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恋人転職後は
しおりを挟む彬良が退職して1ヶ月。
茉穂も彬良が居ない会社には慣れたが、彬良とは会える時間が極端に減った。
「水木、ちょっといい?」
「何?」
彬良から引継ぎされた案件の仕事を持って来た同僚。
「この企画、水木も関わってたよね?」
「…………もう、ここと関わりたくない」
「は?何で!」
「村雨君だったから一緒に組んだの………私情を挟んでの仕事だったけど、流石にそこの会社の商品モニターになる様な企画は、セクハラになりかねないわ」
「………あぁ……」
「その企画だと………私は嫌……一緒に組めない」
「…………前回より上を求められちゃって……詰まってんだよ」
「そんな事知らないわよ!」
彬良が抜けた穴は大きいらしい。玩具会社との仕事だけでなく、彬良の仕事の評価を上回る物を、と彬良指定で依頼もある事があるらしい。
「戻って来ないかなぁ」
「…………頑張ってよ」
そう、言うしかない茉穂。
「茉穂、帰らないの?」
終業時間になり、茉穂も仕事を切り上げ帰る事にした。
―――作り置きした料理、そろそろ無くなる頃かな……
週に1日か2日、彬良のマンションに寄る茉穂。帰宅しているか分からない彬良に会える可能性は皆無だ。
彬良の父、原に付き添い経営のノウハウを1から学び直している彬良の邪魔等したくはないので、茉穂は彬良の帰りを待つ事なく、様子だけ見に行っている。
「うん、私も帰るよ」
生活感の無いマンションに、彬良のニオイはまだ染み付いてはいないが、新たにタバコの吸い殻や保存容器に入れていた食べた物が空でシンクに残されていると、嬉しくなるのだ。
港に近い高層マンションにはコンシェルジュや警備員も常勤し、頻繁に通う茉穂とは顔見知りになってきた。
「こんばんは」
「こんばんは、村雨様宅でございますか?」
「………はい」
訪問記録を取る為に、顔を見せ身分証明書も確認される程の徹底された高級マンションだ。住民達も時折確認される時もあるらしい、と後に聞いた茉穂。居住者でない茉穂は毎回の事に慣れ始めていた。
部屋に入り、電気が着いていないのも当たり前になっている。脱ぎ散らかされたシャツやスーツを見ると、余程忙しいのだろうと見て取れた。
「キャリーケースから無造作に引き出してる……」
出張だったのかも知らされてもいない恋人は、果たして付き合ってるのかも、最近分からなくなっていた茉穂。
キャリーケース内の物を整理し、洗濯物も集め、回している間に料理を作り貯めして、茉穂は虚しい時間を過ごしていた。
「…………会いたい……彬良……」
脱ぎ捨てられたシャツを握り締め、彬良のニオイを噛み締めて、茉穂は身体が疼く。
寂しくて寂しくて堪らない。自然と彬良を思い、茉穂の手は、胸や秘部へと誘われた。
―――虚しいだけなのに!
タバコのニオイが染み付いている彬良のニオイ。噛み締めながら、どう触られてきたのかを思い出す。悲しく虚しく涙も溢れ、欲しい場所に茉穂の指は届かないまま、茉穂は終えると、そのまま寝落ちしてしまった。
「茉穂!居るのか?」
電気が着いている我が家に遅く帰宅した愛しき恋人、彬良。
もう一足早く帰ってきたならば、茉穂は笑顔で出迎えただろう。
「………疲れてるだろうに……」
キングサイズのベッドの片隅に微睡む茉穂の腕に抱かれた彬良のシャツは、代わりに彬良からの贈り物が、茉穂の左手薬指にはめられた。
「茉穂………俺……茉穂の親父さんにやっと認めて貰えた………起きた時には俺はもう居ないだろうが、婚姻届を置いておくから……今度会えた時、一緒に出しに行こう……どうしようもなく好きなんだ……会えなくても、こうして茉穂の気配があるだけで癒やされたが、もう無理だ……笑顔が見たい、温もりが欲しい…………」
「…………ゔっ………彬良………」
「茉穂………」
ベッドに寝ていた茉穂に寄り添う様に、顔を覗き込まれていて、囁かれて茉穂は目が覚めたのだ。真っ赤に照れる茉穂に、彬良も嬉しさを込み上げ、力いっぱい抱き締める。
「お父さんに会いに行ってたの?」
茉穂も抱き締め返し、彬良の胸に顔を埋めた。
「あぁ、時間を取ると言っておきながら、来ないしな……始めは門前払いだったが、仕事の合間を縫って会いに行った」
「私も連絡はしたけど、帰って来いの一点張りだったから………この前の彬良の言葉が気になって帰る気にならなかったし」
「了承を獲たから、次は2人で結婚の挨拶しに行こうぜ」
「交際を認めて貰ったんじゃ……」
交際を認められたばかりで、指輪もはめられ、婚姻届も用意されたのは早まってはいないか、と思われる。
「んなもん、いつ気が変わるか分かんねぇよ、お前の親父は………俺は交際を認めて貰いに行ってねぇよ……別れる気ねぇからな」
「…………彬良……本当に強欲ね」
「まぁな……今夜は一緒に居たいんだがいいか?2週間も茉穂に触れてねぇ………茉穂が欲しい」
「………私も彬良が欲しい!」
再び抱き締め合うと、ベッドの片隅であろうと、お互いに服を脱がせ合うのだった。
翌日朝、茉穂は婚姻届にサインする。
「次の週末、時間開ける……親父さん所に行くぞ」
「………うん」
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