目の前で起こっているのは折れたのではない、斬れたのだ。

 岡崎おかざきの刀が真横に振られた。
時雨の側頭部を狙った殴打だ。時雨しぐれ太刀たちはらでその打撃を受け、角度を変えて衝撃を逸らす。
時雨しぐれが斬り込み、岡崎おかざきが殴打する。
もはや刀同士の戦いではない。
源五郎げんごろうの目にはそのように映った。
 十合じゅうごうほど打ち合った後、二人は間合いを開けた。二人の間は一丈いちじょうほど空いている。刀の間ではない。
瞬きした瞬間、二人が動いた。地をめるように二人は動く。

 甲高い音があがった。
二人の刀のつば同士がぶつかり合う。
力比べだ。
刃は当たっておらず、むしろどちらの刀身とも自分の方へ向いていた。
柄頭つかがしらが時折ぶつかる。
源五郎げんごろうは二人が何をしたいのか全く分からなかった。暫く鍔迫り合いつばぜりあいが続き、再度間合いを取る。

「やめだ。勝てん」

 岡崎おかざきが身体の構えを崩さずに折れた刀を器用に鞘の中に収める。
同時に時雨しぐれ太刀たちを収めていた。

下手人げしゅにんの顔が見たいらしいな……、一刻いっこく後に番屋ばんやへ来い。夕刻には罪人として遺体は処分される」

 そのままくるりと背を向け、立ち去ってゆく。源五郎げんごろうもその後について行った。
時雨しぐれはその場に立ち尽くしていた。 
体中が快感に震えていた。
七年前の感触を思い出す。
もう一度太刀たちを合わせたい衝動を無理矢理抑え込み、喜瀬屋きせやの方へ足を向けた。
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