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第6章 特異点

四話 決別の夜

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シグレの周りを囲む様に現れた其れは、明らかにこれまでの水龍とは異なっていた。


『何という……巨大な!』


皆が皆、驚愕に立ち竦むしかない。


七つもの巨大な水龍は、シグレの血液が混じり合うかの様に全体が緋色に染まっており、それぞれが意思を持つかの様に蠢いている。


そしてユキへ向かって、七つの緋い水龍が猛然と襲い掛かった。迫り来る幾多もの水龍に、逃げ場などあろう筈も無い。


「絶対零度……終焉雪」


ユキはその場から動く事無く絶対零度を発動させ、その溢れんばかりの凍気に水龍達は途中で動きを止め、次々と凍りついていく。


「やった、全部凍っていく……って、凍らない!?」


動きを止めたのは一瞬だけで、緋色の水龍達が凍結した氷を割って突き進むその姿に、ミオが驚愕の声を上げた。


打つ手無し。そう思われていたが、ユキは既に次の行動に移していた。


“星霜剣最終極死霜閃ーー無氷零月”


蒼白に輝く刀身。ユキは絶対零度の膨大な冷気を全てその刃へ集約させ、迫り来る緋き水龍達に向かって虚無の居合いを抜き放つ。


『ーーっ!!』


二つの力がぶつかり合ったその衝撃で、空気が破裂したかの様な衝撃波が辺りを波紋の様に浸透する。それは何かにしがみついていないと、吹き飛ばされる程の。


『何て……もの凄まじい!』


ぶつかり合う二人の最後の力。


「無駄だ! 俺の血で固められた、この獄龍達を砕ける筈が無い!!」


「くっ!」


シグレの言葉通り、僅かながらにユキは緋き水龍達の言語を絶する圧力に、徐々に押されていくのであった。


※血は水よりも硬い。


シグレの“獄水”で形成された水は、云わばプール一つ分の水量をボール一個分まで圧縮、縮小させたもの。それに自らの血液を混じり合わせたその硬度は、地球上で最も硬い物質で在る金剛石をも軽く上回る。


「ぐっ……」


ユキはその圧力に徐々に押されていく。


もし、少しでも力を緩めればその瞬間に拮抗した力の反作用で彼のみならず、此処等一帯が全て消し飛びかねないだろう。


「シグレ……」


意識も飛びそうな程の極限の中。その刹那の思考の彼方ーー


************


「抜けるってどういう事だよ!?」


古寺の内部で晩をとっている者達の中で、一人だけ際立って幼い少年が声を荒げる。


それはまだ十にも満たないであろう、幼き頃のユキ。


天下取りの最中、まだ狂座との闘い以前の事。


一人の男による、突然の決別。


それは四死刀と共に世を敵に回して闘い、五死刀と伝えられたで在ろう特異点が一人。


“血痕”のシグレが、彼等と袂を別った夜の出来事だった。
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