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立太子誕生

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 ドーソンやアナスタシアが必死になって城内に入ろうとしていた頃、エリザベスは祝賀会の準備をしていた。
 立太子の戴冠式と祝賀会という名の婚約発表の夜会ではある。

「お綺麗です、殿下」
「ありがとう」

 王太子としての冠もあるので、髪型は質素にしているが、冠に合わせたドレスを着て出席する事になっている。

「殿下、ご用意出来ましたか?」
「…………えぇ、イアン」
「お似合いですよ、殿下」
「本当?ありがとう」

 侍女達に褒められるより、イアンに褒められて満面の笑みのエリザベス。
 その笑顔にイアンは顔を覆い、顔を背けた。

「イアン?」
「…………そんな可愛らしい笑顔を向けられたら、キスしたくなるじゃないですか!」
「え!」
「まぁまぁ、殿下もイアン様も、私達殿下付侍女達の前で遠慮は要りませんよ」
「キスぐらいならどうぞ」
「い、いや………推奨されても、いきなりはしない!」

 イアンの思わず言った事が、侍女達にはそれが遠慮がちの2人にイチャ付度が足りない気がしていたのだ。侍女達は元々アルフレッドとユリア達に付いていた侍女達が殆ど。ユリアが生存時のイチャ付きを糧にしていた所があったのだ。子供の頃から見守っていたエリザベスだからこそ、エリザベスには幸せになって欲しいし、エリザベスが好きになったイアンとも上手くいって欲しいのだ。
 照れているイアンに釣られてエリザベスも照れている。

「婚姻式終わられましたら、本当に遠慮無くどうぞイチャイチャして下さいな……それが、臣下の前ですれば、安心しましから」

 不仲説等流れたら、国内の存亡さえも不安視されてしまうのだ。

「そ、その内……」
「そ、そうね………今は無理……」

 まだお互いに遠慮がちなのが微笑ましいが、今だけだと侍女達は思っている。

「さぁ、お時間ですよ」
「…………殿下」
「うん」

 自然に腕を組める様になっただけ進歩だ、とエリザベスも思っていたのに、まだ侍女達には足りないと言われて、イアンの腕にくっついた。

「っ!」
「…………仲悪く見られたくないもの………恥ずかしいの我慢するわ………」
「…………今夜の閨作法の勉強……長くなりそうです……その覚悟もしておいて下さいね?殿下」
「……………さ、最後迄はしないから!」
「…………我慢しましょうね、
「……………ゔっ……」

 戴冠式を祝う貴族達に囲まれた祝賀会は、エディンバラ公爵派閥の貴族も招待状を送っていた。勿論、爵位剥奪した者達や落爵された者は招待はしてはいない。それでも人数はかなり減りはしたが、成人していない令息令嬢も招待をしていたので、子供達も多く賑やかにはなっている。

「では、殿下………先にお待ちしてますので」

 イアンは戴冠式中は離れた場所から見る事になっている。
 玉座に座るアルフレッドの足元迄、エリザベスは入口から歩き、冠を乗せて貰う儀式だからだ。そのエリザベスを両側から貴族達は見守る。

「王太子、エリザベス王女殿下、ご入場致します!」

 大歓声と共に歩き出すエリザベス。神官が持つ冠がきらびやかに輝き、アルフレッドは最高級の軍服と勲章を胸に付け、国王の冠を被って待っていた。この日の為だけに着る衣装は、エリザベスも始めて見る父の姿。

 ―――お兄様が生きていたら、私は玉座の横でお兄様とお父様を見てたのよね……まさか私が此処を歩くなんて思わなかったけど……

 運命が変わってしまった10歳の時、自分がこの運命になるとは思っても居なかった。リチャードが亡くなり、ただ1人の国王の娘として生きていく中で、国を背負う重圧がのしかかるこの道は長く短かった。
 カーテシーをアルフレッドの前で披露し、跪くエリザベス。

「………この度、エヴァティーン帝国国王アルフレッドは、第一王女エリザベスに立太子として任命する………この国を思い、民の為により良い国に出来るよう、尽力を尽くしなさい………我が娘、エリザベス」
「…………謹んで、お受け致します……国王陛下」

 アルフレッドが神官から冠を受け取り、被らせられようとしていた。

「異議ありよ!」
「なっ!」
「え?」

 貴族達の人混みの中からかき分ける様に出てきたのはアナスタシアだった。

「何故、エディンバラの血縁者が居る!招待はするな、と言ってあった筈だ!」

 アルフレッドからすれば、姪であるが政敵の娘である令嬢は、子爵家に落としたものの、それはかなりの温情だった。それだけ実の弟がして来た事を許せる訳も無く、だが子供達が関与していないと知ったからの事で、ひっそりと暮らしていれば、アルフレッドも関わらないつもりだったのだ。

「も、申し訳ありません!陛下!」
「犯罪者の娘だ!捕まえ城内から追い出せ!」
「叔父様!私達の王位継承権を返しなさい!エリザベスが立太子なんて許せないわ!お兄様が立太子になるのよ!お父様が国王なのよ!」

 騎士に捕まえられ、暴れるアナスタシア。着飾っていたであろう、ネックレスのチェーンは千切れ、ドレスの袖の縫製も解れてしまっていた。

「アナスタシア……」

 同情したい気もするが自業自得だ。

「エリザベス!その冠を渡しなさいよ!」
「…………何故、貴女は叔父様のして来た事の報いだと分からないの?」

 エリザベスは騎士達に捕まえられているアナスタシアの傍に行くと、見下す様な目線を向ける。

「っ!…………う、奪っていったのを返せって言ってるのよ!」
「お父様は奪ってないわ………お祖父様が決められた事をお父様は守ってきただけよ………それを勘違いした叔父様は、お母様とお兄様を殺害したわ!お兄様が生きていたら、この場に居たのはリチャード王子!ドーソンでも無ければ貴女でも私でも無い!」
「さ、殺害って何………お父様が人を殺す訳ないわ!」
「…………本人が手を加えてなくても、命令したのは叔父様なんだから同じよ」
「嘘よ!嘘だわ!」
「……………城外に追い出して………さよなら、アナスタシア」
「い、嫌ぁ!あんな生活は私は嫌なのよ!誰か助けなさい!私はエディンバラ公爵家令嬢よ!」

 そんな事を言ったとしても、誰もアナスタシアを助けない。寧ろ醜態を晒した事で軽蔑の目で見られながらアナスタシアは城外へ放り出された。

「如何やって帰ればいいのよ!馬車貸しなさい!」
「見苦しい令嬢だな」
「あれだけ傲慢だった令嬢で、俺達を見下した女が、今や俺達より身分が下だぜ?笑えるな」
「お前、この女に求婚の手紙書いてなかったか?」
「よしてくれ、さ……今は別の家の令嬢に通ってるよ」
「「「「ははははははっ!」」」」

 騎士達にも冷たくあしらわれ、ボロボロになったアナスタシアは、ドーソンとも逸れて動く事も出来なかった。

「お兄様………何処に行ったのよ!………お腹空いたわ……誰か………お母様………」

 いつまでも城外に居ると、騎士達に罵倒を浴びせられてしまい、ドーソンが出て来るのを待ちたくても待てなくなった。
 帰る家の場所も分からないアナスタシアには何処に行けばいいかも分からない。

「………足……痛いわ………靴も脱げちゃったわ……」
「よぅ、姉ちゃん……綺麗な格好してたのかい?今は無様な様だが」
「…………下賤な者が声掛けるんじゃないわよ!」
「まぁまぁ、美味いもん食わしてやるからよ」

 気が付けば、アナスタシアの周辺には、何人も男が居て囲まれていた。

「…………お腹空いてるの、何をくれるの?いつかお礼はするわ………私は、貴族だから帰ればお金渡してあげる」
「そうかいそうかい、じゃあそこの宿屋で食べさせてやるよ………俺達のな」

 アナスタシアが宿屋に連れ込まれ、身ぐるみ剥がされ、男達の慰み物になったのは言うまでもない。
 そのまま、暫くその男達に貪られた後、アナスタシアが見つかったのだが、誰の子かも分からない子供を妊娠した状態で発見されたのは、アナスタシアとドーソンの母親が孤独死してから随分と経ってからだった。
 もう少し謙虚さがあれば、世辺り上手でなくとも、マシな生活が出来ていたかもしれない、と思うと気の毒でならなかった。
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