神官の特別な奉仕

Bee

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スーシリアム神皇国

37 祈りの儀式の日での邂逅

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 今日は月に一度の王城での祈りの儀式の日。

 神殿から神官らが集い、城の祈りの間で儀式が行われるのだが、アンバーはその儀式ではじめてノーマを見つけた。

 ノーマはこれまで神殿から出ることは許されず、今日のような公式の儀式の日でも参列することはできなかったのだが、今日は他の見習い神官とともに登城することを許されたようだ。

 広間に揃いの角帽の神官服が居並ぶ中、よく見つけたなと自分に感心する。あの陶器の人形のような横顔が目に留まったときは、儀式の最中だというのに思わず立ち上がってしまいそうになった。

 久々に見るノーマは髪も伸び、なにやら少しやつれているようにも見える。
 下段にいる彼のほうからなら、こちらを見つけることは容易いはずなのに、なぜか向いてくれない。

……アンバーにはそれがすこし歯痒かった。


 儀式が終わり、大神官を筆頭に神官らが祈りの場を後にする。

 列をなして祈りの場から出ていく者らを目で追いながら、アンバーも足早に外に出た。扉から出る際に列から目を離したせいでノーマの姿を一瞬見失ってしまったが、頭上から天窓の光を浴びた広い廊下の向こう、神官らに囲まれ歩く彼の姿を再び捉えた。

「ノーマ!」

 アンバーの呼ぶ声にノーマがハッと立ち止まり、こちらを振り向く。
 あんなに短かった髪が耳にかかるくらいになっている。根本の黒い部分はシルバーの髪にすっかり覆われ、ここからでは黒い髪はもうほとんど見えない。

 アンバー自らが近寄ろうとすると、ノーマの隣にいた神官が何やら彼に囁き、それに頷いたノーマがその者に一礼し、こちらに進み出てきた。

「お久しぶりでございます。……アンブリーテス様」

 そう堅苦しく挨拶をすると、腰を折り深々とお辞儀をした。

「ノーマ。そういう堅苦しい挨拶は必要ない」
「……そういうわけには参りません。私はまだ見習いの身でございます」

 恋しい者と久方ぶりに会ったというのに、強張った体に硬い表情。

 ————今のノーマはまるであのサリトールの地でディー神官と名乗っていた頃のように、アンバーから距離をとり離れようとしている。ノーマの心までが離れてしまうようで、不安にかられた。

「ノーマ、俺はお前と距離をとるつもりはない。二人でゆっくり話せないか」
「……アンブリーテス様、二人で、というのは今は無理でございます」

 神官は見習いであるうちは、プライベートであっても勝手に時間を使うことは許されていない。
 ノーマがやや俯き加減になり、神官服と揃いの角帽子で顔が少し隠れてしまう。ノーマの顔をもっとみたいのに彼は顔をあげようとしない。

「俺の部屋に呼ぶ」
「それは……ご命令であればおそらくは」

 本当はそんな命令などしたくはない。恋しい者と話すのに、そんな命令を下すなど馬鹿げている。

 ……しかし今はそれをしないとノーマとゆっくり話すことすらできないのだ。

 その時廊下の向こうからノーマを呼ぶ声が聞こえた。
 ノーマはその声に反応し、顔を上げた。

「アンブリーテス様、ダイジュ監督官が呼んでおりますので、私はこれで」
「ダイジュ……? ダイジュとはあの審査会で……」

 大恥をかいてノーマに嫌がらせをしている張本人でなかったかとアンバーが言い淀むと、ノーマが急に声を荒らげた。

「アンブリーテス様! ダイジュ監督官に失礼です。もう2度とあの審査会の日のことは言わないでください。失礼いたします」

 それだけ言い放つとノーマはアンバーに背を向けて、神官の列へと戻って行った。

 急に怒り出したノーマに呆気にとられ、呼び止めることすら叶わず、アンバーはただ彼が去っていく後ろ姿だけを眺めることしかできなかった。

 列に戻ったノーマが一人の神官と声を交わしている。おそらくあの男がダイジュ監督官なのだろう。審査会で見た顔などとっくに忘れていたアンバーに向かってダイジュは会釈をすると、ノーマを連れて神殿へ戻って行った。

 久方ぶりに会ったというのに、アンバーはノーマを怒らせてしまったらしい。

 人に固執しないノーマは、普段他人に対して怒りを向けることなどなかった。それなのに。ノーマの感情の変化が自分ではない相手に向けられていることが、アンバーには堪えた。

 サーシャから聞いた話ではノーマはあのダイジュとかいう者から嫌がらせを受けていたはず。それが一体何があって変わったのか。

 だがこうして外に出られているということは、待遇も良くなってきている証拠でもある。

 それはたぶんノーマにとってとても良いことだ。——分かってはいる。分かってはいるが、アンバーは素直に喜ぶことができなかった。



    △△△



「ノーマ殿、アンブリーテス皇子とお話ができましたか」
「……いえ、せっかくお許しを頂いたのに、うまく話すことができませんでした」

 列に戻ったノーマはダイジュに頭を下げつつ、ついさっきしたばかりのアンバーとの会話を後悔していた。

 いや、後悔したのは自分の態度だ。アンバーはせっかく旅をしていた頃のように話をしようとしてくれていたのに、ノーマが自分でそれをぶち壊したのだ。

 アンバーが声をかけてくれたことが、本当はすごく嬉しかった。しばらく会っていなかったし、顔すら見る機会もなかったのだから。懐かしいあの声が自分を呼んだことに身が震えるほど嬉しかったのに。

 ————でもいざ彼の姿を見るとそんな気持ちは心の奥底で固まってしまった。

 たっぷりと艶やかな黒髪は後ろで緩く編み込まれ、逞しい体には褐色の肌に映える細かい刺繍の入った白い長衣。光さす王城の廊下に立つその優雅な姿は、まさしく皇子そのもの。

 旅の時のような、くたびれた庶民の服でも無造作な総髪でもない。そしていつも身につけていた杏の実の入ったあの革袋なども、今の彼には不要なものだ。

 もうあの自由な旅は終わったのだと、嫌でも思い知らされた。

 ————彼はもう自分が甘えても良い人物ではないのだ。

「ノーマ殿、まだアンブリーテス皇子がこちらを見ておられますよ。良いのです?」

 ダイジュが廊下の向こうに立っているアンバーを気にして会釈をしたが、ノーマは振り向かなかった。

 アンバーが人を悪く言うはずがないのに、審査会という言葉が出た瞬間、ノーマはダイジュのことで反射的に怒ってしまった。すぐに謝ればよかったのに、怒りに任せてその場を離れてしまったので謝る機会すら失ってしまった。今更振り向けるはずがない。

 ————きっと部屋に呼ぶと言っていたこともなしになるだろう。

(スルトに会いたい)

 こういう時、スルトが一番頼りになった。彼は意固地なノーマの気持ちを優しくほぐし、寄り添ってくれる。そんな人だからサーシャも心惹かれたのだろうとノーマは思った。

(サーシャ様はスルトに会えたのかな)

 そのことも本当はアンバーに聞きたかったのに。

 サーシャのことは神殿でたまに見かけるが、彼もまた旅の時とは佇まいが違う。スルトはどうしているのか、それだけでも聞きたいのに、険しい顔つきで威風堂々とした神兵服姿の彼は近寄り難い。

 ————いつかまたあの頃のように会えるだろうか。

 ノーマは本当は泣きたい気持ちなのに、その感情はアンバーへの思いと共に心の奥底に閉じ込め、神殿へと戻った。
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