降嫁した断罪王子は屈強獣辺境伯に溺愛される

Bee

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42 キャラバンの市 1

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 ローレントがガーディアスの補佐として領地運営に携わるようになってしばらくして、先触れのとおりキャラバンがサルースへと到着した。
 
 城の広い庭いっぱいに市が立ち、これまで静かだった城が、俄然騒がしさに包まれる。
 
 通常城の内郭に部外者は入れない決まりだが、城に必要なものを買い付けるという名目があるため、このキャラバンに限り1日だけ内郭内での商売を許している。
 
 何しろ品数が多い。キャラバンの人数も多いが、それ以上に品数が多く、全部を見定めるには結局のところこれが一番ラクなのだ。
 
 そしてせっかくこれだけの市が立つのだから、城の使用人も好きなときに自由に市を見て回ってもいいことにしている。
 
 普段買い物をしようにも、物資の乏しいこのサルースではたいした買い物などできるはずもなく、せっかくの給金を持て余している者も多い。この日ばかりはみな財布を握りしめ、他国の珍しい品々を眺めながら、楽しそうに嗜好品を買い求めている。
 
「領主様。お久しゅうございます」

 ガーディアスがサシとともに備品に必要なものを物色していると、頭に小さな茶色のワッチ帽を被った年老いた男が声をかけてきた。
 
「ロニ殿! 今年もご無事な姿を拝見し、安心した」
「恐れ入ります。今年もこうやって寛大に受け入れていただき、我々も感謝しております」

 老齢の男はしっかりとした口調で、片手を胸にやり深々とお辞儀をした。
 
 このロニと呼ばれた男は、このキャラバンを束ねる商隊長だ。

 ガーディアスがサルースに移住したばかりの頃、安全な野営地を求め、偶然この地に立ち寄ったのがこのロニ率いるキャラバンだった。
 
 移住当時は本当になにもなかったサルースのために衣服や生活用品などを調達してくれたり、このあたりでの生活するために必要な知識を与えてくれたりと、なにかと世話になった人だ。
 
 だからガーディアスもこのロニ老人には、それなりの礼節をもって接している。

「今年も見事な品揃えだな。この量の品を持ってよく長距離を移動できるなと、いつも感心する」

 所狭しと並べられた凄まじい数の商品群をざっと見渡して、ガーディアスが称賛の声を上げると、ロニ老人は「滅相もない。そういう商売ですので」と謙遜した。
 
「ところで、今回必要な品々の目録はおありですか」

 ロニ老人の問いに、ガーディアスの隣にいたサシが、持っていた紙の束をさっと差し出す。
 その紙を受け取ったロニ老人は、メガネを取り出すと、ピントをあわせるためメガネを前後に動かしながら、ゆっくりとリストに目を通していった。

 「いつもお買い求めいただく品々は、事前にこちらで準備させていただいておりますゆえ。お品物はあちらのテント内に置いてございます。そしてこちらの品々は――」

 そして数枚紙を捲り、今度は違う場所を迷いなく指さす。

「あのあたりの店に多くが置いてございます。数が多ゆうございますので、よろしければ私どもで揃えさせていただきますが」
「そうか。そうしてもらえると助かる。サシ。ラミネットとあのテントへ行き、手分けしてこのリストのものが揃っているか確かめてくれ」
「承知いたしました」

 一礼後、サシが小走りでラミネットを呼びに向かうと、その後をロニ老人の後ろに控えていた若者が追っていく。そしてその間ロニ老人も、もう一人いた若者にサシから手渡された残りのリストを渡し指示を終えると、またガーディアスのほうに向き直った。

「ほかにご入用のものはございますか? いつもお選びいただく煙草もご用意しておりますが」
「ああ、それも貰おう。それといつもの香水はあるか」
「ええ。あちらに。前回と同じものをご用意しております。他の香りもございますが、同じものでよろしいですか」
「ああ、それでいい。それ以外に……。そうだな、なにか珍しい菓子などはあるか」

 留守番のローレントのために、ガーディアスはなにか珍しいものを買い求めようと考えていた。そのひとつが菓子だった。
 ローレントを迎えにいくには、まだ時間がかかる。その間のご機嫌取り用だ。
 
「菓子……ですか」

 ふむと老人は顎に手をやり考える素振りをすると、「しばしお待ちを」とその場を離れ市の中に消えると、しばらくして戻ってきた。

「今年は大陸の東側を巡ってきたのですが、そこでかような愛らしい砂糖菓子を買い付けました。王都でも貴族のご令嬢に好評でしたので、お贈りする方もお喜びいただけるかと」

 ガーディアスは贈り物だと一言も言っていない。だが老巧なロニ老人にはお見通しのようだ。
 
 老人は、手のひらに包み込むように乗せたものをガーディアスに見せた。
 箱は地に文様のある美しい光沢の白い布で覆われ、老人が結び目を解くと、布はさらりと滑るように老人の手のひらに落ちた。
 現れたのは、黒く光る小箱だった。
 箱にはところどころ小さな花の模様が描かれている。この国では見られない文様の描かれ方で、とても異国的だ。

「こちらの箱の塗料には、珍しい木の樹液からとった特別な染料が使われております。大変貴重なもので、中にはこのように儚げな砂糖菓子が」

 そう言いながら慎重に蓋を持ち上げると、丸めた淡いピンク色の薄紙が現れた。続いてその薄紙を取り除くと、下からこれまた淡い色で小さな花の形の菓子が現れた。
 それはまるで子どもが遊ぶおもちゃのようで、一見菓子には見えない。ガーディアスはよく確かめようと、顔を近づけて箱の中を覗き込んだ。

「これが菓子なのか」
「はい。花の形に固められた砂糖菓子です。硬いようで脆く、口の中に入れるとあっという間に溶け、なめらかな舌触りに変わります。あちらの国でも高貴な姫君が食する菓子だとか」
「硬いようで脆いとは、不思議な菓子だな。アレも気に入りそうだ。ではそれを貰おう。支払いは俺個人のほうにツケてくれ。あとでまとめて払う」
「畏まりました。他にはなにかご希望はございますか。異国の珍しい布やドレス、宝石もございますが、ご覧になりますか?」

 話の流れから、ロニはガーディアスにができて、贈り物を探していると勘づいたようだ。だが残念なことに、相手は女性じゃない。
 
 もちろんドレスだろうが宝石だろうが、なんであろうと美しいあの男に似合わないものはない。が、女性が好むものなど喜びはしないだろう。

「ありがたいが、ドレスや宝石は必要ない。ほかに本や楽器などは……――」

 そう言いかけ、ふと人影が目に入った。それが誰か気がついたガーディアスはギョッとし目を見張ると、ロニに「少し失礼する」と言いその場を慌てて離れた。

 そして人混みの中、ガーディアスはフードを被った男の襟首をむんずと掴むと、なかば引きずるようにして木の陰に連れていく。
 本当は大声を出したいところだが、周囲を気遣って、怒気混じりの声でヒソヒソと喋る。
 
「……ローレント。お前、何をやっている」

 なんと城に残っていたはずのローレントがそこにいた。
 深々とカーキ色のマントのフードを被り、顔は見えないようにはなっていたものの、チラッと目の端に写っただけで勘の良いガーディアスには丸わかりだった。

 ガーディアスが腕を組み睨みつけるが、当のローレントはツンとそっぽを向いている。
 「あんまりにも外が賑やかでさ。それなのにひとりで事務作業なんかできるわけないだろ」
「お前な。仕事は、自分がやると言ったんだぞ」
 
 ガーディアスはイライラと頭を掻く。
 
「それにどうやって外に出たんだ。扉には衛兵がいただろう」
「いたさ。でも出られたんだ」

 ローレントも負けじと腕を組み、ツーンとそっぽを向く。そしてチラッと今にも怒鳴りだしかねないガーディアスを横目で見ると、プッと笑い、降参と両手を軽く上げた。

「約束を破ってすまなかった。でも僕が勝手に出たわけじゃないんだ」
「……どういうことだ?」

 眉を寄せ訝しげにローレントを見る。

「僕が執務室でひとりで仕事をしていたら、ちょうど君の副官が来てさ」
「まさかランドスか?」
「そう。彼が軍部の報告書を持ってきたんだ。そうしたら『なんでひとりで仕事してんすかー?』って。マントを貸してくれて、連れ出してくれたんだ」
「は? なんだと!?」

 たしかにランドスのやりそうなことだ。
 それによく見ればそのマントも、ランドスが日除けとしてよく身に着けているものだ。
 
 はーっとガーディアスは呆れと怒りで大きなため息を吐いた。

「で、あいつはどうした。まさか自分で連れ出しておきながら護衛もせず、ほっぽりだしたわけじゃないよな」
「さっきまで一緒だったんだけどね。君に見つからないようにコソコソ移動してたんだけどさ、ラミネットを見つけたとか言って、僕を置いて走って行ってしまったんだ。連れてきてくれるのかと思って待ってたんだけど、一向に戻って来なくてさ」
 
 どう考えても、確信犯だ。ガーディアスが嫌がると分かってやっているのだ。
 しかも自分は意中の男を見つけ、ちゃっかりデートに誘おうとローレントを置いていった無責任さ。
 我が副官ながら、呆れたやつだ。

「ランドス、あとで覚えてろよ。……ローレント。俺はまだやることがあるから、今お前に付きそうことはできん。ひとまずお前を城に送ろう」
「分かったよ。でもこんな人混みにひとりで出たのは初めてでさ、すごく楽しかった。ランドスには礼を言わなきゃな」
「つけあがるだけだ。礼などいい」

 つっけんどんな物言いに、ローレントは「君たちは、本当に仲がいいんだな」と、声を潜めながらふふっと笑う。

「君は体が大きくて目立つだろ? ランドスが君に見つからないように、隠れながら移動するんだ。君に見つかると終わるとか言ってさ。まるで子どもみたいで、それがとてもおかしくてさ」
「あいつは、そういうふざけたことをするのが趣味なんだ」
「僕は彼に嫌われているかと思っていたけど、そうでもないみたいだ。ああ、そうだガーディアス。今日チラッと見たものの中に、興味のあるものがいくつかあったんだ。あとでゆっくり見たいな」
「ああ、分かった。何が見たいんだ」
「望遠鏡だ。みんな楽しそうに覗いていた。僕も覗いてみたい。あと、あっちでゲームをしている者たちもいた」
「ボードゲームだな。お前でもゲームなんかやるのか」
「陣取りゲームは、戦略を練る練習にもなるからな。昔は結構やった」
「それなら暇つぶしにでも、今度やるか」
「ふふん。負ける気がしないな」
「ははっ、どうだか」
 
 ガーディアスは周囲の視線から隠すようにローレントの肩を抱き、そんな他愛もない会話をしながら、城のほうに歩き始めた。

「領主様。こちらにいらっしゃったのですね」

 急に姿を消したガーディアスを探していたのか、前方からロニ老人がやってきて声をかけてきた。ガーディアスはしまったと思い、とっさにローレントを背後に隠そうとしたが、もう遅かった。
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