失恋した神兵はノンケに恋をする

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セイドリック、記憶をなくす3

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 翌日の朝、事務室にある自身の机の前で、俺はあんぐりと口を開けた。
 
「……なんだ、この工事関連の書類の山は。何で俺の仕事が増えてるんだ。それにレイル、お前いつの間に事務官兼任になったんだ」
 
「……去年公共事業で工事が着工して、俺達に割り振られたんだよ。内容分かるか? これはお前がほぼひとりでやってたやつなんだがな」
 
 昨日休んでしまったから余計に仕事が溜まっているのか、書類の束が山のように積まれ、今にも雪崩をおこしてしまいそうだ。
 
 ——それにしてもこれを俺がひとりでか……?  本当か? レイルのヤツ、俺が分からんと思って上乗せしてるんじゃないのか
 
 何枚か手にとってはみるが、どれも覚えのない内容の書類の山に、どう手をつけて良いものやらと途方に暮れていると、レイルがポンと肩を叩いた。
 
「やっぱりお前、しばらく休め。な?」
 
 そして手に持った紙を俺に見せる。
 
『長期休暇申請書』
 
「副隊長がな、ちょうどいいから残っている休暇使えってさ。お前全然休んでなかったろ。仕事はなんとかするからとりあえず休め」
 
「いやいや、人手は今でも足らんのじゃないのか」
 
「アンリを罰としてこき使う」
 
 レイルよ。俺の仕事は罰ゲームじゃないぞ。
 
「だが……」
 
 頭の緩そうなアンリ殿にやらせるくらいなら、俺が頑張ったほうがいいと思うのだが……。
 
「副隊長の命令だ」
 
 そう言われてしまうと抗えない。俺は渋々紙を受け取った。
 申請書に記入したそばからレイルのチェックが入り、さらには申請日数『3日』と書いたところを線で消され、上から『2週間』と書き直された。
 さすがに2週間は長くないか?
 
「2週間でも足りないかもしれないがな。これは俺が出しておく。そしてお前は詰め所ここじゃなく、自分の屋敷に戻って静養しろ」
 
「しかしあの家は手付かずの放置状態で……」
 
 レイルの言う俺の屋敷とは、昔俺が戦で手柄を立てたその報奨で貰った家だ。ずっと管理人に任せっきりで、譲り受けたそのままの放置していたのだが。
 
「帰れば分かる。コウさんを迎えに呼んだから、連れて帰ってもらえ」
 
「は? なんでコウさんなんだ!? ひとりでも大丈夫だぞ」
 
「今お前が屋敷で一緒に暮らしているのがコウさんだからだよ!! グダグダ言わず、早く屋敷に戻る支度をしろ! そして全部思い出して帰ってこい!」
 
 なぜかキレ気味のレイルに蹴り出されるようにして事務室を追い出され、何がなんだか分からぬまま、やってきたコウさんに引っ張られるようにして俺は屋敷に戻ったのだった。
 
 
 
 ---
 
 
 
「どうしたんだこの家は。えらく綺麗になっているじゃないか」
 
 俺は屋敷に入るなり、驚愕した。なんせ俺が知っている家の内装ではないのだ。
 
 この家は元々貴族の持ち物で、派手でコテコテの調度品が置かれた、クラシカルでいかにも貴族という内装のはず。
 それが今はどうだろう。非常にすっきりしていて、あの嫌みなほど豪華な調度品はすべて現代風の上品なものに取り替えられている。
 外観はそのままだが補修されているし、庭も手入れがきちんとされている。もう空き家といった風情ではない。
 
「本当に覚えていないのか!? 俺と住みたいからって、自分で改修の手配をしたくせに」
 
 コウさんが腰に手を当て、呆れた声を出した。
 
「お、俺がコウさんと付き合っているというのは、本当のことなのか!? レイルがコウさんを巻き込んで謀っているとか、そういうことではないのか!?」
 
「あんた、普段どれだけレイルさんに揶揄われてるんだよ。ほら、この部屋! これを見てもそうじゃないって言えるか?」
 
 コウさんは2階の子供部屋だったところに俺を連れて行った。
 ここは狭いが日当たりが良く、間取りもいい。もしいつかスーちゃん、じゃなくても一緒に住む恋人ができたら、ここはその子の部屋だなと妄想を膨らませていた部屋だった。
 
 しかしそこはもう以前の子供部屋などではなく、美しい青に統一された、シンプルで落ち着いた上質な部屋に生まれ変わっていた。
 
 部屋の隅には大きな天蓋付きの寝台がある。よく見るとシーツが少しよれて誰かが使った形跡があり、少しばかりドキッとさせられた。
 
 ——なんだかまるで、他人の家の寝室を覗き見しているような、そんな気分だ。
 
「この部屋はセイドリック、あんたが俺のために内装を整えたんだよ。この青は俺の色だって、あんたが選んだんだ」
 
 ——確かに、この色はスーちゃんの色じゃない。スーちゃんの部屋にするなら、もっと明るくて優しい淡い色調にしただろう。
 
 部屋とコウさんを交互に見る。確かにこの色は、コウさんだ。
 
「——コウさん、この一年、何があったのか教えてくれないか」
 
「よし。じゃあまずは茶でも飲むか」
 
 コウさんはそう言うと、俺を階下の台所に誘った。
 
 
 
 ---
 
 
 
「ちょ、ちょっと待て、スーちゃんと隊長が……? まさか!!」
 
 コウさんから聞いた話があまりにも衝撃的過ぎて、思わず茶を噴き出しそうになってしまった。
 
 俺からしてみれば、これは未来の話なのである。要は予知や予言みたいなのもで、俄には信じ難い内容だった。
 
 だってだ。隊長は特定の相手を作らない主義であるのは有名で、しかも相手は下町の定食屋の従業員だ。貴族である隊長とは接点がまるでない!!
 それにあの冷徹で恋愛の悩みなど鼻で笑いそうな隊長が、大勢の人の前でスーちゃんに愛を告げたなど、まったくもって想像できん!!
 
「まあ、あんたはそれを目の前で見て、ショックで大酒飲んで、俺に迷惑をかけた、というのが俺との事の発端だ」
 
 その場にいたのか俺は!! そりゃあショックだろう!! 考えただけでも未来の俺が大打撃を受けるのが嫌でも分かる。俺は俺に同情する!!
 
「そ、そうか。それでコウさんに迷惑をかけたのか……。それは申し訳なかった」
 
 未来の俺がしでかしたことだが、もう過去の出来事なのだ、謝らねばならんだろう。——なんだか複雑な話だな。
 
「それで、この話はいつ起こるんだ? ついこの前、ほらコウさんも……って、そうか。コウさんにとっては一年くらい前の話か……。ほら、スーちゃんと3人で広場でジュースを飲んだことを覚えているか。あの果物がたくさん入った珍しい飲み物だ。その時はいつものスーちゃんだったぞ」
 
 そう尋ねると、コウさんがややムスッと拗ねた面持ちで返事をした。
 
「……本当にスルトさんのことしか頭にないんだな。——まあいい。そうだな、その出来事からそんなに経ってないはずだ。確か、皇子の巡行で街を騎馬隊が練り歩いた日。一緒にジュースを飲んだとき、あんたが騎馬で皇子を護衛するから、スルトさんに見にきてくれってお願いしていただろ? その護衛の日だ」
 
「……!!!」
 
 ちょっと待て、皇子巡行は三人でジュースを飲んだ日の翌日か翌々日か、それくらいすぐの話ではなかったか? 今日はあれからどれくらい経っている? もう巡行の日になっていてもおかしくないだろう!? なんで忘れてた? 今日副隊長は何か言っていたか? 
 ……いや違う。そうじゃない。もしかして巡行はもう終わったのか? 俺が忘れているのか? 
 
 ——何がなんだか分からない。ひどく混乱する。
 
「うう…………!!」
 
「どうした!? セイドリック!! 頭が痛いのか?」
 
「……分からん……ひどく頭が混乱していて…………」
 
「セイドリック、今日はもういい。ひどい顔色だ。寝室へ行こう」
 
「——いや、大丈夫だ」
 
 苦しむ俺が小さな椅子から落ちてしまわぬようにと、コウさんが肩を支えようとしてくれたが、俺はそれを制した。
 
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