婚約破棄防止法(短編)

源 三津樹

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婚約破棄防止法(短編)

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婚約破棄防止法(短編)
 その日、とある国の辺境伯爵領令嬢は一国の王女殿下となった少女に呼び出された。
 王女殿下に「なった」と言うのは、この国の王族は基本的に「王子」や「王女」と呼ばれる人種は「王の子である」と言う事、「王家の血を引いている」と言う事、または「王家に認められた役職に努める未成年」である事が条件となる。

 だから、嫌な予感はしていたのだ。

 辺境伯爵領スノーフレークの令嬢である、オブシディアン=リティカ=スノーフレーク。
 そして、同時に別の名を持つ存在でもある。

「一つお伺いしますが……リズ姫様、本気で仰っておいでですの?」
「あら、その様なお顔をされるとは思いませんでしたわ……でもねえ、わかるでしょう?
 貴女が行いさえすれば、あの方を遮る問題は何一つ無くなりますのよ? 素晴らしい事ではありませんか!」

 きょとんとした顔をしながら、自らの発言に頬を染める姿を見つつ。目の前に並べられたお茶……何故かリズ姫の分だけであって、招かれた筈の自分自身の分がないとは思ったものの。
 そんな事より、今目の前で起きている事象の方が問題だ。
 王女としての公的な私室……客人を招く為の部屋は、流石に質の良い布張りの椅子だと思う。今にも、常識を粉々に破壊された台詞は夢だったのだと、身を横たえたいと思う程度に。

「そうですわね……それはそれとして、何故に『リズ姫』様がこの話に?」

 他国へ嫁ぐ事がが決まり、初めて王女の地位を得た「リースレース」は、地位の為に王族であり貴族より上位と呼ばれる地位になっている。筈だ。
 後宮で生まれ育とうと、何の役職も得られない者は姫、卿と呼ばれ子ども達は育つ。

「あら……当然ではありませんか、当事者ですもの。
 わたくしと、ギベオン=オクタヘドライト様とは、もう何年も恋を交わしていますのよ……でも、貴方はわたくしと言う恋人があると言うのに、ギベオン様と婚約をしてしまいました。ええ、もちろん判っていましてよ?
 わたくしとギベオン様は、人目を憚りこっそりと愛を育み、表沙汰にしていなかったが為に、貴方はギベオン様と婚約をしてしまったのです」
「それは驚きました……そもそも、リズ姫様とて他国への輿入れが決まって……」
「ええ、わたくしが失意の中にある最中に決められてしまいました。でも、わたくし達はその中にあろうと、思いを止める事は出来なかったのです。
 人目を忍び、逢瀬を重ね、わたくし達は運命に弄ばれながらも思いは募るばかり……」
「おかしいですね」
「……何を言ってますの?」

 台詞を遮られたと言いたげな顔になりながら、聞かなかった事にしなかったのはともかく。
 表情が完全に駄々を捏ねる不満たらたらなお子様である……本当に、心の底からどこの誰がこんな教育をしたのだろうかと言いたくてたまらない。

「ギベオン=オクタヘドライトは、過去、現在の異性関係の話も報告する事を義務付けておりますが、リズ姫様の名前は出ませんでした……まあ、罰を受けてでも守りたい関係であるとしても。今のところ、その兆候も見受けられないのです」

 つまり、ギベオンは婿入り先の家に自分の性生活を赤裸々に報告していると言う事になる。
 聞かされている方はともかく、口にしている方は欠片も同様が見られないのが対照的だ。

「で、ですが将来の旦那様を相手に、過去の異性関係を聞き出すなんて……!」
「恥ずかしいのはギベオン=オクタヘドライトですから、わたくし自身は問題ないと判断しておりますわ。何より、将来の夫となる者が、どこの誰とも知れぬ相手から、病を移されても、病の女と子供と関わるのも、ご自身以外にも関わる問題ですもの」

 大なり小なり結婚相手の事を調査するのは当然の事だと、それとも結婚相手に恥ずかしい病を移されたいのかと言外に問いかけるもの、どう回答したら良いのか判らないようだ。。
 扇子のこちら側で思う……考えてみたら、これまで「姫」を受け入れろくな教育も受けていない「花畑」と呼ばれる人種なのだ。物語の中にある様な……その内容がどんなものであるかはさて置き、調べ上げた情報の中から精査するだに同情はしても良いだろう。

「そ、それは……いえ、ギベオン様がその様な、わたくし以外の者となんて……!」
「とは言え、リズ姫様はわたくしに『お命じになる』と言う事で宜しいのですよね?」

 公的立場として上に立っている(事になっている筈)のリースレース王女は言われた言葉に心が支配されてろくに考えが及ばぬようだ……もともと、そう言う人ではあるのだけれど。

「え? ああ、まあそうね……」

 ちらりとこちらを見てはいるが、かと言って心ここに非ずと言った風でもある。
 同情する程度に哀れだとは思うが、かと言って彼女の為に人生を棒に振るつもりはない。

「ギベオン=オクタヘドライトとわたくし『辺境伯爵領スノーフレークの令嬢である、オブシディアン=リティカ=スノーフレーク』の婚約を、わたくしから破棄する様にとお命じになる……その意味、ご承知で仰っておいでなのですよね?」
「……ええ、当然だわ。
 王女であるわたくしと、心を通わせる恋人が。愛情の欠片もない政略結婚で結ばれるなんて非道な真似、貴方であろうと心があるのならば、それがどれだけ酷いお話なのか、理解も出来ると言うものでしょう?」

 顔が引きつれるのを感じたが、そんな時のお役立ちアイテム扇子のおかげで低減している筈だ……特に、リースレース王女は基礎中の基礎のお勉強さえろくに進んでいないのだから、完璧とは程遠いとは言っても誤魔化す程度は出来るだろう……場数が違うのだ。

「然様でございますか……では、仕方ありませんわね」

 すっと扇子を脇に置いて、徐に上げられた片手。
 正式なお茶のお呼ばれではないとは言え、短いが手袋を外し。

 ぱちん

 鳴らす。
 待機していたのか、それほど大きな音がしたわけでもないのに静々と幾つもの本を手にした侍女や侍従がぞろぞろと現れた。部屋の主である筈の、王女の許可も得ないで。

「それでは、リズ姫様にはこちらを処理していただきますわ」
「……何を言っているのかしら?」
「あら、『当然』の事ではありませんか。『王家の一員』であるリズ姫様ならば、先刻承知の事であるかと存じますわ、何しろ洗礼式を迎える子供でも『王族』であるならば学ぶ事ですもの、リズ姫様がご存じないなど、ある筈もありません」

 これを意訳すると「知らない筈ないだろうが、お前の親がやってて教え込まるんだよ、サボってなけりゃ子供だって知ってるわ」と言う事になるが、実際問題として王族として認められる「王子」「王女」は、就任の儀式を受ける為に、国法を学ぶので間違いではない。

「こ、これ……」
「必要申請書類ですわ」
「これがっ?」
「当然です、全てリズ姫様が書きあげた上で関係各所へ提出して下さいませ」

 目を白黒させながら、どうやら今になって「何かとんでもない事になっているのではないか?」と言う疑問が出て来た様だ……が、遅すぎる。
 とある「事情」から、王女リースレースが召喚したスノーフレーク辺境伯爵令嬢オブシディアン=リティカ=スノーフレークは、どうやらとても。心の底から、激怒している様である……が。

「何故、わたくしがっ!」
「当然ではありませんか……我が国では、契約の破棄とは何某かの問題が生じた場合に。国法が命じるものであり、そこに両者の意思は介入いたしません。破棄となると、その「事情」が国法に触れる場合があるからです」

 解消と言うのは、あくまでも一方的な問題だ。
 そもそも、一方的である以上は相手に瑕疵が無ければ成立しない……どこぞの国の様に「婚約者のある身の上で愛人相当にしている女を持ち上げる為に正式な婚約相手を好き嫌いで排除する」など愚の骨頂だ。特に、破棄を言い出す方が何らかの法的処置を加えられると言うのが、この国の常識である。

「また、解消と言う事であれば両者の対話が必要となります。国の介入もございませんが、この場合は『解消を望む者からの申請』が必要となるわけですが……わたくしは、それを望む立場にはございません。また、周囲もわたくしの立場がそうであ以上は、命じられた婚姻に対して否やを称えるなど、信用なさいません」

 余程の事情でもない限り、七面倒な書類を作り直し、足元を見られるのを覚悟で、わざわざ解消などしない……当然、その様な場合が生じる事を考慮して契約に抜け穴を作って置くが。

「結論として、わたくしスノーフレーク辺境伯爵令嬢オブシディアン=リティカ=スノーフレークと、オクタヘドライト公爵令息ギベオン=オクタヘドライトの婚約破棄を。最も望んでいる、リースレース王女殿下が申請を行わなければならないと、国法で定められておりますの。わたくしには、婚約を破棄するデメリットだけでメリットが何一つありませんもの」
「な、何か適当な理由を……そう、貴女が心変わりをしてギベオン様と別れたいと言うとか!」
「逆も問題ですが、わたくしから申し出る事はございません……何しろ、わたくし達は政略結婚。そこに必要なのは、領地の利益向上と国の繁栄、国民の安寧ですもの」
「そ、それならば、王女として命じます!」
「確かに、貴女様は婚約と共に王女のお立場に立つ訳ですし。それが覆される事など、決してある事はないとご存知だとは思います……が、だからと言ってわたくしに命令権を持つわけではございません」

 王族、または上級貴族と言うものは「造形の見目」が良い事も基本だ。いかに教育を受けて来なかった棚ぼた王女とは言え、その身に受けた血の濃さは本人の努力の外側にある。

「ど、どうして……」
「それはさて置き、お伺いしたい事がございます。
 わたくしとギベオンとの婚約を破棄させて、リズ姫様は『その後』をどうなさるおつもりなのです?」
「どうって……もちろん!」
「言っておきますが、わたくしとギベオンが何の問題もなく別れるなどあり得ませんし。仮に結果がどうあれ別れたとしても、恐らく良くてギベオンはお家取り潰しを避ける為に心の病とともに隔離、病死となります」

 ちなみに、これはあくまでも良くてだ。
 悪いと国内の地図は書き換えられ、オクタヘドライト侯爵家が担っていたアレコレを他家がアフターフォローせざるを得なくなる……その為に、水面下で激しい政治闘争が生じる事は言うまでもなく考えるのも頭痛だ。
 少なくとも「今の時点」で、親達は話し合いに入っている事だろう。

「ど、どうしてですのっ!」
「まず、感情で。好き嫌いで婚姻を行ったところで、相手に愛情を感じなくなったらどうなさるのです?」
「それは……」
「婚姻した場合、あっさりと別れると言った所で賠償請求問題が発生します。特に、愛に生きるとなると、心変わりとは相手が生じるわけです。更に……」
「まだありますのっ?」
「ええ、ですが……何より、これはわたくしからリズ姫への温情でもありますのよ?
 それを受け入れられないと口にされるのであれば、わたくしは切り札を切るより他ありません」

 理解出来ないのだろう、単語が。その繋がりが寸断されている状態で、物語る流れを見て取る事ができない状態なのだろう事が見て取れる。

「わたくしの生まれは辺境伯家ではありますが、現在は女伯爵です。
 その家に、何故侯爵家のギベオンが婿入りするか……まあ、これはあり得ないと言う程珍しい話ではございません」

 リースレース王女になる前、リズ姫と呼ばれていた頃の授業でも聞いている筈だが、覚えているかと言われると話は異なる。認識はしても、理解となると、更に変わる。

「当スノーフレーク領は隣国との境界にあり、いずれの国と行き交う事で利益を得ていますが。それが可能になっているのは、わたくしの祖母が隣国から輿入れをし、本来はこの国の王家に嫁ぐ筈だった事実があるからです。本来、王家に嫁ぐ筈であった祖母が何故祖父の元へ嫁いだかについては割愛しますが……」

 そこで「えぇっ?」と言う顔をリースレース王女がしたのを見逃すことは無かったが、かと言って秘匿されているわけではないのだから自分で調べろと言いたくなる気持ちを察して欲しいものである。
 何しろ、王家は隣国……この国より上位の王女に対して、本来の婚姻相手とは異なる家に婚姻させた後、平気な顔をして孫娘に国交上の繋となれと命じているのだ。正直、説明する方が居たたまれない上に、聞いたら間違いなく末端のなりたてとは言え王女として居たたまれない状態になるだろう……普通は。
 もしかしたら、リースレース王女は理解出来ないかも知れないけれど。その場では。

「わたくしは、この国の辺境伯爵家令嬢であると同時に、隣国の王位継承権を持つ王女であり。同時に、この国の女伯爵でもあります……伯爵位を賜ったのは、国王陛下からの勅令であり、伯爵位を継承する為に与えられたのがギベオン=オクタヘドライトなのです。
 つまり、わたくしがギベオン=オクタヘドライトを入婿から外すと言う事は、ギベオン=オクタヘドライトに何らかの問題がある。または、国家に反逆の意志があるとされるのです」

 そこで、一息ついてから最後に至る言葉を口にする。

「わたくしの婚約破棄を実行するには、まず書類を全て正式に受理と処理をされた上で。国王陛下に反逆の意志は無いと第三者目線で証明し、他国との政治的兼ね合いを完了させた上で、わたくしにお命じになる事が最低限の礼儀だったのですよ」

 でも、もう遅いけれど。

 分厚い筈の扉、厚く敷かれた筈の絨毯だと言うのに。
 外の世界からの、何人もの人々の賑やかな足音が耳に届く。
 仮に幻聴であったとしても、それは予想に違わぬ現実だろう。

「何より、リズ姫様。ご存知でしたか?」

 さあ、告げてあげよう。
 政略結婚の恐ろしさを。
 画策された、無謀な話。
 それは、破滅へと至る。
 無邪気な悪戯なのだと。

「貴女で3人目なのですよ、『他国へ輿入れをする筈だった姫君』は」
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