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海へ
しおりを挟む結局、亜里沙は何も攻略方法、いや解決策を見つけられず、土曜日の朝になった。
前日の夜、航から再び連絡が入った時、亜里沙はどう断ろうかと、考えをまとめられずに航からの電話に出てしまったのだ。それは、万里紗にスマートフォンを壊された日の様な事になられたら、と思うと亜里沙は申し訳無さで出てしまう。
そう、万里紗が航に失礼な事をする度に、亜里沙が万里紗をフォローをしなければ、と思うからだ。万里紗の事を無視すればいいのだが、癇癪を起こせば起こす程、万里紗は周囲を混乱させる事を亜里沙は知っているからだ。
実際に、亜里沙が知らない、万里紗の大学内では混乱を起こしているのだが、亜里沙に直接支障は来たしてはいない為、まだ分かってはいない。
「………こんな感じ……かな……」
バイクに乗ると言うので、長い髪をポニーテールにし、シャツとデニムパンツで纏めた、洒落っ気のない格好に、ジャケットを羽織り、シンプルなチェーンネックレスとピアスを付けた。
メイクも派手にはせずに、日焼け止めと軽めな色合いのアイシャドウとチーク、リップで纏めただけだ。
バットエンドにしたい筈なのに、失礼な事をしたくない事が優先して、派手な姿とメイクにする自信等は無い亜里沙。それならスカートにすればいいと思うのだが、予め『パンツスタイル』ご所望で言って来た航に喧嘩越しになる訳にはいかない。
「万里紗に気付かれずに家出ないと………」
家政婦の幸枝には万里紗が離れに来ない様にしておいてくれ、と頼んでおいたので、こっそりと家を出た亜里沙。
待ち合わせ場所は、亜里沙の家がある地区の最寄り駅だ。
時間通りに亜里沙が着くと、大型バイクと一緒に佇むデニムパンツと、革ジャン姿の航がスマートフォンを見ていた。
「おはようございます」
「…………お、いいじゃん……亜里沙……」
『おはよう』と同じ軽めの挨拶に聞こえる、航の第一声。
「っ!」
面と向かって、異性に家族以外から呼び捨てにされたのが初めての亜里沙。2次元では名前を登録していても、名前では呼んではくれない。お気に入りの推しキャラで、声優の声とは違う、3次元の異性は、再び亜里沙を現実世界に引き戻そうとしていた。
「朝飯食った?」
「朝早過ぎてまだ食べてないですよ………航さんは?」
「俺は朝食わないんだよ……店終わってから飯食うのが夜中になるからな」
「…………じゃ、今眠くないですか?」
「慣れだな……俺、昔この近辺で、散々近所迷惑な事、夜中やってから学校行ってたし」
「………近所迷惑な……事?」
「……………俺、高校時代、裕司と彬良と一緒に暴走族してたんだよ」
「あ………だから、言葉使い乱暴なんだ……」
「大分、取れたがな………高速乗るから、サービスエリア寄って食べようぜ、そのぐらいなら俺も少し食えるし」
ヘルメットを被させられ、慣れていないだろうと思ったのか、しっかり亜里沙が被れているかを航に覗かれる。
―――っ!………ち、近い近いってば!顔近い!
ヘルメット越しで、磨りガラス越しに見える航の整った顔が、キスしてしまいそうな距離だった。
「………乗れるか?」
「だ、大丈夫………かと……」
「しっかり俺に捕まっててくれよ、振り落とされたくなければな」
捕まる手摺等が無いタイプの大型バイク。
亜里沙はバイクに詳しくない為、航の言葉を信じるしかなく、航の腰にしがみついた。
「………へぇ……意外と胸あるんだな、亜里沙」
「なっ!なんて事言うんですか!セクハラですよ!」
「悪ぃ………つい……いいだろ、どうせ付き合うんだし」
「付き合う、て私言ってませんよ!逆ですけど!」
それなら、航の誘いに来なければいいのだが、半ば強制的な航に従ってしまい、それがバイクに乗る等、亜里沙は想像もしていない。
バイクに詳しくもないのだから、密着する事も念頭に無いのだ。
「発進するぞ」
「は、はい………」
暴走族だったという航なので、運転も乱暴なのかと思いきや、しっかり制限速度を守り、交通ルールも守る運転をする航。
「思ってたより安全運転するんですね!」
「何?聞こえねぇ!」
「安全運転なんですね!」
「…………あぁ、当たり前だろ!族時代なんてもう10年以上前だ!オッサンが今更、族の様に走る訳ないだろ!」
バイクのエンジン音が大きく声がかき消され、ついつい声が大きくなる。信号待ちの時にしか会話も出来ない寂しさはあるが、航の背は大きく安心が出来た。
高速道路に乗り、海の方へ行く航。
―――海に行くのかな……楽しみ
途中サービスエリアに寄り、ヘルメットを取ろうと亜里沙は手を掛けるが、脱ぐ方も上手くいかない。
「………貸してみ………ほら、脱げた」
「あ………ありがとう………ございます……」
「っ!………あ、あのさ……別に下心あって手伝ってねぇから、照れた顔しないでくれね?………勘違いしちまう」
「そ、そんな事ないです!」
「…………そうか?………単純な男はそんな顔されると、キスしちまうぞ?………いいならするが……」
「……………な!………またセクハラです!」
「それ以上、セクハラって言ったら口、塞ぐぞ」
「っ!」
「……………飯食うぞ」
また、磨りガラス越しに航の顔が近付いて来たので、亜里沙は顔が赤かった。キスは初めてじゃないのに、イケメンに迫られてる感覚が、臨場感があり過ぎて、顔が元に戻せなかった。
戻せないままの顔が、航にも伝わり、満更悪い気はしなかったのだろう。航もここぞとばかり、隙あらばと亜里沙に航を意識させようとしていた。
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