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第2章

『デートは戦場です』

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「珍しく早く着いてしまった……」

 公園の時計は10時の10分前を示している。週末ということもあって、多くの人々がこの待ち合わせ場所の噴水の周りに集まっている。
 時計を気にしている者や、スマホで時間を潰している者、待ち人が来て嬉しそうに歩き出すカップル。それらを横目に勇志は大きくため息を吐いた。

 地元では『噴水公園』と呼ばれているこの場所は、若者たちの間では有名なデートスポットだ。
 駅の隣に位置しており周りも開けているため、待ち合わせをするには最適で、多くのカップルがここで待ち合わせをしてショピングモールや映画館など、近すぎず、遠すぎない距離を歩いていくというのが定番らしい。
 
「お互い家が近所なんだから家の前で集合すればいいのに、どうしてこう『デート』という形に拘るのだろうか……」

 これから来るのであろう『待ち人』の文句を呟きながら、待つこと以外に特にやる事もない勇志は、ビルが立ち並ぶ駅前の大通りをぼんやりと眺めていた。

 駅のロータリーから交差点を挟んで向かいにある大型の街頭スクリーンでは、『【Godly Place】ファーストアルバム NOW ON SALE 』とデカデカとコマーシャルが流れている。
 街ゆく人々が足を止め、スクリーンを指刺したり、スマホで写真を撮ったりしている姿が目に入り、勇志は何故か小っ恥ずかしくなって頭を掻いた。

 その後、街頭スクリーンには【kira☆kiraキラキラ】という2人組の女子アイドルユニットのコマーシャルも流れていたので、おそらく音楽関係の宣伝用スクリーンなのだろう。
 こうして、勇志のような手持ち無沙汰の待ち人たちが、街頭の大型スクリーンに見入ってしまうため、宣伝効果は抜群だろう。

 それにしても、【kira☆kira】のコマーシャルが流れた時の人々の反応が、ガップレのそれとは比べ物にならないほど大きい。
 通りがかったほとんどの人が足を止めて、手を叩いたり、叫んだり、中にはCMの音楽に合わせて一緒に踊り出す者もいた。

「【kira☆kira】大人気だな~……」

 先程からコマーシャルが流れている【kira☆kira】は、『月島アキラ』と『星野キアラ』という、女子2人組による歌って踊れる、今をときめくアイドルユニットである。
 その人気は凄まじいもので、2人が一度テレビに出れば歴代の視聴率を簡単に更新してしまうし、新曲を出せばあっという間にミリオンセラーになるほどで、今や日本のみならず世界中で大ヒットしているらしい。
 【kira☆kira】の2人とは以前、音楽番組に出たときに何度か見たことがあって、収録後に挨拶をさせていただいたのだが、このホラー仮面マスクの所為なのか、キアラの方には怖がられ、アキラには「キアラに近寄るな!」とか何とか言われて散々な目にあったことがある。

「やはりアイドルというものは、テレビ越しに見るくらいが丁度いいんだよ、きっと……」
「――お待たせ勇志、待った?」

  アイドルの在り方について考察しているうちに、勇志の待ち人が来たようだ。

「おはよう歩美、大丈夫、俺も今来たところだよ」

 そうお決まりのセリフを言いながら向き直ると、そこにはセミロングの黒髪をポーニーテールにした、いつもと雰囲気が違う歩美が嬉しそうに勇志を見上げていた。

 雰囲気が違うのは髪型のせいだけでなく、服装がいつもよりグッと大人っぽいせいか……
 グレーのニットトップスには白いマウンテンパーカーを合わせて甘さを抑え、膝下まである黒のフレアスカートの間からは、白く澄んだ肌が線の細さを上品に魅せている。
 足元は歩きやすさと雨が多い季節を配慮して、少し底が厚いブーツを履いて、極め付けは、顔バレ防止のための大きめの黒縁メガネが、歩美の小顔を際立ている。
 
 いつも見慣れているはずの歩美の姿に不覚にもドキっとしてしまった勇志は、顔が熱るのを誤魔化すようについ目を逸らしてしまった。

「よろしい、よく出来ました」
「ど、どういたしまして……」
「それじゃあ行こっか!」

 すぐに歩美は勇志の左側に駆け寄り、すっと自分の右手を勇志の左手に重ねて歩き出した。

 今日は『タウレコライブ事件』での埋め合わせとして、歩美とデートをすることになっている。

 今まで歩美と2人で買い物したり遊びに行くことは頻繁にあるが、何故今回は敢えて『デート』と呼称し、わざわざ駅前の噴水公園で待ち合わせにしたのだろうと疑問に思っていた。
 しかし、この時既に勇志の頭の中では(何これ~、デートはいいものだ~)と、考え方が変わってしまっていた。何てチョロい男なのだろうか……

 最近は2人ともガップレの活動が忙しく、プライベートな時間はほとんど取れていなかったため、今日はゆっくり羽を伸ばすつもりだった。

「わー!可愛いぃ~!ほら、これどう?」
「なッ……!?」

 ショッピングモールの入り口すぐにある『ネズミーショップ』で、リボンの付いたネズミー耳のカチューシャを頭に付けた歩美が、勇志の前で小首を傾げるポーズをとる。

「あーもう、何やっても可愛いよ…… 歩美は……」
「え!?う、うん…… ありがと……」

 待ち合わせの時の歩美の可愛さのインパクトが強すぎたせいもあり、今の勇志には大抵何をやっても『可愛い』としか思えない、『歩美可愛い』が絶賛フィーバー状態だった。

 片手で顔を押さえながら、悶えるのを堪えるように話す勇志に、自分で聞いておいて照れる歩美。勇志は世辞が言えない人間だと解っているから尚更だ。そんな初々しいカップルのような光景。

 ※注意――これでも2人は付き合ってはおりません。誤解しなされないようよろしくお願い致します。

「ねぇ、今度はあっちのお店行こっ!」

 いつものペースを乱された歩美は勇志を意識せずにはいられず、距離を置く様に急足で向かいのお店へ向かった。

「そんなに急がなくても、お店は逃げたりしないって」

 勇志には、歩美が久々のショッピングにはしゃいでいるように見えたのか、クスッと笑いながら急がずに後に従った。
 歩美は勇志が追いついて来たことを確認して、相手の顔も見ずに話しかけた。

「ねえ、勇志はさ、私のこと……」
「ん?」

 ふと、歩美の脳内に傷心する時雨に勇志が寄り添う光景が蘇る。

「ううん、何でもない…… 何かお腹空かない!?ちょっと早いけどランチにしよ!」
「実は俺、もうお腹ペコペコリーヌで…… 歩美、何食べたい?」
「うーん、生モノ以外」

 歩美は生モノが苦手である。生魚しかり、生肉も殆ど食べれなかった。

「くっ!?先制で俺の好物の『sushi』を除外するとは……!」

 ちなみに勇志は生モノが大好き、特に鮨は大好物である。基本的に『生』と付けば何でも美味そうと思ってしまう単純思考で、生チョコ、生ハムなど何でもありだ。

「だって、お鮨屋さんだと私、鰻と穴子と、うどんしか食べれないでしょ!?」

 それに『デート』という雰囲気を楽しみたいという可愛らしい女心も関係していた。
 鮨屋がデートに相応しくないというわけでなく、歩美の中でデートといえば、お洒落なカフェでランチして、ふわふわなパンケーキを2人でアーンしたりされたりする、というのがデートであると思っているからだ。

「うむ、確かに鮨屋だと気の毒な気がしてしまうな……」
「そうでしょう、そうでしょう」

 やっと今、勇志にもデートの何たるかがわかってきたのかと安堵したのも束の間。

「これが仮に牛丼屋だったら「わたし牛丼しか食べれないの!」と言われても「それで十分じゃね?」って思ってしまうのは何故だろうか?」
「知らない!そして、話を逸らすな!」

 歩美から少しロマンティックな気分が抜け落ちていった。

「この現象に名前を付けよう、2人で……」
「いいから早く、お洒落なランチのお店にエスコートして!」
「はーい」

 そう言って2人は歩き出した。今度は勇志の方が、歩美の手を繋いで……

 歩美の希望通り、お洒落なカフェでランチを済ませた2人は、その後も映画やCDショップ、楽器屋などを巡り、存分に買い物を楽しんだ。

 楽器屋に立ち寄った際、最新のピアノを弾かせてもらっていた歩美の周りに続々とギャラリーが集まり、プチ演奏会になってしまった時は少し焦ったが、歩美が楽しそうに演奏している姿を見て、勇志は心の底から嬉しかった。

 その後は少し休憩を兼ねて、モール内の『スターダックス』というカフェで、2人して甘々なラテを飲みながら談笑をしているところだった。

「ふぅ~…… たくさん歩き回ったから少し疲れちゃったね」

 1人掛けのソファーで軽く伸びをする様な仕草をする歩美に、周りからの視線が集まるが、それも仕方がないのだろう。
 【Godly Place】の顔としてテレビや雑誌に引っ張り凧なミュアこと歩美は、誰がどう見てもため息が出る様な美貌の持ち主なのだから……

「そうだな、久々にこんなに歩いたよ」

 本人は割り切っているが、そういった視線の類に慣れていない勇志は、視線の主たちにひと通り睨みを利かせてから運動不足で鈍った足を摩りながら歩美に答えた。

「たまには、いい運動になったんじゃない?」
「体育の授業だけで十分だと思いたい……」

 真面目に体育の授業を受けていれば、確かに運動不足ではないのだろう。しかし、勇志に限って真面目に体育の授業を受けているなどありえない。
 彼は自身の特技は『上手に手を抜ける』ことだと思っている。実際には『手を抜くことを全力で頑張っている』とでも言うのだろうか。
 そのため、見る人が見れば手を抜いていることなど火を見るよりも明らかだった。

 もちろん、歩美にも筒抜けになっているとはつゆ知らず、勇志は「それにしても」と話を続ける。

「歩美はまだ余力がありそうだけど……」
「歌と体力には自信があるの」

 「えっへん!」と、豊かな胸を張って答える歩美だが、目のやり場に困ってしまう。
 歩美はガップレの活動がない日は、新体操部に顔を出し、身体の柔軟さと体力の向上に勤めていらしい。
 だから、休憩としてカフェに立ち寄っているのも、自分に気を遣ってくれているのだろうと勇志は理解していたし、そういうさりげない優しさが歩美の魅力の1つだということもよく分かっていた。

「ほんと頼もしいな、歩美は」
「もう! 勇志の方が男の子なんだから頼もしくないと困るんだからね?」
「うっ…… 面目無い……」

 勇志の申し訳なさそうな顔をみて歩美がプッと小さく吹き出し、それに吊られて勇志も笑ってしまう。
 2人にとって心から笑い合えるこの光景は、見る者にとっては「何をイチャイチャしやがって」とか、「全身がなんかこうムズムズする」といった類の嫉妬や焦ったさを感じてしまうものだろう。

 「歩美、いつもありがとな……」
「え? どうしたのよ、急に」

 突然の「ありがとう」に驚いた歩美が、飲みかけていたラテをこぼしそうになるのを何とか堪えて勇志を見つめる。

 「歩美を守ってやらなきゃと思ってたのが、いつの間にか歩美に面倒見てもらって、俺はもう歩美なしじゃ生きていけない気がするよ……」

 満点の星空と町の灯りを背景に、悲しみを歌に変えて歌う歩美の姿がまぶたの裏に蘇る。
 鮮烈に脳裏に焼き付いた記憶は、2人にとって人生を変える大きな出来事だった。

 「私は勇志のおかげで今こうしていられるんだよ?」
「大袈裟だよ……」
「勇志はいつだって私を救ってくれる!私だけじゃなくて、他の誰でも…… 私はそんな勇志を独り占めにしたいだけ!」
 「違う……!俺はそんな良い人間じゃ――」

 勇志が言い終わるより先に歩美の携帯が着信を知らせた。
 その音に遮られて、もうお互いにそれ以上を話すことはできなかった。

「もしもし桐島です。仕事……? 今日ですか?  はい、はいわかりました。 夕方からの生放送ですね。今、勇志と一緒にいるので、私から伝えておきます。はい、じゃあまた後で」
「水戸さんから?」
「うん、今日の夕方からの音楽番組に出演が決まったって。当初出る予定だった海外の大物アーティストが、ドタキャンした穴埋めみたい」
「なるほど、了解……」

 このままデートを楽しみたいという気持ちはお互いにあったが、歩美は【Godly Place】という極一部のみが知る秘密を、勇志と共有している愉悦感に依存しつつある。
 そして勇志は、自分自身で背負った十字架、その贖罪のため、出演を断るという選択肢は無かった。

「夕方からなら、ここから直接テレビ局に向かった方が早いな。もう少し時間を潰してから行くか?」
「そうね、そうしましょう!でも、本当はこの後ももっと私とデートを楽しみたかったとか?」
「うーん、そうだなー…… 考えてみればデートなんて初めてだから、この後はどういう流れになるんだ?」

 小悪魔のような顔を覗かせていた歩美が、一瞬で真っ赤に茹で上がる。『この後』つまりデートの終盤、ムードも高まった2人は、お互いに求め合うように唇を……

「――勇志の…… えっち……」
「えぇ!?何で!?」
「もう知らない!」

 歩美はいったいどこまで想像してしまったのだろうか。彼女も大人っぽく見えるが、やはり年頃の女の子なのだろう。
 それに比べて勇志の鈍感さは筋金入りである。この歳まで勇志がろくに女子とデートをしていないのは、歩美が勇志に近付く女子たちを遠ざけていたというのが大きい。
 その殆どは、歩美が何かすることもなく自分たちから身を引いていったのだが、その理由は「歩美と同じ土俵に立てる程自惚れていない」と言った具合だった。
 そんなわけで、勇志の鈍感さは歩美にもその責任の一端があるのかもしれない。

「何か変な汗かいちゃったから、ちょっと御手洗いに行ってきます!」
「了解、じゃあ俺はこの辺にいるよ」

 会話を切り上げるように席を立った歩美を見送りながら、勇志はひっそりと抱いていた野望を実現させるために動き出すことにした。
 歩美の背中が見えなくなった瞬間、勇志は物凄いスピードでカフェを飛び出し、近くのゲーセンに駆け込んだ。
 歩美とお店を回っている際に、チラリと視界の端に映ったのを見逃さなかったのだ。
  歩美が早く戻って来ても大丈夫なように、『ゲーセンにいる』と短くメールを送信する。抜かりはない!

「待たせたな……!」

 そして今、勇志はあるアーケードゲームの前に立っていた。

「ソロモンよ、私は帰ってきたッ!!」

 ああ、懐かしき我が愛しのゲームよ! その名も『戦場の友情』

 『戦場の友情』は3対3で戦うロボット戦略アクションゲームだ。
 その特徴は、なんといっても最近話題のVRヘッドセットを使った「リアルにコクピットに乗っている体験ができる」というところだ。
 無論、リアルロボット系に目がない勇志は現在このゲームにドハマりしていて、このゲームに青春を捧げているといっても過言ではない。
 最近はガップレの活動が忙しくてなかなかプレイできなかったのだが、歩美がトイレに行っている間に1回プレイするくらいならバチは当たらないだろう。

 早速、ドーム型のコクピットをイメージしたゲーム機に乗り込み、カバンからICカードを……  しまった、家に忘れてきた!なんという不覚!
 しかし、それでも男はやらなきゃならない時があるのだ! と、自分を奮い立たせながらコインを入れ、ヘッドセットを装着する。
 IDカードがあれば、様々な機体を選ぶことができ、さらにそれらを自分で好きなようにカスタマイズすることが可能というわけだ。 夢が広がる、まさに可能性の獣です。
 そういうわけで、今回は初期設定の機体しか選べず、カスタマイズもできないが、たまには初心に帰るのも悪くない。とりあえずスピードタイプの機体を選び、スタートボタンを押した。

「ほほう、早速挑戦者チャレンジャーが現れたようだ」

 まだ待機画面だというのに、早速、他のプレイヤーからの店内対戦の申し込み要請が入った。
 相手は1人、サポートのCPUはなしか、本来3対3で戦うのが主流だが、こういった戦い方もできるのがこのゲームの魅力のひとつだ。

「まあ相手からしたら、カスタムなし名無しの奴に合わせて「ハンデをくれてやったぞ」と、いったところか。」
「ここは相手の気遣いに甘えさせていただこう、何せ戦争にズルいもヘッタクレもないのだから!」
「さてさて! 久しぶりで腕が鈍ってないか心配ではありますが、やれるか?」

 ※注意―― 彼は1人でしゃべっています。

「入月勇志、行きまーすッ!!」
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