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少年達の夏

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 携帯のメモリーに入った沖太一の文字。だけどそれだけじゃない。野瀬はこの日、興奮冷めやらなかった。バタバタと帰宅した野瀬は二階への階段を駆け上がり、個室として仕切られていないファミリースペースに走り込んだ。ここには大きな本棚が壁一面に埋め込まれ、綺麗に整頓された収納ボックスが所狭しと並んでいる。

 膨大な量のCDにDVD、写真集にパンフレット、うちわ、永久保存版と認定されたアイドル雑誌などが、美しく収納されている。カラフルなソファと、小さなテーブルも完備され、一見どこかのショールームのようなスペースにも見えるが、収納されているものはアイドル関連の物のみだ。

「あら、おかえり雅紀」

 アイドル雑誌を読みながら、カラフルなソファに腰掛けて寛いでいた母親が野瀬の帰宅を迎えたが、息子の輝いた目に一度雑誌へと落とした瞳を再び上げた。

「どうしたの? 何かあった?」 
「聞いてよ、お母さん! すごいこと聞いたんだ、俺!」 

 スクールバッグを肩に背負ったまま、野瀬はアイドル仲間の一番の理解者である母親に駆け寄る。

「エッグのテレビ番組が始まるんだ!」

 しかし母は小首を傾げた。

「知ってるわよ? この前から言ってるじゃない。 “たまご気分” でしょ?」

 野瀬は慌てて首を振る。

「違う、それじゃなくて! ドリームキャッチで、エッグの新コーナが始まるみたいなんだよ!」

 それは今日の昼休みの話。
 太一が珍しく野瀬と中原と一緒に昼食を取った。その時、しつこく中原が問い詰めたところ、太一は渋々その事実を語った。

 昨日の時点で、ドリームキャッチの取材がどうのという話は出ていたが、志藤とあんな事になったばかりに、詳しい話を聞きたくても聞けないというお預けを食らっていたのだ。そしてようやく今日その内容を聞け、野瀬は午後から興奮しっぱなしだった。

 太一をテレビで見られるというだけでなく、貴重なレッスン風景が見られる。アンプロのアイドルは及川、雪村、志藤の三人くらいしかテレビで見かけない。他のエッグが動き、話し、笑う姿というのはコンサートに行かない限りまずお目にかかれない。おかげでたまご気分の放送が待ち遠しくて仕方なかったが、レッスン風景が見られるなんて夢のようなコーナースタートに、野瀬は卒倒しそうなほど歓喜に舞った。

「デビュー争奪戦なんだって! エッグ達の貴重なレッスン風景が毎回見られるんだよ!」

 息子の言葉に母親は威勢良く立ち上がると、「録画予約してくる!」とバタバタ階段を駆け下りて行った。

 その後ろ姿を見送り、野瀬は壁一面の本棚から迷うことなく一冊の分厚い本を手に取った。

 スクールバッグを床に下ろし、いつか開き癖が出来てしまうんじゃないだろうかというページを探す。太一を見ることの出来る唯一の本、公式のアイドル図鑑だ。
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