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クライン公爵家の災難

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「お嬢様、また夜会の招待状ですわ」
「…………捨てて」

 クライン公爵家の庭園のガゼボで、本の山を積み重ね、読書に耽るイルマ。誰にも邪魔されたくない時は、お気に入りの場所で読書に没頭するのが、イルマのストレス解消だった。
 婚約発表の怒涛の夜会から10日。当然、夜会は中断され、妃教育の為に王城の居住を許されていたイルマは、早々に王城から逃げ出して来たのだ。
 サウスローズ国王夫妻は、留まる様にとイルマに頼んだが、イルマは渦中の王城に留まるより、公爵家に帰った方が気持ちが安らぐし、バルカスはイルマを見たくないだろう、という理由を述べて、国王夫妻を説き伏せて帰って来たのだ。
 そして、翌日から婚約破棄された令嬢、イルマへの求婚目当てと、真相を探る為に夜会やお茶会の招待状がひっきりなしに送られてきている。

「野次馬もいい加減にして頂きたいものね」

 読みかけの本にしおりを挟み、膝上に置くと、背筋を伸ばし姿勢を正すイルマ。テーブルの上の本の横にも束にされた招待状の数々。この日、イルマがガゼボで読書をしている間に届いた招待状だ。20通はあるのを見てうんざりしている。

「仕方ありません、お嬢様が見事なカーテシーを夜会で披露し、バルカス殿下に負けず劣らずの口上でしたから………ですが、良かったですわ、お嬢様は嫌がっておられた縁談でしたし」
「…………子供の頃の縁談でわたくしも何も分からなかったから婚約してしまったけれど、今となってはあの夜会は嬉しい事この上ないわね…………でも……バルカス殿下が国王になるのは世も末でしかないのだけれど………」
「本当にマリア・ドルビー侯爵令嬢が聖女様なんでしょうか………」
「さぁ………わたくしはその神託を聞いた訳ではないし……今確認されているでしょうけど」

 侍女の淹れた紅茶を一口飲み、焼き菓子を摘むイルマ。

「美味し………あぁ、バルカス殿下のお声を聞く事が無くなって、本当に幸せ……」
「お嬢様が王妃になる素質は充分ですのに、鹿…………あ、いえ……」

 クライン公爵家の侍女でさえ知っているバルカスの鹿は、身辺に仕える者であれば知っていた。イルマが王城へ毎日通い王妃教育を勉強する傍ら、バルカスの執務さえも熟していたからだ。勉強も公務もそっちのけで、剣術だけに熱心だったバルカスは、その姿だけで容姿と地位しか見ない令嬢達からモテていた。その影で、イルマはバルカスの執務を手伝い、その功績は全てバルカスが奪っていたのだ。だからこそ、イルマはバルカスを嫌うし、鹿と見ている。愛情等全く芽生える事が無く、10年は婚約者として扱われていたイルマ。それが開放されたのだ、嬉しくない訳はない。

「お嬢様!失礼致します!」
「…………あら、如何したの?慌てて」

 別の侍女がイルマを呼びに駆け寄って来る。息を切らし、必死で冷静を装うとはしているが、興奮は治まらない様子。

「…………お、お嬢様…………お客様が……おみえに………」
「あら、何方?」
「………だ、第一王子……ラスウェル様………です……」
「……………え!?な、何故…………ラスウェル様が?」
「さ、先触れで………ラスウェル様の副官ジャイロ様がおみえに………今旦那様が対応されておられますが、何でも………ラスウェル様がお嬢様にお会いしたい、と………それで王城へ登城をする様に、と」

 イルマは第一王子ラスウェルとの接点はあまり無かった。何故なら、ラスウェルにも婚約者候補は何人も居て、第一王子派と第二王子派の貴族が派閥を作って迄、牽制し合っていた王族だったからだ。
 クライン公爵家はどちらの派閥には属してはいない。それは王位継承者がまだ決まっていないから、という理由が一番強いが、王子妃筆頭だったイルマが、第二王子バルカスと婚約者に正式になる迄は、と中立的立場を貫いていた。というのは建前で、クライン公爵はバルカスの鹿な気質を不安視し、イルマとの婚姻を引き伸ばして引き伸ばして、何とか逃れようとしていた筆頭だったのだ。
 王族への忠義もあり、イルマの王妃の資質も加え、第一王子、第二王子のとのとして扱われていたイルマ。それがいつの間にか、バルカスの婚約者という噂が流れ始めた。その理由はバルカスが執務をしなかった事が原因で、イルマが執務を手伝う様になったのを機に、イルマはバルカスの婚約者とされてしまったのだ。実際に、イルマが手伝わなければ、執務が滞り臣下達の業務に差し支えてしまうので、イルマが居なければ困っていただろう。

 ―――王城であったのね、きっと……

 イルマはティーカップをテーブルに置き、付き添っていた侍女に声を掛ける。

「アルマ、悪いけどその本達を部屋へ運んでおいてくれるかしら………多分今から登城するでしょうし、帰宅も遅くなると思うから」
「はい、畏まりました………登城用にお着替えもご用意しておきます」
「ありがとう、頼むわね」

 イルマは呼びに来た侍女と共に、父クライン公爵の居る応接室へと急いだ。
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