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しおりを挟むレイシェスがロイズの邸に来てから10日あまり。出掛ける事も出来ないまま、外の情報はロイズやエレズ達の話や新聞から収集していた。
「やっと、お母様の亡骸を………」
「はい………異臭も漂い始め、民衆が撤去して欲しいと苦情もあり………棺に納めて埋められました」
「…………そう……ですか……」
ロイズが新聞をレイシェスに渡して、それを読んでいたレイシェスが涙を溢し啜り泣くのを見ていたからだ。
「レイシェス様、申し訳ありません………公妃の骨も持ち出せず………」
「…………いえ………仕方無い、と言いたくはありませんが…………仕方無い……の………で………それに………わたくしにはお母様のネックレスと、指輪が………戻ってきましたから………」
マージはリンデンにムラガに引き渡される前に、渡したというネックレスと指輪。貴金属等付けていたら奪われてしまう物だが、リンデンに託したという事は、それなりに信用した、という意味なのだろう。
リンデンと初めて会ったあの日、帰り際に渡されたネックレスと指輪を、傷付かない様に箱に入れてレイシェスに手渡されたのだ。それをレイシェスは大事に持っている。
「ロイズ卿………」
「何でしょう」
「わたくしは、まだリンデン殿下の真意が測りかねます………こうして、わたくし達を匿って頂ける事もですが、不自由なく過ごせているのは感謝してもいるのです………ですが、何故………反乱を起して迄急ぐのですか?」
「急いでいた訳ではありません………今迄も何度もムラガを倒そうと、人を使い策を練り、ひっそりと企ててました………生命の危険があるのに、恨みを持つ者を探しては、閨時に襲ったり、毒を盛ったり……殿下は王太子ですので、ムラガが行き着けない様に、何回も………」
ロイズが言う何回もは恐ろしくて聞けないでいたレイシェス。
「聞きます?回数」
「け、結構です………」
「ご自分がどうにかしなければ、と思うんでしょうね………王太子を降ろされる訳にはいきませんし」
「王太子でなくても出来るのでは?」
「…………王太子でなければ、ムラガに近付けないのです。殿下の兄上6人は、ムラガが殿下を王太子にするのを反対しました。まだ幼い殿下であるから、という理由で………ですが、その当時10人居た男児の中で、一番利発なのがリンデン殿下で、ムラガは選んだだけ………それが、反対した兄上達にムラガは殿下の前で大剣を振り回したのです」
「…………え……」
我が子を殺す等、信じられないレイシェスは顔を青褪めさせた。
「…………残ったお子はリンデン殿下のみ………ムラガは殿下に言ったそうです……『儂に反対意見を言えばこうなる』と………恐怖心を植え付けられた殿下は、生きる為に必死になられ、ムラガの恐怖心を蓄積させているのです」
「酷い………」
レイシェスは思わず口を両手で覆い、益々青褪めていた。
「兄上殺しを殿下に押し付けた為、民衆からは殿下は恐ろしい存在になっていますが、貴族達はその事実を知っていて、殿下に協力的です。ただ、ムラガに歯向かえば、娘が居る貴族はムラガの側室にされ、俺の姉もそういう経緯で………」
「終わらせたいのですね………」
「はい………レイシェス様は好機と、殿下は捉えております」
「好機………ですか?」
不思議でならなかったレイシェス。何故自分がリンデンに好機を齎すのかが。
「はい………ルビリア公国公妃を、ムラガが興味を示し、側室に添えようとした事で、レイシェス様………貴女という存在に、殿下は終わらせようと本格的に動くつもりなのです………これ以上、好き勝手させられない、と戦にも大反対しておられました」
「…………ですが、戦は止められていなかったではないですか!ルビリア公国の民達………何千万と亡くなっているのです!たった1人の気まぐれで!」
「…………それは……俺達臣下にも責任はあると思っています………だから終わらせたい………終わらせ………殿下に幸せを掴んで頂きたい………そう思っています………20代半ばで未だに婚約者1人も居らず、令嬢達はムラガを怖がって、殿下にさえ近付きません」
10代で結婚する若者が多い中で、リンデンは1人もその様な相手が居ないというインバルシュタット国の結婚事情。そういうロイズも20代に見えるが、独身の様だ。
「それは何故ですか?………リンデン殿下は醜態では無い様ですし………」
「…………令嬢達は、殿下の近くに寄ると、ムラガに奪われると思っているのです………過去に何度か………今迄も数えられる程度ではありますが、令嬢と少し話をしただけで、その令嬢はムラガの側室になりました………それが度重なり、殿下は令嬢達を傍に寄り付かせる事が出来なくなったのです………ですから、婚約期間等不必要にし、殿下の閨時中にムラガを………と以前から考えてはいたのです」
「…………何故、リンデン殿下の閨時中………ムラガ王を…………?」
そんな時間にムラガがリンデンの邪魔をするのだろうか、とレイシェスは首を傾げる。
「…………申し上げ難いのですが………一度、婚約迄漕ぎ着けた令嬢が居られ、その時にムラガが………令嬢は奪われて行きました」
「…………な、何て事を……」
「それからです………ムラガは法律を変えました。閨を初めて行う夜は、証拠を見せよ……と」
「証拠?」
「…………破瓜の証明、もしくは種付け……を……でなければ、婚約及び婚姻は認めぬ、と……」
「…………っ!」
「殿下はその時に刺客を入れていれば、ムラガには隙があった、と申しておりました………殿下も人に見せる趣味は無いと思いますが、殿下もまさかその時にムラガが来る等思っていなかった様で………」
「…………まさか………あの………まさかですが……」
ロイズは深々と頭を下げた。
「申し訳ありません!お察しの通りかと………ですが!…………ですが殿下は如何でも良い令嬢とそういう行為は好まないのです!殿下は…………レイシェス様にご興味がお有りで……レイシェス様となら………と………もし、それが嫌なら違う方法も考えねばなりません!一度、よくお考え下さい!」
計画の決定では無い様だが、それは衝撃的で一瞬にして、レイシェスのリンデンへの好意は消え去っていった。
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