神官の特別な奉仕

Bee

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スーシリアム神皇国

38 ノーマの芳しくない治癒の訓練

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 王城から戻り、夕刻の祈りの時間の後、ノーマはダイジュの部屋へ向った。

 ダイジュとは、ノーマの治癒力訓練による成果の確認とアドバイスのために、こうして定期的に彼の部屋で会っていた。

「では本日も始めましょうか、ノーマ殿」
「はい。宜しくお願い致します」

 ダイジュとノーマはいつも通り中央のテーブルを挟んで座ると、ダイジュがテーブルの上に手を置き、その上にノーマが手を重ねた。

 ダイジュは以前力になると言ってくれた通り、こうしてノーマのために時間を割き、訓練の成果の確認をしてくれ、さらにコントロールについてアドバイスをしてくれる。
 今日もノーマが訓練した成果を確認するため、ダイジュが実験台になってくれている。

 ノーマは目を閉じ、力を集中させた。

 ここに来る前に比べ、ノーマはだいぶ力のバランスをコントロールできるようになってきていた。

 サリトールでマクシムが起こした誘拐事件で、暴力をふるわれたスルトに行った治癒。あの時自分なりに頑張ってコントロールできたと思っていたが、実際は本来の治癒力までも抑制されてしまっていたのだと、今なら分かる。

(今ならもっと早くに痛みをとってあげられていたはずなのにな——)
「ノーマ殿ストップ」
 ダイジュから中止の声がかかり、ノーマはハッと顔をあげた。

 なぜストップがかかったのか。それはダイジュの顔を見れば一目瞭然だった。——ノーマは治癒のコントロールを失敗したのだ。ノーマはさっと手を離した。

「ノーマ殿、これ以上は私の身が危険です。今日はあまり集中できていないようですね」

 ダイジュの目が熱っぽく潤み、頬が少し赤らんでいる。明らかな性的興奮の発現。確実に失敗だ。
 なぜだろう。今日はいつも通りできていたはずなのにとうなだれ、手を机の下で握りしめる。

「も、申し訳ありません……」

 ダイジュは額に手をやり、しばらく昂ぶりが大人しくなるのを待つと「お待たせ致しました」と体勢を戻した。性的なものに対し淡白なダイジュは、昂っても治めるのが早い。

「治癒の最中に他のことを考えるのは頂けません。もう少しでまた審査会のときの無様な失態の二の舞です。それとも私に襲われたいですか? 一体何を考えていたのです」
「申し訳ありません……! あ、あの以前いた街でのことを……ちょっと」

 それを聞いて、ダイジュは「ああ、あの」と眉を片方だけ持ち上げた。

「なるほど。今日アンブリーテス皇子にお会いしたから里心でもつきましたか」
 その指摘もあながち間違いではない。

「……あの、アンブリーテス様以外にも会いたい方がいまして。以前その方を治療したことを思い出しておりました」
「その時はうまくできたんですか?」
「できたと思います。怪我が酷かったのでなるべく負担にかからないよう注意もしました」
「それで? 不躾ですがその時、アンブリーテス皇子とは? 仲良くされていたんですか?」
「……え!? 仲良く……あ、まあ、はい……」

 急なダイジュの無茶振りに、ノーマは一瞬言い淀んだが、ダイジュの顔は至って真面目だったので正直に答えた。確かにあのとき大変だったが、……仲良くはしていた。

「ふむ。なるほどなるほど。ちなみに今日はアンブリーテス皇子とはちょっとした行き違いがありましたよね? その後何かフォローはありましたか?」

 ノーマはその質問にすぐには答えられなかった。
 確かにそのあとにアンバーからすぐにフォローがあった。しかしそれはノーマにとってちょっと落胆とも言えることだったからだ。


 ————王城から神殿の自室に戻ったあと、実はノーマの元へアンバーの侍従が使いでやってきた。

 彼は皇子からの詫びの品としてぜひこれを受け取って欲しいと、とてもきれいな錦の布の袋をノーマに渡してくれたのだが、その肝心の中身というのがあの、ノーマの好きな杏の干したものだった。

 確かに杏の実は最初にアンバーから貰ってから好物になったものだが、ノーマが娼館でいつもそれをねだったのは、単に好物だったからというわけではなく、アンバーから手ずから貰えるからにほかならない。
 娼館にいた時だって本当は自分で買おうと思ったら買えたのだ。たぶんその時のノーマの気持ちは、スルトなら気付いていたはず。

 やはり自分の想いはアンバーには届いていないのかと、さらに落ち込んでいた。

「……フォローはありましたが、ちょっと的外れでさらに落ち込みました」

 ノーマのあけすけな答えに、ダイジュはプッと吹き出すと下を向いて笑いを堪えていたが、「なるほどなるほど」と合点がいったというふうに何度も繰り返していた。

「ノーマ殿、あなたはどうやらアンブリーテス皇子との気持ちのやりとりが必要なようです」
「はい?」

 ダイジュはごほんと咳払いをすると、笑いを落ち着かせてから真面目な顔でノーマに問いかけた。

「ノーマ殿、あなたがここに来た時、まことしやかに流れていた噂があります。"皇子が偽神官に体で籠絡された"と。まあ籠絡されたかどうかは意味合いとして事実無根だとしても、アンブリーテス皇子はあなたを宮に囲うつもりではありました。これは事実です。それを踏まえると、あなたとアンブリーテス皇子との間にそれなりな関係、はっきり言いますと肉体関係があったと推測しています。これは間違いないですか?」
「は、はい……」

 ノーマは恥ずかしかったが、ダイジュが何を言いたいのか気になり、正直に答えた。

「しかし、はっきりと"恋人"ではない。これは私の憶測ですが、当たってますよね?」
「……恋人とか、その、好きだとかそういう言葉は当てはまりません」
「………それはノーマ殿が、ですか? それともアンブリーテス皇子が? それともお互いに?」
「…………」

 今ここではじめてダイジュからの指摘でノーマは気が付いた。このもやもやの正体に。
 ノーマは彼との関係はただの成り行きに過ぎないと思っていた。たまたま自分のことを助けた者の情けのようなもの。お互いの性欲の発散。捌け口。
 そして、アンバーがノーマを慰める手段のひとつ。彼が自分に与える杏の実のようなものだと。

 皇子と知ってからは尚のこと、これは彼のきまぐれだ。いつまでも独り占めできる人ではないと、そう信じ込もうとしていた。

 だから、最初にそばにいるだけでいいと言ったのは自分だ。ここに連れて来てくれるだけでいいと。そのときはそれでいいと思っていた。
 だって彼からノーマに愛の言葉を囁かれたことなど、一度もないのだから。愛されていると思うなど勘違いも甚だしい。


 下を向き黙るノーマを見て、ダイジュはやれやれと額に手をやった。

「やはりここですね。はっきりさせたほうが良いでしょう! 私としてはあなたの訓練の妨げになるようならば、アンブリーテス皇子には接近禁止令を出したいくらいですよ、まったく」

 ダイジュは研究者として、ノーマへの訓練という名の研究の妨げになる"アンブリーテスへの気持ちの揺らぎ"という障害を手っ取り早く排除したいらしい。

「え、でも皇子とそういう関係であることが表沙汰になるのはまずいのでは……私も見習いとはいえ神官ですし」
「今更何を言っているんですか? 神に仕える者に婚姻や出産は無理ですが、恋愛は問題ありません! むしろ我が偉大なるサスリーム神は愛に寛大ですよ! お忘れですか? ノーマ神官見習い殿」

 そう言うとダイジュはいたずらっ子のように片目をすがめ、笑ってみせた。


 それからダイジュは神官長を説得し、アンバーとノーマの謁見について許可を取り付けてくれた。
 おおよその事情を知っている神官長は、仲を取り持つよりも皇子との縁を切らせたほうが早いと最初は渋ったが、このままノーマが役立たずのままでも困るので、仕方がないと最後は渋々許可をくれた。


 しかし謁見はすぐには皇子側に申請が通らず、公務多忙によりスケジュールの調整が難しいため半月後まで待つようにとの連絡があった。
 当然ながらアンバーが私室に呼ぶと言ってくれていたことについても声がかかることなく、ただ日々過ぎた。


 そんなとき、たまたま公務で視察に向かうアンバーを目にする機会があった。

 王城に用があり馬車回付近を神官数人で歩いていたときだ。ちょうど視察に出る時間だったらしく、馬車回ばしゃまわしには王家の紋の入った立派な装飾の馬車が用意され、その周囲を護衛の神兵らが囲んでいた。馬車の前には緋色のマントを羽織ったサーシャの姿もあり、優雅な衣装に身を包んだアンバーと何やら話をしていた。

 神殿でアンブリーテス皇子と言えば憧憬を抱く者も多く、このときも同伴の神官らは足を止めて皇子然とした彼の姿に見入っていた。当然ノーマも彼のことが気になり、一緒になって馬車に乗り込むところを見ていたのだが……。

 ノーマは見なければ良かったと後悔した。

 馬車の前で待つアンバーの前に現れたのは、眩いばかりに美しい女性。
 ノーマの目の前で、アンバーは城から現れたその美しい女性の手を取り、馬車に乗り込んだのだ。

 アンバーと同じ艷やかな褐色の肌に、ノーマの地味な銀の髪とは対照的な日の光に燦々と輝く見事な金の髪。
 ひどく親しそうな様子で彼にまとわりつき、アンバーにエスコートされることがさも当然かのように手をとられ、彼女はアンバーと一緒に馬車に乗りこんだ。

 そうして全員が乗り終えたところで、侍従によって扉を閉められた馬車は、神兵らの騎馬に囲まれ、そのまま王城から走り去っていった。

 美しい衣装に身を包んだ優美な女性の隣に立つアンバー。

 いかに自分が不釣り合いか。いやでも思い知らされる。

 ノーマはひどく惨めな気持ちになった。

 あまりに動揺し、同伴の神官らが口々に彼女の噂を囁いていたにもかかわらず、それがノーマの耳には入ることはなかった。

 ————その日の治癒の訓練は、ダイジュが頭を抱えるほどぼろぼろだったことは言うまでもない。
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