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【転】 過去

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「高島くんはここに就職?」

 聞かれて首を傾げた。そんなつもりは無かった。
 そんなつもりが無かったからこそ、寺島が今のタイミングで退社することが、正しいと思えた。

「俺さ、そういえば高島くんの作ったデセール食ったことないかも」

 何も答えられなかった俺に、いきなりそんな事を言い出した。

「それを言うなら俺も食べたことないよ、寺島くんの……料理」

 ふふっと擽ったそうに笑う寺島は、厨房を出た時から持っていた弁当箱の袋を俺へと寄越した。

「うん。そうかなと思って。はい」

 そう言って、手渡されたお弁当箱。ずっと冷蔵庫に入っていたからか、とても冷えている。

「え?」

 驚いた俺を見て寺島はまた楽しそうに笑うと、凭れていたロッカーから体を離して、女の子たちがキャーキャー言うような優しい笑顔で言った。

「食って? 高島くんのために作ったんだ」
「な……なんで?」

 そこまで親しくしていたつもりは無い。俺は寺島がイケ好かなくて、同じ年の同じアルバイトなのに実力の差があり過ぎて……、嫉妬だってしていたのに。

「なんで、って……」

 困ったように眉を垂れ、寺島は答えを言う前にみんなから貰った餞別を抱え込んだ。そしてちょっとだけ悲しそうに俯いてから、完全なる "言い逃げ" で俺の前から消えてしまったんだ。



『なんでって……、高島くんのこと、好きだから』



 お弁当は美味しかった。すごく綺麗ですごく上品な味がした。
 だがそんなことで寺島に心を奪われることはない。それでも何故寺島が俺のことを好きだったのか……それは時折考え込んでしまった。

 寺島がホテルをやめてから一ヶ月。俺も仕事を辞めた。就職活動をしなくちゃいけないから。

 恋人の小南と学校で毎日顔を合わせ、一緒にランチをして、一緒に下校する毎日は、アルバイトをしている時より何倍も何十倍も楽しかった。
 週に二回はどちらかの家にお泊まりして、本当に仲良くしていた。大好きだった。
 けど年を越し、一月も後半に差し掛かった時、小南は言った。

「俺、仕事は地元で見つけようと思ってる」

 信じられなかった。
 小南とずっと一緒にいるんだと思っていたから。だけど、小南に着いていくとは言えなかった。俺はもう就職先が決まっていて、夢を捨てきれなかったから。

 そうして、俺の初めての恋愛は卒業と共に終わった。

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