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第5章 阿鼻叫喚~ 辺獄空間の死闘

三話 感情の乱れ

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「お前もそうじゃ無かったのか? 綺麗事並べて飼い猫に成り下がろうが、お前の本質は何も変わらない親殺しーー!?」


シグレがその言葉を最後まで言う前に、既にユキは彼の背後に回り込んでいた。


「シグレぇぇぇ!!」


ユキは空中からシグレの首筋へ、右手で握り締めた刀を降り翳す。首を飛ばす為だ。


「フン……」


振り向き様シグレは、その斬撃を村雨でしっかりと受け止める。刹那、二つのぶつかり合う金属音が鳴り響いた。


「怒りに任せた斬撃が俺に当たると思っていたのか?   あの冷静な太刀筋は何処に行ったのやら……」


シグレは軽く受け流し、弾かれる様に二人共距離を取る。


「テメぇぇ……」


ユキは刀と鞘に依る双流葬舞の構えを取り、シグレへ向かって猛然と斬り掛かっていった。


「勝手な事ばかり言いやがって! 絶対殺してやる!!」


“――ユキ!? こんなユキ、今まで見た事無い……”


これまでアミが見た事も聞いた事も無い、感情の爆発とも云える絶叫。それと共に繰り出される、凄まじい程の刀と鞘に依る波状連撃。


だがシグレはその全てを、余裕綽々で一刀の村雨で受け流し続けた。


幾重にも重なった多重の連撃、金属音が弾ける様に鳴り続き、その衝撃により大気すらも震えていた程の。


“――くそっ! 何故……何故当たらない!?”


だが繰り出される全ての剣撃は捌かれ、ユキは次第に焦りにも似た焦燥感に苛まれていく。


「流麗かつ正確無比だった双流葬舞、見る影も無い程に粗いな。人の斬り方、忘れちまったのか?」


シグレはユキの連撃の合間を縫って、村雨を軽く振り上げる。


「ぐっ!!」


その太刀筋はユキの左肩を掠め、傷口こそ浅いが鮮血が吹き上がった。


「舐めやがって!!」


攻勢を寸断されて尚、ユキは強引な迄に攻勢を強めたが。


“――何故?”


しかし、その刃も鞘も当たらない。逆にユキの身体に、幾多もの切り傷が増えていく。シグレの太刀筋が全く見えていないかの様に。


「遅い遅い。それにもう少し、周りにも気を配った方がいいな」


“ーーっ!?”


シグレの言っている意味に、遅蒔きながら漸く気付く。


“――こ……これは!?”


自身の周りに髑髏の形をした幾多もの水球が、取り囲む様に浮いていた事を。


“ーー髑式 水棲衝! 何時の間に!?”


周りを取り囲む水球に、ユキの瞳は驚愕に見開かれる。


 ガイシキ スイセイショウ
 “髑式 水棲衝”


シグレの特異能“獄水”で形成されたこれは、只の水球では無い。髑髏の形をしたこの一つ一つが、超圧縮された水圧の塊だ。


「ちぃっ!!」


“神露ーー蒼天星霜”


瞬時に刀を鞘に納めたユキは、取り囲む水球を星霜剣奥義にて凪ぎ払い、水球はその場で破裂、消滅していくが。


“ーーっ!?”


消滅しきれなかった水球の一つが、自分の足下にゆっくりと漂って来たのに気付くが、もう遅い。


もし、この超圧縮された水球に生物が触れたらどうなるかーー


「しまっーー!!」


それはミキサーにかけられたかの様に、一瞬で物質が沸点。夜空を彩る真っ赤な花火へと。
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