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父の策は
しおりを挟む月曜の朝。亜里沙は出勤に外面良くして、車に乗り込むと、会社の加工工場へと向かった。
父、太輔に朝から家では会いたくなくて、こっそり出て来ていたが、太輔は食品加工会社に来ていた。
「げっ!お父さん……」
「会社では社長と呼びなさい、間野君」
「はい……社長」
「全く………こうまでしないと、娘に会えんのか、私は」
「今は社長と社員の立場じゃないんですかね?」
PCを起動し、経理の仕事を太輔を無視して始める亜里沙にメモを渡して来る太輔。
「何、これ」
「小山内さんの連絡先だ」
「…………は?何でそんなの持ってるの!」
「お前の見合い相手だからだ」
「え?亜里沙さんお見合いしたんですか?」
「お相手どんな人なんですか?」
社員達も出勤している為、社員達の前で話したくない亜里沙。
「ああ!煩い!お父さん、何でここで渡すの!」
「お前が家でお父さんを避けるからだろ」
「…………万里紗に渡せば!」
航の連絡先を握り潰し、ゴミ箱に捨てる亜里沙。
「万里紗にはもう渡してある」
「ならいいじゃないの」
「亜里沙!」
「私は結婚する気ないもん」
「ほぉ……それならば将太の為に、離れを明け渡しなさい、今週中にだ!」
「横暴よ!」
亜里沙は、自分の自由を奪われそうで、不服極まりなく、仕事の手を止める。
「嫌だったら先日の詫びの連絡を入れろ!今日中にな…………夜は店の営業があるから、夕方迄に連絡しなさい」
「………何で詫びなんて……」
「するんだ!確認するからな、したかしてないか」
「は?………そもそも結婚する気無い私を無理矢理連れてった横暴さに、私への詫びは無い訳?」
太輔がゴミ箱から亜里沙が握り潰したメモを出し広げ伸ばすと、太輔は言い放つ。
「お前が結婚したら詫び等要らん。寧ろ感謝してもらいたいぐらいだ………いいな!連絡しろ!」
「…………嫌なこった」
「連絡しなかったら今週中に、将太が離れに入るからな、お前は母屋か引越して貰うぞ!あと、将太の結婚式迄に、結婚相手を決めてもらうからな!」
「横暴親父!」
太輔は言いたい事を言って、工場の事務所に入って仕事をしに行ってしまった。
「亜里沙さん、どんな相手でした?」
「紹介して下さいよ、亜里沙さん」
「皆仕事してよ!工場職の人達は仕事してんのよ!」
「は、はい!」
実質、工場内でトップである亜里沙の指示に逆らう者は居らず、午前中の仕事を終えると、企画担当の社員から試作品が出来た、と連絡があり、仕事を中断せざる得ず、試食も亜里沙はしなければならない。
コスト面での判断が亜里沙は厳しくチェックしなければならないのだ。
「………単価高くない?メーカー小売価格は如何するの?」
「そ、それが少しばかり採算度外視にして欲しい、かな………と……目玉商品となれる見込みもありまして」
「…………美味しいけど、経理的には却下」
「もう少しコスト下げれないのか?」
「努力したんですが………」
「経理も言っているが、この材料費だとな……何より物価も高くなっている今年、コストも掛かってる……量を減らすか、小さくするか改善点も要る」
亜里沙や太輔だけではない。商品企画担当者と営業担当、数人の社員で決められる新商品会議は頻繁に行われているのだ。
「新商品会議は頭疲れる………」
「姉ちゃん」
「…………何、将太」
「連絡した?」
「…………アンタ迄言うの!?」
「そりゃ、気になるもん」
工場での新商品会議は、将太も来ていた。
「アンタは私なんて気にせず結婚しなよ」
「気にしてるのは父さんじゃん」
「だね………」
「でも、離れは早く明け渡してよね」
「は?何でよ」
「父さん、離れ取り壊して俺と彼女との新居建ててくれるってさ」
「何!私を追い出す気満々じゃない!アンタと入れ替わるだけじゃない訳?」
「俺ヤダよ、あんなボロい家」
「アンタねぇ…………子供の頃はあの家だったじゃないか!何をそんな簡単に……」
「だって、彼女が嫌だって言うからさ」
「………何もう、尻に敷かれてんのよ」
男らしさも無い様な弟に、軟弱さを感じる亜里沙。
―――これだから、2次元男は……
亜里沙だって、恋愛をして来なかった訳ではない。自分の意思が無く、周りに影響されて動く男しか亜里沙は見て来なかった。
そんな中で、アニメや漫画、ゲーム内で見られる2次元の男キャラに、夢を見てしまった亜里沙は、3次元の男に全く興味を示せなくなったのだ。
仕事場でも、言われる事さえしっかりやれば、後は社会性に順応さえしていれば、工場内で特に問題視はしておらず、亜里沙も仕事上の付き合いしかしないので、特に社員に興味を示してはいないのだが、時折弟や、他の社員で自分の示す仕方をしない社員を見るとウンザリして、2次元の男キャラに逃げて慰めて貰っていたのだ。
「アンタ、大丈夫なの?結婚して」
「何?賛成してくれてたじゃん、今更反対とか言う訳?」
「………反対じゃないけど、彼女の言いなりになるのだけはやめなさいよ、て言いたい」
「俺だって意見ぐらい言うよ」
「如何だかね………離れを建て替え云々言ってたけど、間取りやらインテリアやら、アンタの意見全く通らなかったら、アンタいい気しないんじゃないかな、て心配になってね」
「…………ま、まだそんな話迄詰めれる訳ないじゃないか!姉ちゃんがまだ離れに居るのに!」
「…………アンタ、ちゃんと自分の意見通したい時は絶対に折れちゃ駄目だよ?………お父さんの後継ぐんでしょ?社員の生活掛かってんだからね?」
「分かってるよ!言われなくても!」
―――怪しいなぁ……
亜里沙は父の仕事を手伝う事に誇りを持っている。小さな食品加工会社から始まり、少しずつ大きくして来た太輔を見てきている。大学迄進学させて貰い、何不自由無く生活出来たのも、真っ当に仕事に向き合って来た太輔が居たからだと思っているからだ。だが、将太や万里紗は、長女の亜里沙とは少し違う気がしてならなかった。
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