失恋した神兵はノンケに恋をする

Bee

文字の大きさ
14 / 41

セイドリックの災難2

しおりを挟む
「お、気がついたようだな」
 
 あのまま慎重に馬を走らせ、俺は気絶した状態の彼を街の大きな病院まで連れて行った。
 以前、賊に襲われ大怪我をしたコウさんを診てもらっていた、あの病院だ。
 
 連れてきたのはいいが、なかなか目を覚まさず、頭の打ちどころが悪かったのかと心配をしていたところで、ようやく目を開けた。
 
「あんまりにも長く気を失っているから気を揉んだ。俺の馬のせいで申し訳ないことをした。怪我の状態は、右腕手首の骨折と親指の捻挫だそうだ。あと右足首もすこし捻っているみたいだ。馬を避けようと転んだときに足を捻ったせいで、変な手の着き方をしたんだろうということだ。ん? どうした?」
 
 目を開けた男は、ただ驚いたような顔で俺の顔を見ていた。
 
「どうしたんだ? 話はできるか?」
 
 医者の話だと、頭を打ったあと、意識障害や記憶障害などが起こることがあるらしい。
 もしかすると、彼もそうなのではと内心焦った。
 
「名は言えるか? 年は? おい大丈夫か。……誰か来てくれ! 起きたんだが様子がおかしい!!」
 
「あ、あの! 俺、名前言えます! 大丈夫です!」
 
 慌てて起き上がった男が、医者を呼ぼうとする俺の袖を引っ張り制止した。
 
「そうなのか? 本当に大丈夫か?」
 
 俺の声を聞きつけた看護師が駆けつけてくれたが、申告どおり本当になんともないようで安心した。
 
「それで、あの、なんでセイドリックさんが……」
 
「なんで俺の名を知っているんだ」
 
 彼が俺の名を知っていることに驚いた。
 自己紹介などしただろうか。
 
「あ、あの。俺、ロクって言います。覚えていないでしょうか。前に工事の現場で声をかけさせてもらったんです」
 
「あ!」
 
 そういえば、前レイルと現場に行ったとき、背の低い作業着の男に声をかけられた。
 それを思い出し、目の前にいる男の顔をまじまじとみた。
 
「あのときの……顔を覚えておらず、すまなかった」 
 
 そう、あのときはコウさんのこともあり、せっかく礼を言ってくれたのに、礼などいらぬと無情にも突っぱね、ろくに顔も見ず冷たくあしらってしまったのだ。
 
「ああ! そんないいんですよ! セイドリックさんはあのときたくさんの者を助けて下さいましたから、一人ひとり礼を言われていたらキリがないですもんね。それにセイドリックさんも仕事中だったのに、声をかけてしまった俺が悪かったんです」
 
 そう言われるとちょっと心苦しい。
 あのとき声をかけてきた相手がコウさんだったなら、喜んで会話をしていただろうから。
 
 シュンとした彼の顔を見ると、ちょっと心が痛む。
 
「あ、そ、そうだ。ロクさん、家はどこだ? 足も痛むだろうし、俺が送って行こう。医者も意識が戻れば家に帰ってもいいと言っていた」
 
「…………」
 
「どうした?」
 
「……家はないんです。工事の仕事が決まったときに、借りていた家は引き払ってしまいまして……。契約が終わるまでは、現場に住まわせてもらう予定でした」
 
「そうなのか。近くにしばらく面倒を見てくれそうな、兄弟や身内はいないのか」
 
「いません。……いえ、いるにはいるのですが、縁を切られてしまいまして」 
 
 ロクさんは気まずそうに俯いてしまった。
 これは……今は聞かぬほうが良いか。
 
 
 うーん。どうしたものか。
 
 本来であれば、あのままあそこの医者に任せ、後のことは現場の者に任せればいいのだが、レイルの制止も聞かずにここまで連れてきてしまったのはこの俺だ。
 
 今日の現場の雰囲気では、このロクさんという男、ちょっと厄介者扱いされているような気がしてならない。
 
 そもそもあそこは工事の現場であり、怪我した者を介護してくれるような場所でもなく。風邪程度ならまだしも、怪我で長期間働けない者に、充分な飯を食わしてくれるのか? ……いや、ありえんだろうな。
 
 ——仕方がない。そもそもは馬を管理できていない俺の責任だ。
 
「……そうか。それでは仕方がない。仕事に復帰できるようになるまで、俺の屋敷でしばらく療養するか」
 
「え!?」
 
「そこは俺の所有だし、俺も普段は神兵の兵舎にいるから、気兼ねなく過ごせる。それにその怪我では1人だと大変だろう。世話係もつけさせるから安心して療養できるぞ」
 
「え、いいんですか!? 俺なんかのために……」
 
「ロクさんに怪我をさせた馬は俺の所有の馬だ。治るまでは俺が責任をとろう」
 
「いや、いやいやいや悪いですよ! ここまで連れてきてもらっただけでも有難いのに!」
 
「では、1人でどうするんだ。現場でその怪我でやっていけるのか? そもそもあそこは使えない者を置いてくれるのか?」
 
「……」
 
「なら決まりだ」
 
 ひどく遠慮する彼を、そう無理矢理納得させた。
 
 ——『お人好しも程々にしろよ』
 
 レイルの言葉が蘇るが、こればっかりは仕方がない。
 
 コウさんのためにきれいにした屋敷だが、客室も使えるようにしておいて良かった。管理人に連絡しておかないといけないな。
 
 ついでに彼の面倒を見てくれる下女や使用人を口利きして貰おう。
 
 彼にはもう少しここで寝ているように伝えると、治療費の精算とロクさんを迎える準備をするため、俺は病室を出た。
 
 
 
 △△△
 
 
 
「おい。セイドリック。お前なー。俺、お前のそういうところ、あまり好きじゃないぞ」
 
 翌日、事務室で俺がロクさんを家で保護したことを伝えると、レイルは苦虫を噛み潰したような顔をした。
 
「……そう言うな。仕方ないだろうが。間接的にとは言え、俺の馬が暴れたことで起こったことだ。それに動けない者を放置できるか? できないだろう」
 
「あのな。俺は言っただろうが。現場の医者に任せておけと。お前がやることは治療費を払うところまでだ。家の面倒まで見る必要はない」
 
 レイルの考え方はこんな風にいつもドライだ。合理的すぎて非情なところがある。俺はレイルのそんなところが嫌いじゃないが、苦手なところでもある。
 
「怪我が治るまでだ。長くても1カ月ほどだと医者も言っている。治れば現場に復帰できるし、そうなれば俺ももう手を貸すつもりはない」
 
「コウさんはどうするんだ。休みになれば屋敷に顔を出すんだろう」
 
「コウさんの部屋は別にある。それに同じ仕事場の者同士だ。普段顔を付き合わせているんだろうし、そこは問題ないだろう」
 
 レイルは「はあ?」と呆れた顔で俺を見たが、そこがなぜ引っかかるのか理解できない。知り合い同士だし、そこは別にいいだろう。
 
「ともかく、今日からしばらくは屋敷からここに通うことになる。仕事終わりの鍛錬も付き合えなくなる。アンリにもそう言っておいてくれ」
 
 もう返事をするのも嫌だと言わんばかりに、レイルはそっぽを向いて手をヒラヒラと振った。
 
 
 
 その日、俺はさっさと仕事を終え、食堂で食事を済ませると、屋敷へと向かった。
 
 雇ったばかりの下女が出迎えてくれたが、俺の所有とはいえ、馴染んでいない家で見知らぬ下女の出迎えは、他人の家に帰ったようで居心地悪い。
 
「今日は怪我のせいかお熱が出まして。ハイ。高熱ではないのですが、一日寝ておられました。食事も食欲がないのか手をつけられず、これが本日最初の食事です」
 
「そうか。今日は食事をとれていないのか。ならば今日は食事に同伴しよう。俺の分は用意しなくていい」
 
 俺はロクさんに寝室として用意した1階の客間に足を向けた。
 下女が声をかけたが返事はなく、扉を開けると朝と同じように寝台の上で眠っていた。
 
 いかにも労働者といった日に焼けた顔に、色の薄い長い髪は少しアンバランスに見える。労働者で色素の薄い髪色の者が珍しいからだろうか。
 
「ロクさん。起きられるか」
 
「……ん……あ、セイドリックさん!」
 
 声をかけると、ハッと目を覚まし、驚いたように跳ね起きた。
 
「驚かせてすまない。気分はどうだ? これから食事だそうだな。随分遅いな」
 
「セイドリックさん、おかえりなさい! すみません、ちょっと長く寝てしまったようで……」
 
 俺が急に現れたせいで、慌てさせてしまったようだ。
 
 興奮してまた熱が上がっていないか心配になり、俺はロクさん寝台の横に座り、額に手をやる。
 彼の熱が手に伝わる。
 
「ふむ。まだ熱っぽいな。昨日の今日だ。仕方ない。食事はどうだ。食欲はあるのか」
 
「あ、はい」
 
 下女が用意したミルクでふやかした粥のようなものが入った皿を盆ごとロクさんの膝の上に乗せると、彼は使えない利き手右手の代わりに左手でスプーンを子供のように握った。
 
 だがロクさんは、左手でうまくスプーンを扱えず、口に運ぼうとするとダラッとこぼしてしまう。 
 
「あっ! ……すみません。きれいなシーツにこぼしてしまいました……」
 
「気にするな。洗えば済む。……どれ貸してみろ」
 
 俺はロクさんからスプーンを奪うと、もったりとした粥をすくい、ロクさんの口へ運ぶ。
 
「ほら。食わせてやる。口を開けろ」
 
 ロクさんはきょとんとした顔をしていたが、おずおずと口を開けた。俺はそこにすかさず、すくった粥を流し込む。
 
「あ、あっつ」
 
 ホフホフと熱そうにするロクさんに、しまった熱かったかと思いつつ、まあ大丈夫だろうと次をすくう。
 
「ほら。ちゃんと食え。全部平らげるまで終わらないぞ」
 
 強引に次から次へと口へ運ぶのを、熱そうにしながらもロクさんはちゃんと全部食べきった。
 空になった皿を見て、俺の中で妙な達成感が生まれる。
 
 これで今日は安心だ。彼のことは俺が責任をもって面倒をみなければな。
 
 空の皿を下げようと目をやると、彼の胸元のシーツには先ほどこぼした粥がこびりついている。
 シーツを替えてもらうため、俺は皿の載った盆を持って立ち上がり、下女を呼びに出た。
 
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】エデンの住処

社菘
BL
親の再婚で義兄弟になった弟と、ある日二人で過ちを犯した。 それ以来逃げるように実家を出た椿由利は実家や弟との接触を避けて8年が経ち、モデルとして自立した道を進んでいた。 ある雑誌の専属モデルに抜擢された由利は今をときめく若手の売れっ子カメラマン・YURIと出会い、最悪な過去が蘇る。 『彼』と出会ったことで由利の楽園は脅かされ、地獄へと変わると思ったのだが……。 「兄さん、僕のオメガになって」 由利とYURI、義兄と義弟。 重すぎる義弟の愛に振り回される由利の運命の行く末は―― 執着系義弟α×不憫系義兄α 義弟の愛は、楽園にも似た俺の住処になるのだろうか? ◎表紙は装丁cafe様より︎︎𓂃⟡.·

オッサン課長のくせに、無自覚に色気がありすぎる~ヨレヨレ上司とエリート部下、恋は仕事の延長ですか?

中岡 始
BL
「新しい営業課長は、超敏腕らしい」 そんな噂を聞いて、期待していた橘陽翔(28)。 しかし、本社に異動してきた榊圭吾(42)は―― ヨレヨレのスーツ、だるそうな関西弁、ネクタイはゆるゆる。 (……いやいや、これがウワサの敏腕課長⁉ 絶対ハズレ上司だろ) ところが、初めての商談でその評価は一変する。 榊は巧みな話術と冷静な判断で、取引先をあっさり落としにかかる。 (仕事できる……! でも、普段がズボラすぎるんだよな) ネクタイを締め直したり、書類のコーヒー染みを指摘したり―― なぜか陽翔は、榊の世話を焼くようになっていく。 そして気づく。 「この人、仕事中はめちゃくちゃデキるのに……なんでこんなに色気ダダ漏れなんだ?」 煙草をくゆらせる仕草。 ネクタイを緩める無防備な姿。 そのたびに、陽翔の理性は削られていく。 「俺、もう待てないんで……」 ついに陽翔は榊を追い詰めるが―― 「……お前、ほんまに俺のこと好きなんか?」 攻めるエリート部下 × 無自覚な色気ダダ漏れのオッサン上司。 じわじわ迫る恋の攻防戦、始まります。 【最新話:主任補佐のくせに、年下部下に見透かされている(気がする)ー関西弁とミルクティーと、春のすこし前に恋が始まった話】 主任補佐として、ちゃんとせなあかん── そう思っていたのに、君はなぜか、俺の“弱いとこ”ばっかり見抜いてくる。 春のすこし手前、まだ肌寒い季節。 新卒配属された年下部下・瀬戸 悠貴は、無表情で口数も少ないけれど、妙に人の感情に鋭い。 風邪気味で声がかすれた朝、佐倉 奏太は、彼にそっと差し出された「ミルクティー」に言葉を失う。 何も言わないのに、なぜか伝わってしまう。 拒むでも、求めるでもなく、ただそばにいようとするその距離感に──佐倉の心は少しずつ、ほどけていく。 年上なのに、守られるみたいで、悔しいけどうれしい。 これはまだ、恋になる“少し前”の物語。 関西弁とミルクティーに包まれた、ふたりだけの静かな始まり。 (5月14日より連載開始)

Take On Me

マン太
BL
 親父の借金を返済するため、ヤクザの若頭、岳(たける)の元でハウスキーパーとして働く事になった大和(やまと)。  初めは乗り気でなかったが、持ち前の前向きな性格により、次第に力を発揮していく。  岳とも次第に打ち解ける様になり…。    軽いノリのお話しを目指しています。  ※BLに分類していますが軽めです。  ※他サイトへも掲載しています。

Please,Call My Name

叶けい
BL
アイドルグループ『star.b』最年長メンバーの桐谷大知はある日、同じグループのメンバーである櫻井悠貴の幼なじみの青年・雪村眞白と知り合う。眞白には難聴のハンディがあった。 何度も会ううちに、眞白に惹かれていく大知。 しかし、かつてアイドルに憧れた過去を持つ眞白の胸中は複雑だった。 大知の優しさに触れるうち、傷ついて頑なになっていた眞白の気持ちも少しずつ解けていく。 眞白もまた大知への想いを募らせるようになるが、素直に気持ちを伝えられない。

人気アイドルグループのリーダーは、気苦労が絶えない

タタミ
BL
大人気5人組アイドルグループ・JETのリーダーである矢代頼は、気苦労が絶えない。 対メンバー、対事務所、対仕事の全てにおいて潤滑剤役を果たす日々を送る最中、矢代は人気2トップの御厨と立花が『仲が良い』では片付けられない距離感になっていることが気にかかり──

経理部の美人チーフは、イケメン新人営業に口説かれています――「凛さん、俺だけに甘くないですか?」年下の猛攻にツンデレ先輩が陥落寸前!

中岡 始
BL
社内一の“整いすぎた男”、阿波座凛(あわざりん)は経理部のチーフ。 無表情・無駄のない所作・隙のない資料―― 完璧主義で知られる凛に、誰もが一歩距離を置いている。 けれど、新卒営業の谷町光だけは違った。 イケメン・人懐こい・書類はギリギリ不備、でも笑顔は無敵。 毎日のように経費精算の修正を理由に現れる彼は、 凛にだけ距離感がおかしい――そしてやたら甘い。 「また会えて嬉しいです。…書類ミスった甲斐ありました」 戸惑う凛をよそに、光の“攻略”は着実に進行中。 けれど凛は、自分だけに見せる光の視線に、 どこか“計算”を感じ始めていて……? 狙って懐くイケメン新人営業×こじらせツンデレ美人経理チーフ 業務上のやりとりから始まる、じわじわ甘くてときどき切ない“再計算不能”なオフィスラブ!

優しい檻に囚われて ―俺のことを好きすぎる彼らから逃げられません―

無玄々
BL
「俺たちから、逃げられると思う?」 卑屈な少年・織理は、三人の男から同時に告白されてしまう。 一人は必死で熱く重い男、一人は常に包んでくれる優しい先輩、一人は「嫌い」と言いながら離れない奇妙な奴。 選べない織理に押し付けられる彼らの恋情――それは優しくも逃げられない檻のようで。 本作は織理と三人の関係性を描いた短編集です。 愛か、束縛か――その境界線の上で揺れる、執着ハーレムBL。 ※この作品は『記憶を失うほどに【https://www.alphapolis.co.jp/novel/364672311/155993505】』のハーレムパロディです。本編未読でも雰囲気は伝わりますが、キャラクターの背景は本編を読むとさらに楽しめます。 ※本作は織理受けのハーレム形式です。 ※一部描写にてそれ以外のカプとも取れるような関係性・心理描写がありますが、明確なカップリング意図はありません。が、ご注意ください

告白ごっこ

みなみ ゆうき
BL
ある事情から極力目立たず地味にひっそりと学園生活を送っていた瑠衣(るい)。 ある日偶然に自分をターゲットに告白という名の罰ゲームが行われることを知ってしまう。それを実行することになったのは学園の人気者で同級生の昴流(すばる)。 更に1ヶ月以内に昴流が瑠衣を口説き落とし好きだと言わせることが出来るかということを新しい賭けにしようとしている事に憤りを覚えた瑠衣は一計を案じ、自分の方から先に告白をし、その直後に全てを知っていると種明かしをすることで、早々に馬鹿げたゲームに決着をつけてやろうと考える。しかし、この告白が原因で事態は瑠衣の想定とは違った方向に動きだし……。 テンプレの罰ゲーム告白ものです。 表紙イラストは、かさしま様より描いていただきました! ムーンライトノベルズでも同時公開。

処理中です...