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卒業式

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 まだまだ肌寒い三月の初春。
 桜の蕾はまだ開花の時を窺っているようで、ほんのりと色付きながらもその枝は、まだどこか物寂しい。
 着慣れた学ランの左胸には紅白の花。三年間通った昇降口。土の匂いのする下駄箱。友達と戯れながら歩いた緑の廊下。思い出の詰まった教室。

 粛々と執り行われた卒業式のあと、担任とクラスメイトと別れを告げ、一度校舎を出た。

 校庭では卒業生だけでなく、教師も後輩もたくさんの人達がこの卒業式という一大イベントを祝い、喜び、泣き、笑い、そして別れを惜しんだ。
 太一はまるで身ぐるみ剥がされたのではないかと思うほどだった。学ランのボタン、中に着込んでいたカッターシャツのボタンまでも次々と奪われていき、最終的に渡すボタンがなくなると、筆箱の中身まですっからかんにさせられてしまった。

 逃げるように校舎に姿をくらまし、太一は一人で冷え切っている廊下をゆっくりと歩く。そして、馴染みの教室へと戻ってきた。

 黒板には色とりどりの寄せ書き。綺麗な絵。恩師への感謝の言葉。誰もいない、静かな……静かな教室。

 スクールバッグを机に置き、太一は窓際まで歩いた。ベランダに続く扉をカラカラと開き、校庭を見下ろす。まだまだ賑わっているそこ。笑い声が溢れ、あちこちで写真撮影が行われている。

 少し探せばすぐに見つかるのは、中原と野瀬のコンビだ。相変わらず目立つ二人は最後までよく目立っていた。一際女の子に囲まれているからかもしれないが。

 マフラーで口元を隠し、太一は校庭に背を向けると、ベランダのコンクリート塀に凭れるようにしてズルズルとしゃがみこんだ。

 そして震える手で携帯を操作する。
 太一は一度深く深呼吸すると、意を決してコールした。

『もしもし』

 決して低くはない声。耳に届いたその声に太一はきゅっと瞳を閉じると、

「今教室にいるんだけど……、会える?」

 勇気を出して、彼を呼び出した。

 暫くして、幼い顔の美形が教室にやってきたのを、太一はベランダから見つけ、人知れずゴクリと唾を飲み込む。彼がその黒髪を靡かせながら自分を探す姿を見つめドキドキと心臓を高ならせた。こんな調子じゃダメだと、喧しく脈打つ心臓を抑え込む。だけど、この鼓動が鎮まるまでに名前を呼ばれた。

「たいちゃん」

 彼のことをそう呼ぶのは、事務所の人間だけ。同級生は皆、太一のことを沖と呼んでいたから。

 蹲るようにしていたから、まさかこんな早く見つけられると思っていなかった。太一はその声に分かりやすくビクっと肩を揺らし、それを見た志藤は笑った。
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