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“チームメイト”

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 柔らかいその笑顔。けどその笑顔は泣いている。野瀬にはそう見えた。
 志藤に見せつけたかったわけじゃないけど、気が付いたら野瀬は太一を引き寄せ抱きしめ、固くその肩を抱いた。

「アメリカになんか行かないで……っ! 俺まだ……沖と離れたくないよ」

 切実なこの思いは、言葉にしてもしなくてもずっとずっと野瀬の心の中から離れてくれなくて、プレッシャーになるんじゃないかと思いながらも、伝えずにはいられなかった。
 太一に恋心を抱いていることを志藤は知っている。だから野瀬も、いちいち志藤を構っていられなかった。気持ち悪いんじゃないかとか、引かれるんじゃないかなんて、考えてもいない。心の赴くままに、太一を強く抱きしめる。

「俺が沖を守れるなら……、全身全霊で守り通すのに」
「……野瀬」

 だけど、それは志藤にとって決定打と見なされた。

 誤解なんかじゃない。太一は誤解していると焦っていたけど、これが誤解な訳がない。
 志藤は抱き合う二人からそっと離れ、開け放たれているリビングの扉から、二階へ続く階段を登り始めた。

 その人影を横目で捉え、太一は思わず志藤を呼び止めた。しかし志藤は何も言わないまま階段を登り、太一の部屋に置きっぱなしにしている自分の荷物を取りに向かった。

 抱きしめてくる野瀬に一言謝り、慌てて志藤を追いかけるが、部屋で二人きりになると、志藤は色のない瞳を無理やり微笑ませた。

「ごめんね、たいちゃん。結果的に泣かせちゃったけど、本当はちゃんと謝りたかったんだ」

 志藤の苦しそうな笑顔の理由が、太一には分からなかったけど、これはもしやまた何か誤解してるんじゃないだろうかと、妙に心が焦った。

 だけど。

「ごめんなさい……さっきはキスしようと……しちゃって。魔がさした」

 はっきりとあのキスのことを謝られた。
 これでは、あまりにみじめだ。

「謝ら……ないでよ」

 絞り出すように出てきた声は震えた。だって、魔がさしたなんて言葉は、到底聞きたいものではない。太一には、あまりに辛すぎた。

 ぐっと俯き、拳を握りこむ。

 オレはキスしたかった。魔がさしただけだとしても、キスしようとしてくれたことが嬉しかった。

 ぐるぐると巡る本音。それを伝えるべきか否か。だけども謝られた手前、本心を志藤に伝える意味を完全に見失ってしまった。

「明日からは、いいチームメイトに戻るよ。約束する」

 静かな志藤の声。そして部屋を出ようと一歩を踏み出す。

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