養子王女の苦悩と蜜月への道標【完結】

Lynx🐈‍⬛

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 レティシャがエマとシーラに手伝ってもらいながら入浴している間、アンはベッド周りの掃除をしている。

「レティシャ殿下、髪を整えませんか?」
「何故こんなに不揃いなのかしら」
「っ!」

 レティシャにもエマやシーラ、アンの対応に悪意を感じないので、正直に話す事にした。自分の手で文字を書こうと手を湯船から出すと、エマが小さな紙の束を差し出す。

「此方に」
「………」
「手をお拭きしますね、滲みますから」
「………」

 シーラもレティシャの手の濡れを拭いてくれる献身的な介助だ。

『移動中、寄った領地のお邸に勤める侍女達に嫌がらせされて、この様に……痛みは二年間、整える事が出来なかったから』
「…………ま、まぁ!」
「それ、リーヒル殿下はご存知なんですか!」
『罰をお与えに』
「「…………」」

 シーラとエマは顔を見合わせ、同情の顔を見せた。

「私達はしませんからね!そんな事!」
「ご安心下さい!」
『ありがとう、シーラ、エマ』

 その言葉が嬉しくて涙が出るレティシャ。
 レティシャの存在は、嗜虐的な対象になるか、慈愛的な対象になるかの、第三者の扱いが両極端だ。
同情にも近い慈愛的に見る者達は少なく、レティシャに味方する者は珍しい貴重な存在だ。だからこそ、レティシャも警戒を怠らないまま毎日を過ごす事になると思っていた。それが、侍女達の態度が何方かはまだ分からないものの、後者を選びたいレティシャは、そのままの意味に受け取る。
 この数日、悪意は全く見られなかったからだ。

「それならば、鋏を用意してまいりますね」
「………」

 レティシャは髪を切り揃えたかったのもあり頷いて、シーラが風呂場を離れて行った。

「鋏は何処にしまったかしら……あ、鏡台に入れてた…………アン?何してるの?」
「っ!」
「それは…………レティシャ殿下の昨夜お召になった夜着………え!」
「ち、違うわよ!解れてたからその糸を切ろうと………」
「そ、そう………鋏、これから使うから後で鏡台に戻しておいて」
「分かったわ」

 ベッド脇で、汚れたシーツを床にまとめ立ち尽くしていたアンの後姿をシーラが不思議そうに見ている。
 平民貴族出身の彼女は、裕福な家庭に育ち、花嫁修業も兼ねて、王城で働いて、仕事振りには定評があったのもあり、父親の功績もある事から、男爵の称号を得た、叩き上げの女だ。だからこそ、リーヒルやヴァンサンは、平民出身の彼女をレティシャの侍女にした。恋人も居ると兼ねてより話も出ていたからこそなのだが、何故か言動に違和感を覚えているシーラ。

「レティシャ殿下は?」
「もう直ぐ入浴終わるわ」
「いけない!私も早くベッド整えなきゃ!」
「えぇ、お願い……レティシャ殿下の髪を切るから、その間にドレス準備もお願いしたいし」
「分かってるわよ」

 シーツと夜着をまとめ、洗濯する衣類用の籠に入れると、直ぐに真新しいシーツを手際良く掛けるアン。

「これから………」
「え?」
「っ!………閨後の片付け増えそうね」

 憎らしげに、と溢したアンに、シーラは手を止め、アンを見ると、アンも気が付いたのか、声のトーンを戻す。

「そうね、ご婚約されてるし……避妊薬も常備しておこうかしら。ご結婚前だしね」
「シーラは結婚まだなの?」
「私?私はまだかな……彼が爵位を継承したら、結婚しよう、て言われてるの」
「そう、早く出来るといいわね」

 シーラもまた、花嫁修業で王城で働いている。
子爵家の次女であるシーラは気楽な令嬢だ。姉妹であった為、爵位は姉が継承する事もあり、義理の兄と仲が悪い訳ではないが少々女癖が悪い男だった事もあり、若い娘が若い夫婦の妨げになりはしないか、と心配した父親に、花嫁修業と称し避難させたのだ。
 花嫁修業で王城で働き始めると、シーラは今の婚約者と出会い、恋愛を満喫している為、リーヒルに恋心を抱かないだろうと選ばれた女だ。

「レティシャ殿下、髪を切りましょう」
「………」

 少しずつだが、髪に艶も戻ってきたレティシャ。髪を切り揃えたら随分と雰囲気も変わるだろう。

「まぁ、殿下!お似合いです」
「………」

 レティシャは満足そうに、鏡台の前で整えられた髪を1束掬い、絡めて嬉しそうだ。

『ありがとう。とても気に入りました』
「今日は髪を結いますか?」
『このままでいいです。義兄様にもお見せしたいし』
「気に入って頂けますよ、きっと」

 すっかり、シーラやエマとレティシャは打ち解けていくがアンは距離を置いている様に見えた。

「殿下、ドレスは何方にしましょう」
『お医者様がいらっしゃるので、喉が見えるドレスの方が』
「では、此方は?」
「………」

 レティシャの前では淡々と仕事を卒なく熟すアン。
 シーラの勘違いであれば良いが、先程のアンの態度には注意をしよう、とアンを見つめていたのだった。
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