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愛しき人
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しおりを挟む部屋の鏡から覗いた姿でそう思った。入れられている部屋がどんな部屋かを確認する観察力や他の女達の心配する言葉。自分より友人、といった気遣いで連れて帰ると決めた。
―――一目惚れだったんだろうな
と、今なら思う。
極めつけが隠し持っていた短剣。名前らしき彫りのある柄が1点物だと分かる。女1人が用意する物ではない。それからは探り合いだ。貴族であろう目の前の娘は、農民だと言い張り、新聞や本で知識を入れたがる。料理や掃除洗濯をする様は街娘さながらだ。
アスランは、出会ってから1ヶ月のミレーユを思い眠れば寂しさも募るだけだった。やっぱり山小屋に戻ろうと身体を起こすと、もう夜が明けていた。
「ふわぁぁぁ………眠い……」
「陛下、前国王様がお越しになりました」
「…………あぁ、来られたか……」
「アッシュよ……お主からの呼び出しとは珍しい事もあるものだ……」
「朝から面会が入っているのです……父上にも同行願えればと」
「面会?………花嫁か?」
「………の、両親です……まだ娘の方にはプロポーズしていませんが」
「…………ほぉ……両親との面会とは、相手は何処かの貴族か?」
朝食を食べながら前国王と話を詰める現国王。
―――ミレーユの飯のがいいな……
料理人が作った技巧的な料理ではなく、ミレーユの作った素朴な優しい料理に慣れてしまった。
「…………元貴族ですよ……アルジャーノンの……父上ならご存知だと」
「誰だ?」
「ヴァルム伯爵です………娘の名はミレーユ」
「ヴァルム?………確かローウェンの婚約者だった娘ではなかったか?」
「えぇ、ローウェンには話はしてますし、ローウェンは納得済み………」
「納得しているならいいが………」
「俺がヴァルム元伯爵に話をしますので、しゃしゃり出る事はしないで下さいね、父上」
「分かっておる………知らぬ相手ではない……募る話は、個人的にする」
「お願いします………ちょっと今アルジャーノンで動きがある様なので、その事でもヴァルム元伯爵と話もしたいですし、ローウェンも交えて話す場に、父上の助力も戴くかも」
「現国王はお前だ、アッシュ………この地を戦地にせねば良い………お前の好きな様にしろ…道が反れる迄ならな」
「……………それ……何気に反れるな、て言ってますよね?」
「当たり前だ………私はお前を厳しく育ててきたのだ………間違えられたら困る……親不孝等させる気はあるまい?孫の顔も見たいしな」
「………ブッッ!!」
「早くプロポーズしてこい」
「…………だからそれは……近日中に……」
「待ちきれんわ!お前の我儘を聞いたんだ、早く子作りに励め!」
このプレッシャーが嫌で嫌で仕方なかったから別居の様な生活をしていたに過ぎない。妻を早くに亡くし寂しいのは分かる。グレイシャーランドは男の婚姻は一生に1度だから、厳選しなければならない事は分かってくれている筈なのに、息子への圧が長年のしかかり、険悪な関係になるのも嫌で、必要以上に会っていなかったが、この日久しぶりに息子から連絡を貰い有頂天な様子の前国王に呆れ顔のアスランだった。
♢☆♢☆♢☆♢☆♢
朝食も終わり、ローウェンも知らせを受け、アスランに会いに来ていた。
「うわぁ………緊張するぅ……」
「緊張してる様にはみえないぞ?」
「何言ってんの?君の代弁したんだけど?………ププッ………」
応接室に、立って待つアスランに対し、ローウェンはソファに寛いで座る。
「…………お前はナーシャと婚約決まった時、父上へその承諾をしたんじゃないのか?」
「したよ?でも緊張なんてしなかったよ……義父上もずっと知っている方だったし」
「そういう奴だよな、お前は………」
「緊張したって仕方がないじゃないか……どうせ、もう食っちゃった後だろ?しかも毎日………」
「っ!!」
「お前が本当に好きな相手を見つけられて、義弟になる身の僕としては嬉しい限りだよ……相手が僕の初恋の子じゃなきゃもっと良かったけどね……」
これがローウェンの冗談なのはよく知っているが、緊張しているアスランにとってはグサグサと刺さる。
「ローウェン、面会が終わったら悪いがミレーユを城に連れて来てもらえないか」
「え?………何で僕?」
「兵士に頼んで城に連れて来たら連行された様に見えるだろ………ミレーユが緊張せず入るにはお前が1番」
「…………んじゃ、またミレーユのご飯食べる権利頂戴ね!!あ、ナーシャも一緒に!」
「…………お、お前………」
「美味しかったんだもん!」
「…………頼めるならな」
「何?失敗すると思ってる?」
「…………一方的な思いだったら如何する」
「…………アッシュさぁ……政務は決断力あるのに、恋愛ではバシッとしないよねぇ……見てると面白くて面白くて…………ぐぇっ!!」
ローウェンのおもちゃにされるアスランがローウェンの調子付く口を黙らせようと、羽交い締めにする。
「ギブ!ギブ!!馬鹿力反対!!」
「何をまた遊んでおる」
前国王も準備を整え、応接室に入ってくると、別の扉からノックがされた。
『客人をお連れ致しました』
「…………どうぞ」
ローウェンの羽交い締めを止めて、身だしなみを整えながら深呼吸するアスラン。ローウェンもソファから立ち、乱れた服を直す。
「失礼します」
多少疲れ顔ではあるものの、正装を纏うヴァルム元伯爵夫妻と息子と娘。2人の子は教養も受けていた訳では無い為、もの珍しそうにキョロキョロしていた。
「ようこそ、グレイシャーランドへ………長旅お疲れな所を申し訳ありません」
「ゲイツ・ドム・ヴァルムと申します。この度はどう感謝を申し上げていいか……」
ヴァルム元伯爵は深々と頭を下げると、妻や子供達も頭を下げた。
「頭をお上げ下さい……私がアスラン・ジュード・グレイシャーです……前国王と、ご存知かと思いますが、ローウェン・ジャヤ・アルジャーノン………元アルジャーノン第二王子です」
「…………ローウェン殿下……」
「やぁ、ヴァルム伯爵」
感極まり泣きそうになっていたヴァルム元伯爵の前に、緊張感を全く出さないローウェン。
「あ、相変わらずですな……お変わりなく殿下らしいというか………何と言うか……」
「伯爵は老けたよね~」
「ローウェン……緊張感なさ過ぎ」
「アッシュは緊張し過ぎなんだよ!」
「話を進めんか!馬鹿息子共!」
「…………あ、お掛け下さい」
前国王から括が入り、アスランはソファへ案内し、話を始めた。
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