10 / 31
9
しおりを挟むレイシェスがロイズの邸に来てから10日あまり。出掛ける事も出来ないまま、外の情報はロイズやエレズ達の話や新聞から収集していた。
「やっと、お母様の亡骸を………」
「はい………異臭も漂い始め、民衆が撤去して欲しいと苦情もあり………棺に納めて埋められました」
「…………そう……ですか……」
ロイズが新聞をレイシェスに渡して、それを読んでいたレイシェスが涙を溢し啜り泣くのを見ていたからだ。
「レイシェス様、申し訳ありません………公妃の骨も持ち出せず………」
「…………いえ………仕方無い、と言いたくはありませんが…………仕方無い……の………で………それに………わたくしにはお母様のネックレスと、指輪が………戻ってきましたから………」
マージはリンデンにムラガに引き渡される前に、渡したというネックレスと指輪。貴金属等付けていたら奪われてしまう物だが、リンデンに託したという事は、それなりに信用した、という意味なのだろう。
リンデンと初めて会ったあの日、帰り際に渡されたネックレスと指輪を、傷付かない様に箱に入れてレイシェスに手渡されたのだ。それをレイシェスは大事に持っている。
「ロイズ卿………」
「何でしょう」
「わたくしは、まだリンデン殿下の真意が測りかねます………こうして、わたくし達を匿って頂ける事もですが、不自由なく過ごせているのは感謝してもいるのです………ですが、何故………反乱を起して迄急ぐのですか?」
「急いでいた訳ではありません………今迄も何度もムラガを倒そうと、人を使い策を練り、ひっそりと企ててました………生命の危険があるのに、恨みを持つ者を探しては、閨時に襲ったり、毒を盛ったり……殿下は王太子ですので、ムラガが行き着けない様に、何回も………」
ロイズが言う何回もは恐ろしくて聞けないでいたレイシェス。
「聞きます?回数」
「け、結構です………」
「ご自分がどうにかしなければ、と思うんでしょうね………王太子を降ろされる訳にはいきませんし」
「王太子でなくても出来るのでは?」
「…………王太子でなければ、ムラガに近付けないのです。殿下の兄上6人は、ムラガが殿下を王太子にするのを反対しました。まだ幼い殿下であるから、という理由で………ですが、その当時10人居た男児の中で、一番利発なのがリンデン殿下で、ムラガは選んだだけ………それが、反対した兄上達にムラガは殿下の前で大剣を振り回したのです」
「…………え……」
我が子を殺す等、信じられないレイシェスは顔を青褪めさせた。
「…………残ったお子はリンデン殿下のみ………ムラガは殿下に言ったそうです……『儂に反対意見を言えばこうなる』と………恐怖心を植え付けられた殿下は、生きる為に必死になられ、ムラガの恐怖心を蓄積させているのです」
「酷い………」
レイシェスは思わず口を両手で覆い、益々青褪めていた。
「兄上殺しを殿下に押し付けた為、民衆からは殿下は恐ろしい存在になっていますが、貴族達はその事実を知っていて、殿下に協力的です。ただ、ムラガに歯向かえば、娘が居る貴族はムラガの側室にされ、俺の姉もそういう経緯で………」
「終わらせたいのですね………」
「はい………レイシェス様は好機と、殿下は捉えております」
「好機………ですか?」
不思議でならなかったレイシェス。何故自分がリンデンに好機を齎すのかが。
「はい………ルビリア公国公妃を、ムラガが興味を示し、側室に添えようとした事で、レイシェス様………貴女という存在に、殿下は終わらせようと本格的に動くつもりなのです………これ以上、好き勝手させられない、と戦にも大反対しておられました」
「…………ですが、戦は止められていなかったではないですか!ルビリア公国の民達………何千万と亡くなっているのです!たった1人の気まぐれで!」
「…………それは……俺達臣下にも責任はあると思っています………だから終わらせたい………終わらせ………殿下に幸せを掴んで頂きたい………そう思っています………20代半ばで未だに婚約者1人も居らず、令嬢達はムラガを怖がって、殿下にさえ近付きません」
10代で結婚する若者が多い中で、リンデンは1人もその様な相手が居ないというインバルシュタット国の結婚事情。そういうロイズも20代に見えるが、独身の様だ。
「それは何故ですか?………リンデン殿下は醜態では無い様ですし………」
「…………令嬢達は、殿下の近くに寄ると、ムラガに奪われると思っているのです………過去に何度か………今迄も数えられる程度ではありますが、令嬢と少し話をしただけで、その令嬢はムラガの側室になりました………それが度重なり、殿下は令嬢達を傍に寄り付かせる事が出来なくなったのです………ですから、婚約期間等不必要にし、殿下の閨時中にムラガを………と以前から考えてはいたのです」
「…………何故、リンデン殿下の閨時中………ムラガ王を…………?」
そんな時間にムラガがリンデンの邪魔をするのだろうか、とレイシェスは首を傾げる。
「…………申し上げ難いのですが………一度、婚約迄漕ぎ着けた令嬢が居られ、その時にムラガが………令嬢は奪われて行きました」
「…………な、何て事を……」
「それからです………ムラガは法律を変えました。閨を初めて行う夜は、証拠を見せよ……と」
「証拠?」
「…………破瓜の証明、もしくは種付け……を……でなければ、婚約及び婚姻は認めぬ、と……」
「…………っ!」
「殿下はその時に刺客を入れていれば、ムラガには隙があった、と申しておりました………殿下も人に見せる趣味は無いと思いますが、殿下もまさかその時にムラガが来る等思っていなかった様で………」
「…………まさか………あの………まさかですが……」
ロイズは深々と頭を下げた。
「申し訳ありません!お察しの通りかと………ですが!…………ですが殿下は如何でも良い令嬢とそういう行為は好まないのです!殿下は…………レイシェス様にご興味がお有りで……レイシェス様となら………と………もし、それが嫌なら違う方法も考えねばなりません!一度、よくお考え下さい!」
計画の決定では無い様だが、それは衝撃的で一瞬にして、レイシェスのリンデンへの好意は消え去っていった。
0
あなたにおすすめの小説
一級魔法使いになれなかったので特級厨師になりました
しおしお
恋愛
魔法学院次席卒業のシャーリー・ドットは、
「一級魔法使いになれなかった」という理由だけで婚約破棄された。
――だが本当の理由は、ただの“うっかり”。
試験会場を間違え、隣の建物で行われていた
特級厨師試験に合格してしまったのだ。
気づけばシャーリーは、王宮からスカウトされるほどの
“超一流料理人”となり、国王の胃袋をがっちり掴む存在に。
一方、学院首席で一級魔法使いとなった
ナターシャ・キンスキーは、大活躍しているはずなのに――
「なんで料理で一番になってるのよ!?
あの女、魔法より料理の方が強くない!?」
すれ違い、逃げ回り、勘違いし続けるナターシャと、
天然すぎて誤解が絶えないシャーリー。
そんな二人が、魔王軍の襲撃、国家危機、王宮騒動を通じて、
少しずつ距離を縮めていく。
魔法で国を守る最強魔術師。
料理で国を救う特級厨師。
――これは、“敵でもライバルでもない二人”が、
ようやく互いを認め、本当の友情を築いていく物語。
すれ違いコメディ×料理魔法×ダブルヒロイン友情譚!
笑って、癒されて、最後は心が温かくなる王宮ラノベ、開幕です。
混血の私が純血主義の竜人王子の番なわけない
三国つかさ
恋愛
竜人たちが通う学園で、竜人の王子であるレクスをひと目見た瞬間から恋に落ちてしまった混血の少女エステル。好き過ぎて狂ってしまいそうだけど、分不相応なので必死に隠すことにした。一方のレクスは涼しい顔をしているが、純血なので実は番に対する感情は混血のエステルより何倍も深いのだった。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
地味な私では退屈だったのでしょう? 最強聖騎士団長の溺愛妃になったので、元婚約者はどうぞお好きに
有賀冬馬
恋愛
「君と一緒にいると退屈だ」――そう言って、婚約者の伯爵令息カイル様は、私を捨てた。
選んだのは、華やかで社交的な公爵令嬢。
地味で無口な私には、誰も見向きもしない……そう思っていたのに。
失意のまま辺境へ向かった私が出会ったのは、偶然にも国中の騎士の頂点に立つ、最強の聖騎士団長でした。
「君は、僕にとってかけがえのない存在だ」
彼の優しさに触れ、私の世界は色づき始める。
そして、私は彼の正妃として王都へ……
おばさんは、ひっそり暮らしたい
波間柏
恋愛
30歳村山直子は、いわゆる勝手に落ちてきた異世界人だった。
たまに物が落ちてくるが人は珍しいものの、牢屋行きにもならず基礎知識を教えてもらい居場所が分かるように、また定期的に国に報告する以外は自由と言われた。
さて、生きるには働かなければならない。
「仕方がない、ご飯屋にするか」
栄養士にはなったものの向いてないと思いながら働いていた私は、また生活のために今日もご飯を作る。
「地味にそこそこ人が入ればいいのに困るなぁ」
意欲が低い直子は、今日もまたテンション低く呟いた。
騎士サイド追加しました。2023/05/23
番外編を不定期ですが始めました。
白い結婚に、猶予を。――冷徹公爵と選び続ける夫婦の話
鷹 綾
恋愛
婚約者である王子から「有能すぎる」と切り捨てられた令嬢エテルナ。
彼女が選んだ新たな居場所は、冷徹と噂される公爵セーブルとの白い結婚だった。
干渉しない。触れない。期待しない。
それは、互いを守るための合理的な選択だったはずなのに――
静かな日常の中で、二人は少しずつ「選び続けている関係」へと変わっていく。
越えない一線に名前を付け、それを“猶予”と呼ぶ二人。
壊すより、急ぐより、今日も隣にいることを選ぶ。
これは、激情ではなく、
確かな意思で育つ夫婦の物語。
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
押しつけられた身代わり婚のはずが、最上級の溺愛生活が待っていました
cheeery
恋愛
名家・御堂家の次女・澪は、一卵性双生の双子の姉・零と常に比較され、冷遇されて育った。社交界で華やかに振る舞う姉とは対照的に、澪は人前に出されることもなく、ひっそりと生きてきた。
そんなある日、姉の零のもとに日本有数の財閥・凰条一真との縁談が舞い込む。しかし凰条一真の悪いウワサを聞きつけた零は、「ブサイクとの結婚なんて嫌」と当日に逃亡。
双子の妹、澪に縁談を押し付ける。
両親はこんな機会を逃すわけにはいかないと、顔が同じ澪に姉の代わりになるよう言って送り出す。
「はじめまして」
そうして出会った凰条一真は、冷徹で金に汚いという噂とは異なり、端正な顔立ちで品位のある落ち着いた物腰の男性だった。
なんてカッコイイ人なの……。
戸惑いながらも、澪は姉の零として振る舞うが……澪は一真を好きになってしまって──。
「澪、キミを探していたんだ」
「キミ以外はいらない」
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる