降嫁した断罪王子は屈強獣辺境伯に溺愛される

Bee

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45 なにがあった?

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 ローレントが宴をこっそりと抜け出してすぐ、ガーディアスが隣にいるはずのローレントがいないことに気がついた。
 だがラミネットが少し遠くの皿の前で料理を取っているのを確認すると、ローレントも一緒にそこへ付いて行っているのだなと思い直した。ラミネットといるなら安心だ。

(まったく。俺の横から離れるなと、あれだけ言っておいたのに)

 戻ってきたら、料理はラミネットに任せてお前はここに残っていろと、強く言い含めるつもりだった。しかし実際に席へ戻ってきたのは、ラミネットひとりだった。

「ローレントはどうした。お前が一緒じゃなかったのか」
「え? いえ、私は料理をとりにひとりで…………。ま、まさか…………!」
「……どうやらそのまさかだ」

 呆れた声のガーディアスに、ラミネットはしまったとばかりに肩を落とし項垂れた。

「なんてこと。私がいない隙に、勝手に席を立ってしまわれるなんて……!」
「俺も今気がついたところだ。用を足しにでも行ったのだろうとは思うが……。サシ、お前にもなにも言わずに行ったのか」
「私も、先程まで他の方とおしゃべりをしておりまして……」

 ラミネットの向こうで、酒の入ったカップを手にしたままサシも戸惑いの表情を浮かべ、悪くもないのに申し訳ありませんと謝った。

「まったく。なんであいつはそんなに人の隙をつくのがうまいんだ。……まあいい。酔いざましにそのへんを歩こうと思っていたところだ。散歩がてら探してくる」

 では我々もと立ち上がろうとする2人を、ガーディアスは片手を上げて留めた。
 
「お前たちはここに残れ。俺と入れ違いでローレントが戻ってくるかもしれんからな。そのときはしっかり捕まえておいてくれ」

 そしてすぐ隣に座るロニ老人に、小声で「聞こえていたと思うが、ローレントがいなくなった。少し俺は席を外す」と告げた。すると話の一部始終を聞いていただろうロニが「では私も一緒に参ります」と立ち上がる。

「おひとりで長時間席を不在にするよりか、2人揃って酔いざましの散歩に出たと言えば、周囲もさほど不思議に思いますまい。それに私は夜目がききますので、お役にたてるかと」

 ロニの手を煩わせる必要もないと考えていたガーディアスだったが、そのロニの言葉に納得した。
 
「すまないなロニ殿。宴の途中だというのに」
「いえいえ。腹ごなしにも丁度よい頃合いでございました」

 2人は何気ないふりを装い、宴の輪から離れる。

 一番考えられるのは、城へ戻ったという可能性だ。
 ローレントがよく知る場所は、城かあの塔しかない。まずは城の衛兵に確認するのが先決だ。

 ガーディアスは途中で警備兵に庭周辺の捜索を指示すると、自身はロニとともに、ひとまず城の方角へと足を向けた。

「ああ、人いきれから離れると、夜風が気持ちようございますな。きっと殿下も、涼やかな風に当たっているうちに、時間が経ってしまわれたのでしょう」

 ガーディアスを気遣うようにロニが話しかける。

「アレは俺を心配させるのが得意なんだ」
「困らせて、愛情を推し量る、なんてこともございますからな。領主様の愛情を確かめておられるのでは」
「まさか。まあもしそうであるなら、もっと素直に表現してもらいたいところだ」

 そんな話をし、笑いながらも、2人の目は周囲をしっかりと見回し、暗くて見えにくい木の陰にも注意を払っていた。
 
 そして宴の篝火の明かりが背後から遠のいた頃。ガーディアスの耳に一瞬、短い人の叫び声のような声が聞こえた。それは小さく、甲高く騒ぐ鳥の声にも似ていて、危うく聞き逃すところだった。

「……今、悲鳴が聞こえなかったか」
「はて。宴のほうからではなく?」
「違う。城のほうだ」

 ガーディアスの毛が逆立ちざわつく。聞き間違いかもしれない。しかし確かめなければ気がすまない。
 
「確かめましょう。私はあとから追いかけます。さ、領主様はお先に!」

 ガーディアスは頷くと、悲鳴が聞こえた方角に向かって駆け出した。
 
 おそらく場所は回廊に出る手前あたりだ。耳の良いガーディアスは、すぐに場所を推測し、脇目も振らず駆け抜ける。
 
「ローレント!」

 そしてそこで見たものは。
 月明かりの中、地面に這いつくばった男の上に、どっかりと腰を下ろしたローレントの姿だった。
 
 月光を浴びる彼の姿はさながら彫刻のようで、ガーディアスは一瞬足を止めた。
 ぼんやりと月を眺め、何事もなかったかのような風情に、ガーディアスは取り越し苦労だったのかと安堵したほどだ。
 
 だが彼の尻の下にある台座が石ではなく人間だと理解した瞬間、やはりなにかがあったのだとガーディアスは察した。

「……なにがあった。そいつは誰だ」
「…………」

 ガーディアスの問いに、ローレントはツーンとそっぽを向く。
 
 腹ただしさを覚えながら、ガーディアスはローレントの側に近づいた。

「答えろ。なにがあった」

 再度問いかけた瞬間、ローレントの体がグラッと傾き地面に倒れかけた。ガーディアスはとっさに手で体を受け止めると、すぐに抱き上げた。

 「おいっ! ローレント! どうした! どこかやられたのか!?」

 だが腕の中のローレントはぐったりとし、目を開けない。
 焦ったガーディアスの元に、ようやくロニが衛兵とともに駆け込んできた。そしてロニが腕の中のローレントを見て呼吸を確かめると、「ああ……これは多分、眠っていらっしゃるのではないかと」と安堵した顔でガーディアスに告げた。

 

「…………まったく。人の気も知らず、よく寝ているな」

 ベッドですやすやと気持ちよさそうに寝息を立てるローレントを眺めたあと、ガーディアスは大きなため息とともに自室の大きな椅子にドカッと音を立てて座った。
 
 ひとまず医師に診察をしてはもらったが、医師の開口一番が「ああこりゃあ、酒に酔いつぶれて寝てしまっていますね」だった。
 ロニの見立て通りで、外傷もなく、怪我で意識を失ったということではないらしい。
 
 「そんなに飲んだのか」

 そうラミネットに尋ねると、ラミネットは言いにくそうな様子で「私はなるべく弱めの酒を渡してはいたのですが……」とガーディアスを見る。
 そういえばガーディアスも、自分が飲んでうまかった酒を料理と一緒にローレントへ流していた。その中には強い蒸留酒があったかもしれない。強い酒と弱い酒を交互に飲んで、すっかりと出来上がってしまったのだろう。

 ガーディアスはそれ以上なにも言えず、ひとまず黙った。
 
 ラミネットの淹れた酔いざましの熱いお茶を飲み、ふうと息を吐く。
 
 
 その後も宴は続いたが、結局あとはロニに任せて、ガーディアスやサシ、ラミネットは眠っているローレントと共に城へ引き上げた。
 
 地面に倒れていた男は、ロニによってキャラバンの者だと判明した。
 男はつい最近キャラバンに加わった新参者で、名をタガロと言うらしい。身元らしい身元は不明で、体格の良さから荷運びとして雇われたということだ。
 雇ってからこれまでは、女性関係で仲間と多少揉めた程度でとくに大きな問題はなく、仕事もまじめにやっていたらしい。現在は軍部で身柄を拘束し、取り調べ中だ。
 
 現状タガロがなにかやらかしたのは明白で、ロニはひどく恐縮し、責任をとると申し出ていた。
 だが、ローレントとそのタガロ双方から事情を聞けない限り、処分を下すべきかどうかも判断できない。

 2人の間になにがあったのか。それを知るには、ローレントが目覚めるまで待つしかない。
 ガーディアスは茶を啜り苛立つ心を鎮めながら、消沈のラミネットとともに、黙ってローレントが起きるのを待った。
 

 
「――やっと目覚めたか」

 あれから半刻だろうか。あまりにもぐっすりと寝ているので、痺れを切らしたガーディアスが何度も様子を見に行き声をかけて、ようやく目が開いた。

「…………あ」

 目を開けガーディアスを見るなり呟くと、ローレントは「うっ」と頭を押さえ、痛みに耐えるように顔を顰めた。

「どうした! どこか痛むのか」
「あ、頭がガンガンする……」
「……お前、それはただ悪酔いしただけだ。まったく」

 一瞬頭でも打っていたのかと思ったが、医者がなんともないと言っていたのを思い出し安堵する。

「それでお前、なにがあった。覚えているなら全部話せ」

 体を起こし、ラミネットが差し出したお茶を飲みながら、ローレントはちょっと気まずそうに視線をそらす。

「……宴は。もう終わったのかい」
「とっくにお開きだ。お前がいなくなったことで、ロニにも迷惑をかけた」

 ふんとわざとらしく息を吐くと、ローレントが肩をすくめた。

「とりあえず経緯を話せ。なぜ勝手にあそこを離れた。酔いを覚ましたかったのか? それとも、さっきお前が尻に敷いていた男に連れ出されたのか」

 ローレントは、もうほぼ中身の残っていないカップを両手でキュッと握り、むっつりと少し眉間にシワを寄せた。

「なんだその顔は。言いたくないのか」
「……ちょっと、お酒に酔って気分が悪くなったから、ひとりで酔いざましに出たんだ。すぐに戻るつもりだった」
「なんでラミネットやサシに言わずに出た。勝手な行動はしないと約束したはずだ」
「そ、それは…………」

 ローレントが、言いにくそうにモゴモゴと口の中で何か言う。

「いいからはっきり言え」
「き、君が! ……君が、きれいな踊り子の女性たちと夜の話をしていたから……。僕はちょっと居づらくなって……」
「……は? 夜の話だと?」

 ガーディアスが思わず、なぜか少し離れた場所に立っていたラミネットの顔を見た。ラミネットもポカンとした顔で、ガーディアスを見返した。

「一体、なんのことだ」

 ガーディアスはまったく身に覚えがない。このサルースの領主であるガーディアスの元には、ひっきりなしにキャラバンの者らが酌をしにきていた。適当に返事をしていたこともあり、正直、誰となにを話していたか全く覚えていない。
 
 ローレントの顔を見ると、俯いてはいるが、まだ酔っているかのように真っ赤になっているのが分かる。

「やけに肌を露出したドレスを来た女性が、君に言ったんだ! 今日は誰を寝所に連れていってくれるのかって! こ、この僕が隣にいるのに!」

 叫ぶようにそう言い放つと、ローレントは持っていたカップをものすごい速さでサイドテーブルに置き、頭からシーツを被って隠れてしまった。

 ガーディアスはその勢いにポカンとして、またラミネットの顔を見た。ラミネットも、またもやポカンとしてガーディアスを見ている。そしてハッとしたように言った。

「ま、まさか領主様。宴のあと、女性を連れ込む予定だったのですか」
「そんなわけないだろう」

 そう言ってから、そういえばと過去のことを思い出した。
 
 たしかに、かつてはやったことがある。だがそれはかなり昔のことで、もうやるつもりもなかった。だが年に1、2度しか訪れないキャラバンの女性たちは覚えているのだ。これは接待でもあり、小遣いを稼ぐチャンスでもある。しかもうまくいけば、辺境伯夫人とまではいかなくても愛妾という地位までせしめることができる。だから来るたびに、常套句のようにそれを言うのだ。
 
 ガーディアスはいつも気にせず、それとなく流して終わっていた。まさかそれをローレントが聞いていたとは。

 しかしこの反応はどういうことだ。
 
 (もしかして嫉妬したのか?)

 まさか、嫉妬して、腹を立て、あの場を離れたというのか。あのローレントが?
 そんなこと信じられない。信じられないが……。

 ガーディアスの口元が思わず緩む。これが笑わずにいられようか。愛人ならいつでも作ればいいと冷たく言っていた、あのローレントが嫉妬。
 
 慌てて口を、髭に覆われた顎ごと手で押さえてごまかす。

「――ローレント。聞いてくれ。あれは彼女たち流の挨拶のようなものだ。ああいえば男が喜ぶと思っている。俺自身、誰かを誘う気などなかったし、連れ込む気もなかった。本当だ」
「…………」

 シーツの下は無言で、ピクリとも動かない。
 チラッとラミネットがいた場所を見ると、気を利かせたのかもうすでに姿がない。
 そういうところは、さすがとしか言えない。

「機嫌を直してくれ」

 ベッドの上に体を乗り上げる。体重がかかり、ベッドがギシッと大きく沈む。
 シーツの上から口付けると、もそもそとシーツが動きだし、あの輝く金の髪が現れ、続いて澄んだ青の虹彩が現れた。だが形の良い金の眉と眉の間にはシワが寄っている。

「……誤解するな。別に怒ってなんかない。頭が痛いだけだ」
「本当か? 嫉妬で腹を立てたんじゃないのか」
「嫉妬するはずがないだろ!!」

 そう勢いよくガバっとシーツを剥いで、ローレントが体を起こした。だがその顔は真っ赤なままだ。
 
 なんという可愛らしさだろうか。これが成人した男の行動だとは。

「本当に誤解だ。だから機嫌を直せ」
 
 ガーディアスはニヤつきそうになるのを堪えながら、ムスッとした顔のローレントに口づけた。
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