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 未央理が着いた家は、豪邸と言える大きな家だった。

「降りるぞ、ついて来い」
「…………帰らせてよ、てか病院に戻らせて」
「…………この娘を連れて来い」
「はい」
「っ!……また!………離せっ!」

 家の中に入れば、その生活感が感じられないぐらい、ホテル並の豪華さの家具や絵画。

「お父さん、お帰りなさい………あぁ、来ましたか。妾腹の妹が」
「直ぐに出て行く娘だ、名前等覚える必要は無い」
「覚える気なんてないですよ、そんな馬鹿な妹の記憶を入れる器も僕の頭にありませんから」
「なっ!」

 高校の制服らしい姿の男。
 その制服は偏差値が高い高校の制服だった。

「崇は、今日は塾ではないのか?」
「着替えたら行きます。妹が来るというので、顔を見たかっただけです………直ぐに忘れますが」
「何だと!」
「品が無い事………貴方、お帰りなさい……コレが理子の娘ですか……まぁ、態度も品が無ければ、顔も品が無い」

 部屋から出て来る着物姿の女も、未央理の母親の名を言う辺り、この女も知っているのだろう。

「お母さん、頭も悪いらしいです」
「………ふっ……まぁ……それで………」

 クスクスと笑う女とその息子は、未央理に挨拶等もせず離れて行く。

「離せ!殴ってやる!」
「………怖い怖い……はははははは」
「ホホホ………」

 相手にされない苛立ちも重なる。
 父親と名乗る知らない男と、妻らしい女とその息子。未央理には謂れの無い事で、訳が分からないのに、存在そのものが馬鹿にされ、虐げられている。怒りの沸点がもう頂点になっていた。

「娘を逃げない様に見張っていろ」
「はい」

 書斎なのか応接室なのかは分からないが、ソファに降ろされた未央理の真後ろに部下が立っている状況で、父親は未央理の前に座った。

「此処に、高校編入手続きの書類があるから、直ぐに書け。住所、電話番号、私の名はこのメモを写せ」
「嫌」
「…………書かねば、お前の母親の治療費を払わず、生活面の援助は一切しない」
「私は!訳分かんないの!アンタが父親なのかなんて分かんないけど、話もせずいきなり来てこんな所に連れて来て、私にだって意見あるよね!」
「お前の意見等は聞かない。お前は私と理子の娘で、お前を妊娠した理子は私から逃げた。それが先日、理子から連絡が来て、お前を頼む、と言われた……ただ、それだけだ」
「…………か、完結した!な、何そんな簡単に」
「早く書け……私は忙しい」

 目の前の父親は、腕を組み、足を組み、しかめっ面をして、未央理を睨んでいる。

「…………私、高校編入したくないんだけど……」
「藤枝家の娘として育てるのに、三流高校等以ての外、お前は三条高校へ入ってもらう」
「…………さ、三条……あ、あのさっきの制服の……」
「お前の兄だ……妹も居るがお前の妹も三条の中等部に通っている」
「無理だって!あんな偏差値の高い高校なんて!」
「お前が頭が悪いのは分かっている。だからなんだ?勉強すればいい」
「………無理だって言ってんじゃん………」
「書かねば代筆させるか………それから次は………」
「は?代筆!私の事を勝手に!」
「…………高校編入は此方でやる……編入は1週間後、週末はお前を結婚させるから、婚姻届を書け。これは代筆は許さん」

 未央理は、その瞬間蒼白になった。

「…………は?……結婚?……結婚って言った?」
「そうだ………お前にはこの三条高校の理事である三条 護氏の孫である三条 秀平氏と結婚させる………秀平氏はこの高校で数学の教師をしている。その男とお前は結婚するんだ」
「…………帰る!お母さんの治療費は私が全額払うから!養育も不要!編入なんて絶対に嫌!結婚なんて絶対にしない!」

 婚姻届も書く気にもならない未央理は立ち上がるが、部下に直ぐに取り押さえられた。

「離せ!アンタなんて父親じゃない!父親なら娘を無理矢理嫁に出すもんか!」
「生憎、お前を娘だと思ってはいない。理子には避妊を気を付けていた、ただの私の不貞で出来た、望まぬ娘だ。産まれて理子が育てたなら、私は利用してやろうと思っただけ………だからな」
「…………」

 もう、絶句しかない。
 母子家庭で育っていた未央理にだって、父親の存在は気になっていたし、見つかったら見つかったで、それなりに想像はしていた存在だったのだ。
 それが、父親として責任はある様で無く、利用しようとする、煙たがる存在として未央理が扱われる。

「………それでも……私……アンタに利用されたくない!治療費は働いて返す!私はお母さんと一緒に居るから!」
「………余命、3ヶ月と宣告された末期癌でもか?」
「………え?」
「仕事を優先し、生命保険も未加入、延命治療も拒否し、後は死に逝く運命で、理子は病院から出られん………まぁ、死を待つ者への病床等、無駄な経費。それ専用の、楽に死に逝ける様な病院に転院させるがな……痛み止めで生命を繋ぐ屍となる迄」
「………嘘……」
「嘘は言わん………理子は、余命が無いから私に連絡を入れて来た。お前が成人していたら違っていたかもしれん。私としては、理子が…………まぁ、いい……私の事等………だから、責任を取るのだ」

 何か言いたげであった父親だが、未央理には如何でも良かった。

「会わせてよ!」
「…………理子にはもう会わせる時間は無い……を書けば、考えよう……」
「…………うっ………お母さ………ん……酷いよ………」

 何も知らされなかった未央理には、目の前にある高校の編入書類と婚姻届が、母親の死亡届と同じに見えたのだった。
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