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少年達の夏

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「ごめん。カッと……なってしまって」

 涙を堪え切った志藤は、顔を上げて二人に謝った。
 何を言われたのかを言わない志藤に、太一は眉を下げる。恨み言一つ言わない志藤に、釈然としなかった。だけど、それは雪村も同じ。
 だが話したくないのなら、無理強いするつもりは二人にはない。

 ぽん……と雪村の手が志藤の頭の上に乗る。
 無言だったけど、志藤は彼の優しさを確かに受け取った。

(あぁ……雪村さんって、こんな優しい手……してるのか)

 初めて知った。
 何故太一が雪村を選び一緒にいるのか。
 それは迷いのない正義と、広すぎて気付けないくらいの大きな心を持っているからなのかもしれない。いつも正しくて、いつもまっすぐで、真実を見抜く力を持っている。それは常日頃、ちゃんと周りを見ているからだろう。自分のことなど見てくれているわけがないと思っていた志藤だが、彼はちゃんと見ていた。ちゃんと理解し、認めてくれていた。

「雪村さん……」

 この包容力はすごい。
 そう感じた。

(こんなの……敵わないじゃん)

 いつか太一の親友の座を雪村から奪い返したいと思っていた志藤だが、その夢は雪村の大きな手を前に、儚く散り去った気がした。

(この人、やっぱすげぇんだ。伊達じゃない)

「志藤。もう作り込んだ自分演じるのやめろよ。薄気味悪りぃから」

 思ってもいない言葉。志藤だけじゃなく、太一ですら雪村へ目を凝らした。誰が “志藤はアイドルを演じている” なんて思っていただろう。

 元気で明るく無邪気。
 それは志藤の代名詞のようなもので、それが彼の通常運転だと、誰一人疑っていなかった。うまく騙せていると、志藤ですら思っていた。いや、そもそも騙すつもりで始めたわけではない。仕事用というわけでもない。ただ単純に友達が欲しかっただけだ。いい子でいることが大切なんだと信じて疑わなかった。
 しかし、そんな必死の姿までも、雪村は見抜いていた。

「俺、さっきのお前の方がよっぽど好きだわ」

 我慢していた涙がポロリと零れ、志藤は唇を噛み締めて涙を拭った。

「負けんなよ」

 何にかは言わなかった。だけど、志藤には確かな言葉だった。


 ― 負けない ―


 この嫌われ者で居続ける辛い環境も、本当の自分を晒して弾かれてしまうかもしれない恐怖も、トップナインと呼ばれるにふさわしい自分になるための努力も、何一つ音を上げず頑張り通す。

 負けない。

 志藤は一度だけ、大きく頷いた。

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