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ふたりのきもち(3)

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「おーい、御影。終わったか~?」

 就業時間が過ぎて、パソコンを落とした遊間が鈴に声をかける。

「もうちょっとですが……あの、やっぱり今日、やめちゃダメですか?」
「は? ダメに決まってんだろう。もう店予約したっての」
「予約?」
「焼肉のすげー美味い店があんの。マジ舌がとろけるから」

 人気だから、予約をしておかないとかなり待たされることになるらしい。
 そんなことを嬉々として話す遊間を前にして、やっぱり行くのを止めたいとは言いにくかった。
 そもそも、一度OKしたのだ。土壇場になってキャンセルするのは、人としていかがなものか。
 飲みに行くのが億劫なわけじゃない。だけども、今朝の梶川の反応が気になった。
 鈴はちらりと梶川のデスクに視線を送る。彼はまだ仕事を続けているようだ。
 こちらに背中を向けたまま、鈴たちを気にした様子もない。
 怒っているとは言っていたが、行くなと言われたわけじゃない。
 そもそも、恋人となることを了承したわけでもない。私たちはまだ、互いを縛るような関係ではないのだ。
 鈴は心の中でそう言いわけすると、パソコンの電源を落として、席を立ちあがった。

「じゃあ、行きましょうか」





 遊間に連れてこられたのは、彼の言葉通り良い店だった。
 新鮮な肉は蕩けるように美味く、この味でこの価格なのであれば、予約が埋まるのも理解できる。

「凄いですね。これは、人気なのも納得の味です」
「だろう? この味なのに値段がお安い。マジおススメの店だから」

 ハラミを口の中に放り込んで、ビールを片手に遊間は陽気に笑った。
 肉の味に舌鼓を打ちながら、鈴はどこか晴れない気分だった。
 遊間のことは異性として見ていないのだが、梶川の告白を宙に浮かせた状態で、他の異性と二人で飲みに行くというのは、やはり良くなかったかもしれない。

 いやしかし、仕事仲間と飲みに行くのは、やましいことでは無いのではないか。
そもそも、梶川だって色んな人間と飲みに出かけている。女子社員とふたりで出かけているのは見たことがないが、そういうこともあるのではないだろうか。
鈴は梶川が女性社員と二人で飲みに行っている姿を想像して、胸のあたりがムカムカする感覚を覚えた。

(いやでも、仕事のつきあいなら仕方ないでしょ)

 そう考えるものの、酔った女子社員が梶川にしなだれかかるような想像が頭から消えない。
 そもそも、自分と違って梶川はモテるのだ。梶川にそんなつもりがなくても、向こうは梶川のことをそういう目でみているかもしれない。

(二人きりでの食事は、できればやめて欲しいな……)

 そんなことを考えて、今の自分の状況と重ね、鈴の心に罪悪感が湧き上がる。
 自分が何をしたいのかわからなくて、鈴は頭を抱えたくなった。

「御影、難しい顔してんな。悩みごとか?」
「はい、まぁ……そうですね」

 うわの空で鈴が返事をすると、遊間がにやりと笑った。

「男がらみの悩みだろう」
「ぶっ……ごほっ、ごほっ」

 言い当てられて、鈴は思わずお酒を咽た。

「な……なんで……」
「ぶっ……いや、お前、仏頂面のクセに案外分かりやすいからな」

 鈴の反応をみて、遊間はこらえきれないとばかりにげらげら笑った。

「いやぁ、ついに御影にも春が来たか」
「べつに、そんなんじゃありません。……まだ」
「まだということは、脈アリなわけだ。良かったじゃねぇか」

 脈アリどころか、告白をされたのだ。おまけに身体の関係もある。
 鈴も梶川のことを憎からず思っているというのに、返事を保留してしまったのだ。
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