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第6章
対の二人
しおりを挟むきっかり一時間経った頃。
扉が開く音で目が覚めた。どうやら佐助はいつの間にかまた眠っていたらしい。
「点滴終わったぞ。今針抜くからな。」
「ん…。」
伊達は点滴針を抜き取り、四角い絆創膏を佐助の傷口に貼る。
「少しの間そこ押さえとけ。」
佐助は寝惚け眼を擦りながら伊達を見やると、白衣ではなく私服を着ていた。
「伊達も帰るのか?」
「ああ。本来なら昨日は非番だったんだが、急遽当直に入ったからな。休み代わってもらったんだよ。」
言わずもがな、それは自分が倒れたせいでそうなってしまったのだろう。
「………悪い。」
佐助は何だか申し訳なくて俯いていると、伊達にくしゃりと頭を撫でられた。
「これが俺の仕事なんだから、お前が気にする事じゃない。ほら、お前も早く着替えろよ。」
「あ、ああ…。」
真田に渡された紙袋からオフホワイトのセーターを取り出して腕を通した時に、ふと気掛かりな事を思い出す。
「なあ伊達、俺まだ今月分のバイト代入ってないんだけど会計って…いくらになるんだ?」
入院とまではいかないが、夜間救急の受診料に点滴など、その他諸々の治療を含めると、保健証を持っていても結構な額になりそうだった。
すると伊達は、
「ああ。俺が払っておいたから問題ない。」
そうあっけらかんと言い放った。
「おいちょっと待て。いくら何でもそこまでされる謂れはねえぞ。」
自分に対しては何の義理立ても必要ない筈なのに、そこまでしてくれる意味がわからない。
「ま、あの日佐助が薄着で飛び出して雨に濡れたのは俺にも責任があるからな。」
「…っ!あ、あれは…、」
勝手に家を飛び出したのは他でも無い自分自身で、伊達には何も責任を感じる事はないのに。
「あ、そうだ佐助。お前このまま俺の家に住め。とりあえず一週間な。」
「…は?」
佐助は伊達に言われた意味がわからなくて訝しむ。
「期末テストまでは休んでもいいって言われたろ?それに、悠希にはもう言ってある。」
「いや何勝手に話進めてんだ。俺は行かねえぞ。」
佐助は頑なに首を振った。すると伊達は困った顔をして頭をかく。
「それなら、このままお前は悠希の家で厄介になる事になるぞ。体調が安定するまで一人にならないと約束できないのなら、悠希が両親に連絡して暫くお前を預かるという手筈になっているからな。」
「…なんだと?」
『そんな事、俺は死んでも嫌だ。あいつと同じ空間で生活するなんて、俺は耐えられない。』
もう真田とは関わり合いを持たないと決めたのに。
そんな苦渋の表情を浮かべていると、伊達は徐に佐助の腕を掴んで引き寄せる。
「!?」
佐助は突然の事に受身が取れず、されるがままに伊達の腕の中に飛び込んだ。
「おい、いきなり何すんだ!」
少し高い位置にある隻眼を睨み付ける。離せと言わんばかりに伊達の腕の中でもがいていると、
「お前、転生してから初めて身体の‘リミッター’を外しただろ?」
「…!」
伊達に言われた言葉に、佐助はピタリと抵抗を止めた。
「人体が耐え得る限界値を超えた異常な発熱と心拍数、そして身体中の至る所での酷い筋断裂と骨のひび。お前が運ばれてきた時は、本当に手の付けようが無いくらいだった。」
佐助は言葉を失った。
一度だけ、真田に幻術をかけた時には、気疲れを感じた程度だったのに。
佐助の無言を肯定の意と捉えたのか、伊達はそのまま話を続ける。
「処置に当たった看護師達は、何故こんな状態で生きているのか不思議がっていたよ。そして更に、お前は有り得ない程の超回復を見せた。」
「…超、回復…?」
伊達は静かに頷いた。
「三十分もしない内に、体温は低体温の手前まで一気に下がり、断裂した筋線維は元通り。骨のひびもなくなっていた。…これが、どういう事かわかるか?」
佐助は首を横に振る。
「いいか、人体の回復量と回復速度には限界があるんだ。それを無視した無茶苦茶な治癒力が、身体にどれ程の負担をかけていると思う。こんな事を繰り返していたら確実に死ぬぞ!」
「!」
忍として生きてきた頃のままの能力が、今の佐助にはある。だが、それに耐え得る身体には、完全に成りきれていなかったようだ。
「なんとかその場にいた看護師たちには誤魔化しておいた。だがお前は、現代人には有り得ない程の身体能力を発揮したんだ。今後、いつどんな後遺症が出てもおかしくない。だから、俺の家に来いと言ってるんだ。お前の事情は知っているし、俺ならすぐ対処できるからな。」
伊達の言わんとしている事はわかった。
だが、受け入れる事はできなかった。
「わかんねえよ…っ!俺がどうなろうと、お前には関係ねえじゃねえか!」
佐助は思わず伊達の胸倉を掴む。
伊達が人の命を救う事を贖罪とするならば、孤独に生き永らえ、そして孤独に死ぬ事こそが自分の贖罪だ。
日の元と陰の中を歩んで来た対の二人は、きっと決まった因果の上でしか進めない。この先も決して交わる事はないのだ。
ーーーだからもう、俺に関わるな。
そう佐助が言おうとした刹那、
「自分の存在を否定するような事言うんじゃねえ!!」
伊達が初めて語気を荒げた。
胸倉を掴んだ佐助の手を握り返し、ギリギリと力を込める。
「そうやって、ずっと自分の存在を否定して生きて行くつもりか?甘えた事言ってんじゃねえよ!」
覇気を漲らせ、医者とは思えない剣幕で鬼気迫る伊達の顔は、一瞬隻眼の覇者と言わしめた、独眼竜のそれと重なった。
佐助は伊達から眼を逸らせなくなる。
息が詰まりそうだ。
すると伊達は、先刻と打って変わって優しげな表情を浮かべ、そっと佐助の頬に触れた。
「頼むから関係ないとか言うな。佐助、お前は此の世で唯一、‘俺’を知っている大切な存在なんだ。お前がまだ、誰かのために生きられないのなら、俺のためにそばにいろ。」
「…っ!」
そう言って、伊達はきつく佐助を抱き締めた。
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