貴方は私を虐げてきたのではないのですか?【完結】

Lynx🐈‍⬛

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 手が震え、思うようには書けない自分の名前。
 という、未央理には馴染み無い名字を書く等、未央理には酷でしかなかった。

「下手な字だ………週末迄、付け焼き刃だが所作を覚えて貰う。茶道、華道、習字、日舞、これ等は毎日、私の妻である雛子が教える。週末に顔合わせ、そしてお前は三条家へ行く」
「…………け、結婚って………もう少し準備期間要るんじゃないの?」
「結婚式を挙げる訳ではない。籍を先に入れ、頃合いを見て結婚式を挙げればいい」
「…………わ、私……嫌なんだけど……」
「お前に拒否権は無い。何度も言わせるな、馬鹿めが」

 尽く、未央理の心理を抉る言葉が返った父親。

「っ!」

 涙が出そうになると、制服の袖で拭う未央理。言われたくないのに、理不尽だと思うのに、母親の為にと考えれば考える程、従う方が良いのかもしれない、と葛藤すると涙が溢れてきてしまう。

「書類を汚すな」
「…………さっきから私の心を抉らないでよ!」
「自由奔放に生きてきたから、傷付くのだ。藤枝家の娘なら乗り越えろ」
「私は藤枝じゃない!………もういい!私は高校止めて働くから、放っておいて!」

 ビリッ、と高校編入届と、婚姻届をビリビリに破り紙吹雪にして放り投げた。

「…………仕方ない、代筆した物を出すか………部屋に連れて行け。家から出ない様に監視しろ」
「…………は?直筆じゃないのを出すっての!」
「当然だ………お前にその気が無いなら、代筆した物を提出する……お前の高校編入と結婚は藤枝家と三条家の決定事項だ」
「お嬢さん、行きますよ」
「なっ!冗談じゃない!ふざけんな!」
「理子め………自由奔放に育てすぎだ………」

 未央理の父親は、鍵が掛かっていた引き出しを開ける。引き出しの奥に隠す様に保管されている小箱を出す。
 その小箱から何枚も出て来る古びた写真。幼い女の子と理子の若かりし頃の写真だ。

「………未央理……理子………」

 未央理の名前を呼ばずと呼んだ父親は、目頭を押さえた。
 その姿を見れば、虐げ様とする姿ではないのだと分かる。しかし、未央理はもう一緒の部屋には居ない。
 たった数日しか一緒の時間は無い娘だろうと、父親は未央理を認知していたのだ。嫌々な訳ではないのだと見られる。

「此方の部屋に」
「ち、ちょっと!話させなさいよ!」
「…………」

 押し込また部屋に入った未央理は、部屋を見渡す。

「………あれ……これ家にあったローテブル……あ、本棚……布団も……何で………アパート解約して、倉庫に運んだって………」

 部屋の広さは、未央理が使っていた部屋より広い。それなのに、バランスよく配置されてあるのだ。母親の私物は見当たらないが、未央理の私物は殆どこの部屋にある。
 母親が頼んだとしても、そんなに簡単に許可等出ないだろう。

「…………訳……分かんない……」

 コンコン。

「………はい?」

 部屋がノックされ、一人の老婆が入って来る。

「未央理様、奥様がお茶をお付き合いなさい、と伝言です。私と一緒に来てください」
「………要りません」
「言うと思ったわ………貴女をこの藤枝家に暫く置いておくのだから、主人と私、息子の崇や娘の陽葵の言葉には従いなさい」
「………げっ……」

 老婆の後ろには、先程の女、正妻だ。

「早く来なさい」
「要らないって言ってるじゃん」

 顔を合わせなくない未央理は、正妻に背を向けている。

「理子もどんな教育したのかしら、ねぇ?」
「………本当でございますね、奥様」
「なっ!お母さんの事悪く言わないでよ!」
「………負けた女狐に、敬意など無いのよ?お嬢さん」
「どうして知ってるのよ!お母さんを!」
「………どうして?………お茶に付き合えば教えてあげるわ」
「………っ!」

 行きたくないし、嫌われていると分かっている相手とお茶も一緒にしたくない。だが、好奇心も湧くのだ。母親の理子と、この藤枝家の関係を知りたい。未央理が妾腹なのは分かったが、その経緯が知りたかった未央理は深い溜息と共に返事した。

「…………分かった……行けばいいんでしょ、行けば!」
「言葉使いも品が無いわね……貴女も藤枝家の娘として扱うのだから、私が恥をかくわ」
「………っ!」
でしょ?序に私をとは呼ばなくて結構。主人もとも呼ばず、この家に居る間はとお呼びなさい。お茶の用意してるから行きますよ」
「………誰が呼ぶか……」

 旦那様とも、お母さん、とも未央理が呼ぶ事は無いだろう。無理矢理、理子と引き離されて、名字も変わり、翌週には結婚なんてさせるのだ。冗談ではない。
 未央理は和室に連れて行かれ、茶道具が用意されていた。

「え!………さ、茶道なんて作法知らな……」
「期待等する訳無いでしょう……教えるのは私なの。今から覚えて貰います。お茶を点てろ、とはまだ到底言えないけど、覚えて貰わなければ藤枝家の恥なのよ」
「なっ!私は藤枝家に入った覚えないし!」
「理子が入院した直後から手続きし、今貴女は藤枝の姓なの。戸籍も既に移動済み、先程の書類も破り捨てたのも想定済み。代筆した物を用意しておいて良かったわ」
「………なっ!………お、お見通しって事か!」
「………でしょうね、用意してあったのだから……早く座りなさい。畳の縁は乗るんじゃありませよ」

 座布団は敷いてあるが、畳の縁からはずらしてあるし、正妻も縁には触れて座ってはいない。

「………」
「どうせ、作法等分からないでしょう?は自分が飲みたい様に飲みなさい。それだけで貴女に注意する所が分かるから」
「………戴きます」

 シュンシュン、と茶釜から湯気が立ち、尺で湯を掬う所作が、綺麗に見える。茶を点てる一つ一つの仕草さえ、静寂の中で何故か未央理は心が落ち着いた。
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