【完結】聖女が現れたから婚約破棄する、と言われたので喜んで承ります♫

プロローグ

「イルマ・クライン！！」

　サウスローズ国の王城内で、王族主催の夜会が行われており、突然呼ばれた令嬢、イルマ・クラインは友人令嬢達と談笑を止め、声の主に振り向いた。

「…………まぁ、バルカス殿下……如何なさいました？」

　イルマは、楽しい談笑を邪魔されてもにこやかに対応する寛大な振る舞いをする。横に寄り添う様にエスコートされた令嬢の姿を尻目に精一杯な笑顔である。

「俺の元に『聖女』が降された！よって、お前との婚約は無効とする！」
「…………まぁ……」

　大声で怒鳴る様にまくし立てるバルカスの後ろで、玉座に鎮座するサウスローズ国王夫妻や第一王子はギョッとしていた。

　―――あれは、ご存知なさそうな雰囲気だわ

　と、イルマは勘づく。
　ざわざわと、他の貴族達は大慌てだ。何よりこの王族主催の夜会は、バルカスとイルマの婚約発表の夜会だったのだから。だが、その中で感極まり笑顔で嬉し涙を流す、バルカスに寄り添う令嬢の両親、ドルビー侯爵夫妻と、令嬢マリア。
　流石に、このざわめき立つ雰囲気に、イルマも何を言おうか悩み始めていた所、バルカスはショックだったのかと思ったのか、調子づいて言葉をまくし立てた。

「そんなに驚くとはな！イルマ！俺は何よりも、お前のそのいけ好かない表情が兎に角気に食わなかった！知っているかは知らんが、サウスローズ国に何十年かに1度、『聖女』が現れる！その『聖女』の神託が降りた女は必ず王族の誰かが娶る仕来りだ！それが先日、ドルビー侯爵令嬢のマリアに降された！だから、お前とは婚約は無効とする！」

　―――何十年？……100年に1度、ですわよ？バルカス殿下

　正確な年数も知らない、というか王族なのに覚えてもいない第二王子に、失笑もチラホラと起こるが、慮るからか直ぐに止む。

「それで、先日神託が降されたのに、何故本日なのでしょう？神託が降されたのなら、陛下から発表があるかと思われるのですが？」
「……………っ！……父上には話していない！俺が直々に神託を神官から聞いたからな！」
「そんな大それた事、何故今になって仰るのですか？陛下のご尊顔を拝見するに辺り、ご存知無いと言う事は、重大ではありません事？婚約発表の本日より前に知っていれば、恥を受ける事も無かったのでは？」
「何だ？お前は恥を受けるのが嫌なのか！それならそれで、俺は嬉しい限りだ！」

　―――は？恥なのは殿下なのでは？わたくしは痛くも痒くもありませんし、わたくしはバルカス殿下の婚約者は出来る事なら遠慮したかったのですから

　そう、イルマはバルカスの事は大が着く程嫌いなのだ。だが、公爵令嬢として産まれた以上、結婚相手は親同士、家の爵位で決められてしまい、当人の意見等尊重等されない。寧ろ、『聖女』が現れて万々歳なのだ。
　サウスローズ国では100年に1度、『聖女』が現れるとされており、その『聖女』は王族の血脈との結婚を余儀なくされる。『聖女』が居ない場合は過去『聖女』が現れた家系から、嫁ぐと決められていて、イルマも『聖女』の末裔とも言えた。『聖女』との結婚が決まった王族は、次代の国王への継承者に最も近い存在となり、順番が第二王子だろうが『聖女』が選んだ王子が第二王子だったら、次期国王となってしまうのだ。

「恥と仰いますが、殿下………わたくし、少しも傷付いておりませんわ……陛下や王妃様のご尊顔を拝見致しまして、心痛めておりますの………予め殿下からご報告ありましたら、あの様なお顔を拝見する事もなく、婚約発表の夜会を中止に出来たかと思えば、どんなに良かったか……」
「な！！…………俺はお前のその態度が気に食わないんだ！！婚約者なら先ず俺を立てろ！可愛げないその口調！表情！全て気に入らない！」
「あら？わたくしとの婚約は破棄されるのであれば、わたくしを婚約者扱いの様なお言葉は出ないかと…………わたくし、謹んで………いえ、大喜びでそのお申し出お受け致しますわ」

　満面の笑みで、バルカスに婚約破棄の申し出を見事と言えるお手本の様なカーテシーを見せ、了承するイルマだった。
　そのイルマの言葉に失笑が起こる。明らかに場を弁えないバルカスの行動に、正論を言うイルマの方が同情も集まるし、政治的判断でバルカスを擁護する貴族は居ないのだ。何故なら、王子妃候補のイルマの方が賢く聡明で、バルカスの大半の手助けをしていて、尻拭いをしていたのを知っている、大臣クラスや書記官の多く出席する夜会に集まっていたからだった。